10 体育の時間
四人でドーナツを食べに行った翌日。俺はいつものように、交差点で安奈と待ち合わせていた。少し遅れてきた安奈は、今日は髪型をポニーテールにしていた。
「なんだ、髪結んでるの珍しいな」
「今日は体育でしょう?」
「ああ、そうだったな」
体育の授業は、男女に別れ、一組と二組が合同で行われる。なので、俺も体操服を持ってきていた。
「ねえ達矢。昨日は達矢の友達と会ったんだし、今日はわたしの友達と会ってよ」
「おう、別にいいぞ。その子も帰宅部か?」
「うん。前にも話した、
「それ、俺と拓磨と同じだ。出席番号が近いと、仲良くなりやすいよな」
そんな会話をしながら、電車に乗って登校し、一組の教室に入ると、まだ拓磨も香澄も来ていなかった。自分の席で荷物を整理しながら、他の奴らにも話しかけてみようか悩んだが、芹香が入ってきたので頭を切り替えた。
「おはよう」
至ってさりげなく挨拶をしたつもりなのだが、芹香は不機嫌そうに頭をちょっと下げて、すうっと席についてしまった。そういえば、彼女も髪が長いが、体育のときはどうするのだろうか。今はおろしたままだ。結っている姿も見てみたいなんて思いながら、彼女を見ていると、鋭い声が飛んできた。
「何。人の事、ジロジロ見て」
「いや、今日体育だけど、髪の毛まとめないのかなーなんて思って」
しまった。思っていたことが、そのまんま言葉に出てしまった。取り繕うため、俺は安奈の名前を出すことにした。
「安奈が今日はポニーテールで来てたんだ」
「あたしは着替えのときに適当にまとめるつもり」
「そっか」
話題終了。これ以上がどうしても続かない。芹香は文庫本を取り出した。こうなると、もう取り付く島がない。
「おはよう達矢!」
「ああ、香澄、おはよう」
香澄の後ろから、のっそりと拓磨も顔を出した。
「おはよう」
「拓磨、おはよう」
芹香と会話するのはきっぱりと諦め、俺は拓磨に話しかけた。
「今日、初めての体育だな」
「ああ。何でもミナコー体操を覚えさせられるらしいぞ」
「なんだそれ?」
俺が疑問符を浮かべていると、荷物をまとめ終わったらしい香澄が近寄ってきた。
「達矢、知らないの? ミナコーには伝統の体操があるんだよ。ラジオ体操みたいなやつ」
「へえ、そうなんだ」
体育の授業は二時間目だった。一時間目の授業が終わると、俺たちは二組の教室に移動した。女子が一組、男子が二組で着替えるのだ。
「あっ、達矢! おはよう!」
「よう、優太」
優太はすでに上半身を脱いでいた。無駄な肉の無い、綺麗な体つきだった。顔も良い上に、身体も申し分ない。やっぱり芹香がこいつに落ちてしまうんじゃないかと思い、俺はヒヤヒヤした。だって、俺は肉は無いけれど、無さすぎるのだ。いくら食べても太ることができない体質だった。
「あっ! この前玉砕した人だ!」
香澄が優太を指して叫んだ。
「そう、玉砕した人でーす。でもおれ、芹香と絶対に付き合ってみせるから」
呆れた拓磨が声を漏らした。
「どこから出てくるんだ、その自信は……」
「達矢の友達だよね? おれ、春日優太。芹香とのこと、どうか応援して! お願い!」
手を合わせて拓磨を拝んだ優太だったが、拓磨はその手を掴んでおろさせた。
「呉川さんの気持ちが第一だ。オレは特に応援なんてしない」
「おおっ、簡単に乗ってくれない感じ? いいね、硬派で」
「だよねー、拓磨は硬派なんだよ」
いつの間にやら香澄も会話に参加し始め、ガヤガヤと騒ぎながら俺たちは体操服に着替えた。今回の集合場所はグラウンドだ。ミナコー体操の指導は女子も一緒に受けるらしく、ちらほらと散らばった女子たちの中に俺は芹香の姿を見つけた。黒髪を低い位置で一つに束ねていた。うーん、可愛い。もっと言うと、高い位置で結ってくれれば、うなじが見えたのだが。
「ちょっ! 達矢、芹香見た? マジ可愛い。マジで可愛いんだけど」
優太は語彙の無い奴だな、と俺は思ったが、俺だって可愛い以外の感想が出てこないのでどっちもどっちだった。
「そう興奮すんなよ。また鬱陶しがられるぞ」
俺はまるで芹香には気を持っていない風に装った。この気持ちはまだ、自分の中だけにしまっておきたかった。本当は、優太と一緒に盛り上がりたかったが、ぐっと我慢した。
「じゃあ、柔軟体操から始めるぞー。二人組作ってー」
体育教師がそう叫んだ。俺は優太と目が合った。彼は聞いてきた。
「別に、クラスまたいでもいいんだよな?」
「いいと思う」
「じゃあ、おれと組もうよ」
同じ女の子を好きな者同士でペアを組む。それがなんだか可笑しかったが、断る理由も無いし、俺は優太と組んで柔軟体操をこなした。
続くミナコー体操は、リズムが激しい上、左右の身振りが細かく、一朝一夕では覚えられないような代物だった。これを三年間続けなければならないらしい。ミナコー、恐るべし。
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