09 男友達

 先にホームルームが終わった俺たちは、二組の教室に安奈を迎えに行った。


「よっ、安奈」


 俺が声をかけると、二組の生徒たちがどよめきだした。彼氏の登場なのだ。見られるであろうことは覚悟していた。


「えっと……今日はよろしくお願いします」


 安奈は、拓磨と香澄の顔を交互に見ながらおずおずと言った。


「初めまして! ボクは西山香澄」

「オレは宮塚拓磨」

「まあ、早く行こうか。安奈、何か食べたいものとかあるか?」


 とん、と安奈の肩を叩くと、彼女はびくりと身体を震わせた。何だこの反応は。そんなに緊張しているのか。


「えっと……何でもいいよ」


 これが二人っきりなら、何でもいいという返事が一番困ると説教を垂れているところだが、優しい彼氏である俺は自分から提案した。


「ドーナツ食いに行こうか。駅前にあったろ」

「うん、じゃあそれで」

「やったー! ドーナツ、ドーナツ」


 小躍りしている香澄を見て、多少はほぐれてきたのか、安奈の表情も柔らかくなってきた。いいぞ、この調子だ。

 俺たちは、駅前にできたばかりのドーナツ屋に入った。自分でトングで取る方式で、俺は率先してトレイを持ち、それぞれの食べたいドーナツを乗せていってやった。安奈の分のお代は俺持ちだ。


「いやぁ、本当に可愛いよね! 安奈ちゃんって」


 香澄が言うと、安奈はふるふると首を振った。


「西山くんの方が可愛いよ?」


 確かに、香澄は可愛い。背も低いし、もし女装をさせたらよく似合うだろう。


「やーん、女の子にそう言われると照れちゃうなぁ。それと、ボクのことは香澄でいいよ。こっちのでっかい方は拓磨ね!」

「うん。香澄くん、拓磨くん」


 さて、この場は彼氏である俺が取り仕切らないと収拾がつかないだろう。俺はチョコレートドーナツを口に運びながら、話題を切り出した。


「ここのドーナツ、ちょっと高いけど、大きいし美味いよな」

「だよねぇ。ボク、クリーム沢山入ってるの大好きなの。安奈ちゃんはそれ、キャラメルだよね?」

「う、うん。美味しいよ」


 友達になれたのが気さくな香澄で良かった。彼も上手い具合に会話を回してくれている。拓磨は言葉少なだが、退屈しているというわけでは無さそうだ。ドーナツを三つも並べて、嬉しそうにしていた。


「拓磨は本当によく食べるよね。夕飯入るの?」


 香澄が肘で拓磨を小突いた。


「余裕。今日は昨日作ったカレーがあるから、それ食べるつもり」

「拓磨くんって自分で料理するの?」


 安奈が拓磨に聞いた。よしよし、それでいい。


「うん、するよ。安奈ちゃんは?」

「わたしはたまに。そんなに凝ったものは作れないんだけどね」

「オレも、炒めるか煮込むかしかしないな。業務スーパーで適当に食材を買いだめして、適当に作ってる感じ」

「それって凄く上級者だね? わたしなんて、きちんとレシピのあるものじゃないと作れないよ」


 安奈は昔からそうだ。粘土遊びなんかが苦手で、見本通りにブロックを組む方が得意だった。それを壊して泣かせていたのが保育園時代の俺だったわけだが。


「香澄は全然料理しないよな?」


 拓磨がちろりと香澄の方を見ると、むぐむぐとドーナツを頬張りながら彼は答えた。


「だって、家政婦さんが全部作ってくれるし」

「えっ!? 香澄くんの家、家政婦さん居るの!?」


 驚いた安奈に香澄は言った。


「うん。ボクんとこ、両親二人とも家に居ないことが多くてさ。常に一人は雇ってんの」

「お金持ちなんだね?」

「うーん、否定できないかも。別に、高校も県立じゃなくてもいいとは言われてたけどさ、拓磨と同じ高校に行きたくて」


 すると、拓磨がさっと目を伏せた。


「別に合わせなくてもいいってオレは言ったのに……」

「なんだ、じゃあ安奈と一緒じゃないか。こいつも俺に合わせてミナコー選んだの。本当はもっと頭良いんだよ」

「あっ、一つだけ違うかも。ボク、本当はミナコーなんてとても入れるほど頭良くなくてね? 必死に受験勉強したんだよー」


 今度は拓磨が香澄を小突いた。


「勉強教えるの、大変だったんだからな?」

「あはっ、ありがとうね、拓磨」


 ドーナツを食べ終わった俺たちは、そのまま駅に向かった。拓磨と香澄とは、反対側のホームだった。俺は電車に揺られながら、安奈に聞いた。


「今日、どうだった?」

「もう、いきなりすぎるよ。びっくりした」

「でも男と話すことはできただろう?」

「うん。拓磨くんって、見た目はこわいけど家庭的だし、香澄くんはそもそも男の子っていう感じがしないし……」


 そうだ。優太でなくても、拓磨か香澄と安奈が付き合えば、この関係は解消できる。俺はそれぞれと付き合い始めた安奈を想像してみた。どの組み合わせも良い感じだ。


「また四人で寄り道しような?」

「いいけど……」


 安奈は煮え切らない態度だったが、構わない。これから何度か一緒に過ごせば、自然と打ち解けるだろう。そして、願わくば誰かとくっついてくれますように。俺はそんなことを思っていた。

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