第五章 異議あり!リーガルバトル編

第27話 サインはファンサービスの基本です

「さあ、恐れずに目一杯飛んで! 空中ではコンパクトに身体を畳む! 着地は力を抜いて、勢いのまま転がって! 強張ると逆に怪我をするぞ!」

『イーッッッ!!』


 よく晴れた朝の採石場。

 私はキルレイン様のコスに身を包み、戦闘員たちの訓練に勤しんでいた。サーカス用具として売られていたミニトランポリンが手に入ったので、跳躍系のアクションと受け身を練習させていたのである。


「げえ、肘を擦っちまった」

「ぐおお……腰を打った……」

「でも、いつもよりずっと高く跳べておもしれえな」

「スパイディさんみてえに壁を蹴って飛び回れるようになりてえなあ」

「バーカ、いくらなんでもそりゃ無謀だぜ」


 戦闘員たちは我先にとトランポリンでジャンプし、マットレスに転がっていく。


 ふむ、なかなか好評なようだ。

 出動がない日はひたすら訓練、訓練、訓練の日々だからな。たまにはこういう遊びの要素があるトレーニングを交えるのもモチベーション維持に良さそうだ。別に使えそうな用具があれば積極的に取り入れていくことにしよう。


 トランポリンの扱いにはさっそく慣れてきたようで、コツを掴んだものが別のものに教えていたりする。これならもう見ていなくてもよさそうだな。

 私は「くれぐれも怪我には注意するように」と告げて、自分の訓練をはじめることにした。


「ふうー、邪刃開放リベレイション


 私は息を整えて、腰に差した曲刀を抜く。

 これは斬殺怪人キルレイン様の基本装備にして、作中でも最強クラスの威力を持つ『邪刃じゃじん人喰い雄呂血おろち』である。黒光りする刀身を持つ日本刀で、ビルすら真っ二つにする切れ味を持つ。柄には東洋風の細長い龍が絡みついた意匠が施されている。しかし、悪目立ちはしていない控えめのデザインだ。


 戦隊モノに登場する武器といえば、キッズ層にウケるよう派手派手しい装飾がつくものなのだが、悪役側の武器だからグッズ展開の予定がなかったのだろう。それがかえって武器としての機能美を実現することになったのだと推測している。結果、ガチの刀匠が鍛えた『リアル人喰い雄呂血(要:鉄砲刀剣類等所有者変更届)』が販売されるにまで至ったのだ。


 口の悪いアンチからは「それってただの日本刀じゃんw」などと揶揄するものもいたが、この美しさが理解できないとは知能か視力のどちらかに問題があるとしか思えない。


「ふふふ……雄呂血よ。今宵もお前は美しい……」


 陽光を怪しく反射する雄呂血の刀身を鑑賞しながら、ついキルレイン様の名台詞を口走ってしまう。今宵っつうか、真っ昼間だけどね。誰も聞いてなかったよな? うん、戦闘員たちはみんなトランポリンに夢中だ。問題ない。


 私は秘密基地の一角に設置した大鏡の前で、一振り、二振りと型を確かめながら雄呂血を振るう。


 うーん、体軸が安定しないな。

 もっとこう、全身を使って振る感じで。三振り、四振り。ちょっとはマシになったかな? でも、まだ足元がおぼつかない。振り切った後にびしっと止められず、身体が泳いでしまう。前世じゃもっぱらナイフばっかりだったもんな。長ものの扱いに慣れていないのだ。


 ……前世でナイフ? なんのこっちゃ?


 包丁を使っていた記憶はあるので、それとごっちゃになったかな。日本じゃずっと一人暮らしだったが、自炊はわりとがんばっていたのだ。戦隊ヒーローグッズを買うために節約してただけだけど。


 苦手ながらも一心に刀を振るっていると、まあまあ形にもなってくる。

 大枚をはたいて瑪瑙黒牛オニキスブルの角を手に入れ、お抱えの職人に無理を言って仕上げてもらった品なのだ。「ちょっと私には使えませんでした(テヘペロ)」ではあまりにも申し訳がない。きっちり扱えるようになるまでがんばらなければ。


「あのー、キルレイン様。昼休憩の時間っすよ」


 集中していたら、赤みがかった茶髪の青年に声をかけられた。

 気がつけば全身が汗で濡れている。青年が差し出してくれたタオルで汗を拭いつつ答える。


「ああ、すまん、つい夢中になっていたようだ。みな、休憩は取っているか?」

「はい、キルレイン様の言いつけどおり、みんな時間通りに休憩に入ってるっす! ジャークダーのモットーは『よく学び、よく働き、よく休む』っすもんね!」

「おお、よくぞおぼえていてくれた。私はうれしいぞ」

「もっ、もちろんっす! キルレイン様の言葉は一言一句心に刻んでるっす!」


 青年は私に真っ直ぐな瞳を向けてくる。

 私よりも5つは歳上なのだが……なんだか子供っぽくてかわいいやつだ。酒場の下働きをしていたのだが、荒くれ者が集まる環境に馴染めず、困っていたらしい。そこをニシュカに拾われて、我らがジャークダーに加入したというわけだ。こういう素直で真っ直ぐな人間はチンピラばかりのジャークダーの中では貴重な人材である。


「と、ところでキルレイン様にお願いしたいことがあるんすけど……」

「ん、なんだ? 言ってみろ」


 戦闘員から私に直接お願いごととは珍しい。

 ひょっとして休暇の申請か? それは怪人の誰かに伝えてくれればいいことになっているのだが、時間が合わなかったのかな。


 しかし、こんな想像は見事に裏切られた。


「こっ、これにサインをお願いしたいっす!」

「あっ、こっ、これは……」

「それから、できれば『マサヨシ君へ』と一言……」


 青年が差し出してきたのはニシュカの商会で扱ってもらっているジャークダーのトレーディングカードだった。縁に銀箔が押されているということはレアカードだな。そしてその枠の中には、必殺技(という設定)の邪刃一閃を放つ私の姿が描かれている。


 カードのデザインはすべて私が監修しているので熟知しているのだが……見知った相手が持っているとなるとめちゃくちゃ恥ずかしい。頬が熱くなるのを感じて、思わず面頬を上げて顔を隠してしまう。


「サ、サイン程度いくらでも書いてやろう。ほら、書くものはあるか?」

「ありがとうございますっ! もちろん用意してるっす!」


 私はマサヨシ君から受け取った羽ペンでさらさらとサインを書いてやる。


 それにしても『マサヨシ君へ』か。

 マサヨシ、この世界では東方の異国風の名前なのだが、原作キルレイン様と恋仲になる戦闘員と同じ名前なんだよな……。さすがの私も色恋沙汰まで原作に準拠しようとは思わない。そんな理由で惚れたの腫れたのなんて失礼極まりないしね。


 しかし、偶然の符合にちょっぴり動揺していることは否定できない。当初はのんびて頼りない顔つきだったマサヨシ君も、最近はだんだんと凛々しくて男らしい雰囲気になってきてるんだよな。前世じゃ恋愛経験は絶無。現世じゃあのバカ王子と婚約してただけだし――


「お嬢様っ、一大事ですぅー!」


 らしくない妄想に囚われかかった私を現実に引き戻したのは、パルレの慌てた声だった。


 全力疾走する馬上から大声で叫んでいた。変装もゴーグルのみで、ゴスロリメイド服ではなくいつものメイド服だ。馬だと目立つから秘密基地との行き来は基本的に徒歩なのだが、何をそんなに慌てているんだろう?


「そんなに慌てて一体どうした、ジージョ・レディ」

「お、お嬢様、これを……」


 馬から降りたパルレが、荒い息をつきながら一通の書状を手渡してきた。

 私はそれを受け取って中身を改める。

 そこに書かれていたのは――


『議会裁判開催通知 兼 召喚命令状

 告訴人:イログールイ・ハレム

 被告人:アレクサンドル・ヴラドクロウ並びにその娘イザベラ・ヴラドクロウ

 嫌疑:告発人は、被告人が奸計を以って王家の名誉を傷つけたばかりでなく、不正な手段を用いて私腹を肥やし、その財によって蓄えた兵により王家に弓引くことを企図していることと主張する。王国法第拾参条一項の規定に基づき――』


「はあ? 裁判?」


 議会裁判の訴状兼、呼出状であった。

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