第26話 イログールイの企み
「くそっ! 本当になんなんだジャークダーっていうのは!」
寝室の家具や調度品に当たり散らしながら、金髪を振り乱して喚いているのはイログールイだった。その傍らでは、桃色の髪をした少女――ネトリーが
イログールイは、連日にわたる馬車への嫌がらせや、城壁への落書きといった嫌がらせにすっかり神経をすり減らしていた。王家や貴族一般への批判もあるが、約半数はイログールイを名指しした中傷――事実の割合も多かったのだが――であった。
父王や弟たちも、時折自分に冷たい視線を向けてくる。それどころか、王家に忠誠を誓っているはずの王党派貴族までもだ。最近では貴族学校でも腫れ物に触るような態度で誰も近寄ってこない。
ほんの数ヶ月前までは、登校すれば門をくぐってすぐにでも多くの生徒に囲まれる人気者だったのに、まるきり状況が変わっていた。
「ジャスティスサンライズとか言うやつらも、なぜ貴族街を守らない!」
平民街では、ジャスティスサンライズと名乗る冒険者たちがジャークダーの撃退に成功しているらしい。それならばと王家直属の衛兵隊に取り立ててやろうとしたら、平民街を守るので手一杯だといって断ってきた。強制的に召し出してやりたいところだが、厄介なことにヴラドクロウ家の後ろ盾がついていて手が出せないのだ。
「イザベラは相変わらず学園に来ないし、卒業式まではもう半年を切ったぞ! 本当にヴラドクロウは潰せるのか!?」
イログールイは頭をかきむしりながら地団駄を踏む。
まるで……いや、子どもの癇癪そのままだ。
「安心してよ、イル。いずれ
「そ、それはわかっている。ネトリーの言葉を疑ってなんかいないぞ。だが、ジャークダーもジャスティスサンライズも、ネトリーの予言にはなかったことじゃないか!」
ネトリーは、ふうとため息をついた。
「イル、何度も言ってるけど、予言の力はすべてを隈なく見通すものではないの。
「小さな問題……だと?」
「冷静に考えて。ジャークダーが実際にしてきたことを思い出して」
「それは……馬車にイタズラをしたり、城壁に落書きをしたり……」
「人が死んだり、大怪我をしたことはある? 大金や財宝が盗まれたりは?」
「……ないな」
「でしょ? 話題にはなっているけど、実際には大したことじゃないの。気にするだけ損ってものよ」
ネトリーは口元に手を当て、余裕の表情で笑う。
「言われてみれば、ジャークダーがやっているのは子どものイタズラみたいなことだけだな……」
「そのとおり、ムキになるようなことじゃないの。だいたい、悪の秘密結社って何よ? まるっきり子どもの妄想じゃない」
「そ、そうか。僕としたことがつまらないことを気にしすぎていたようだ」
「ふふふ、イルは繊細で頭がいいからね。凡人なら気がつかないようなことにまで気にしてしまうのよ」
「ははは、そうだな。頭が回りすぎるというのも考えものだ」
ネトリーのおだてに気を良くしたイログールイは、うろうろ歩き回るのをやめてネトリーの隣に腰を下ろした。ネトリーがイログールイの肩にしなだれかかり、乱れた金髪を指で整えていく。
「ジャークダーはいいとして……ヴラドクロウ家の方はどうなんだ? 予言では、イザベラが学園で何度も騒ぎを起こしたり、荒くれ者を雇って君を襲わせようとしていたはずなんだろう?」
「ええ、まさか1年以上も学園に来なくなるなんて、想像以上に婚約破棄がショックだったようね」
「これではヴラドクロウ家の悪行を暴けないんじゃないのか? 捕まえた荒くれ者を尋問して、ヴラドクロウと下賤な悪党どものつながりがわかるんだろう?」
ネトリーの予言によれば、それがヴラドクロウ家を追い落とすきっかけとなるはずなのだ。大貴族の権力を隠れ蓑に、密輸や人身売買などの犯罪で私腹を肥やしていたことが判明し、ヴラドクロウ家は弾劾を受けるのである。
「フラグを……いえ、運命の道標を踏めなかったのはたしかに計算違いね」
「け、計算違いだって!? それは大丈夫なのか!?」
「心配しないで、だって例の件は強制イベント……運命の道標だもの。イザベラが悪役令嬢である限り、はじまってしまえば絶対に避けられないし、彼女の敗北が確定している分岐なの」
「本当にそうなのか? 信じていいんだな?」
「あら、私を信じてくれないの? それともいまさら怖気づいた?」
ネトリーは、細い指先でイログールイのおとがいを撫でる。
挑発するようなその仕草に、イログールイは慌てて首を横に振った。
「信じているに決まっているさ! それに、この僕は怖気づいたりなんかするものか。僕の身体を流れているのは、かの《混沌の魔王》を封印した英雄ゼッツリンド・ハレムの血なんだぞ!」
「うふふ、さすがは私の王子様。頼りになるわ」
ひとり気勢を上げるイログールイに、ネトリーはさらに深くもたれかかった。
豊満な乳房がつぶれ、イログールイの腕にその柔らかさと体温が伝わってくる。腹の下の熱の高まりを感じたイログールイは、そのままネトリーを強く抱きしめ、ベッドに押し倒す。
そして、寝室の外では、護衛の衛兵が顔をしかめて耳栓をつけるのだった。
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