第三章 求ム!幹部候補生(怪人)編

第11話 過重労働は認められません

 王族、及び王党派貴族への嫌がらせを開始してから数ヶ月が経った。

 戦闘員も30人まで増員しており、我らがジャークダーの成長は順調である。


 お父様から改めて話がしたいと呼び出されたのは、そんなときのことだ。

 やばい、さすがに予算使いすぎたかな……。戦闘員全員の給与に全身タイツの費用、キルレイン様コスチュームの再現にもかなりの金がかかった。お抱えの魔道具技師も私が依頼したアイテムの開発で手一杯みたいだし、甲冑師もフル稼働状態である。 


「イザベラよ、作戦はなかなか順調なようだな」


 叱られる覚悟をして執務室に入った私を迎えたのは、予想外に上機嫌なお父様の声だった。


「はい! お父様のご支援のおかげで、作戦は順調に進んでますの!」

「うむ、連日の宴席への遅刻、落書きなどもあって王家とその飼い犬どもはすっかり笑いものよ。この父も、がらにもなく宴席で噂話を楽しむようになってしまったわ」


 ガッハッハ、と顎髭をしごきながら豪快に笑うお父様。

 ヴラドクロウ家は質実剛健を以って旨とする家風だ。華美なパーティや益体もない噂話などは好まないのだが、そのお父様がこんなことを言うくらいだから、作戦はかなり効いているのだろう。


「でもお父様、わたくしからこんなことを言うのもなんなのですが……予算の使いすぎということはないでしょうか?」


 気になっていることは自分から先に尋ねることにした。

 お父様が上機嫌なうちに、話しづらいことをさっさと済ませてしまおうという目論見である。


「金のことなら気にするな。今年は小麦の出来がよくてな。それに黒百足くろむかで殿の仲介ではじまった南方交易も軌道に乗っておる。なんなら作戦がはじまる前よりも当家の財政は潤っているほどだ」


 黒百足くろむかでこと、裏町の顔役であるニシュカは協力者としてお父様にも紹介済みである。もともとシノギとして南方との密貿易があったらしいのだが、禁輸品の中には「なんでこんなものが禁止なの?」と疑問なものが多かったのだ。

 麻薬のたぐいはともかく、サンゴやシナモンやらが禁輸だったのはわけがわからん。高くなるけど他の国を経由すれば輸入できるし。たぶん、ずっと昔に決まってそれがなんとなく続いてきたのだろう。


 お父様は議会に働きかけてそれらの品目の禁輸を解き、ニシュカがすでに築き上げていた交易網を借りて正式な商売として大々的に展開中というわけだった。

 お父様と言い、ニシュカと言い、武力キャラのくせに如才がなさすぎるぜ……。


「わたくしごときには無用な心配でしたのね。失礼しました。では、折り入って話があるとはどんなことでしょうか?」

「うむ、それなのだがな……」


 お父様は、少し乱暴に髭をこすりだした。

 むむ、これは何か言い出しづらいことがあるときのクセだな。

 一体なんだろう? お金の面以外で、目下問題になるようなことはないと思うのだが……。


「儂も無用な心配をしているだけかもしれんがな。イザベラよ、お前、昨日は何時間寝た?」

「えっ、睡眠時間ですか? 昨日は王党派の侯爵の屋敷に落書きをして帰ってきて、今朝は早朝から新人戦闘員たちの訓練をしておりましたから、3時間ほどでしょうか?」

「はあ……やはりな」


 お父様が深い溜め息をついて顔を撫でている。

 なんだ、何かまずいことを言ったか?


「懸命になるのはわかるが、働きすぎだ。今日より、3日に1度は日没後の外出を禁ずる」

「えっ!? でもそれじゃジャークダーの活動が!」

「イザベラよ、お前がいなければ続けられぬというなら、お前が倒れたらどうなる? ジャークダーという悪の秘密結社は何も出来ぬ木偶でくの集まりになるのか?」

「うっ……」

「仕事を任せられる部下を育てるのも将の器量のうちだぞ。戦場では、己が付きっきりで兵を見ていられるとは限らぬのだ」

「ううっ……」


 正直、痛いところを突かれた。

 ジャークダーもそこそこ大所帯になってきているのだが、指揮官クラスが私ひとりしかしない状況が続いているのだ。チンピラーズの中から見込みのあるものを探そうとはしているのだが、なにしろ元がチンピラである。計算はおろか読み書きもおぼつかないレベルで、適性のあるものが見つからない。

 また他にも、とある重大な問題・・・・・を抱えている。


「せ、せめて1週間に1度に……」

「却下だ。だいたい、お前は部下たちには交代制を敷いて3日に1度の出動しか許しておらぬだろう。部下に休息を取らせ自らが汗をかくその精神は美徳だが、それで将が倒れてしまっては本末転倒だ」

「うぐぐぐ……」


 お父様は、太い眉を固めたまま腕組みをしてぴくりとも動かない。

 ああ、これは決意が固いモードだ。これ以上は何を言っても聞いてはもらえまい。


「わかりました……。では、3日に1度は夜の外出を控えるようにします」

「うむ、よく聞き分けてくれた。まずは今日からだ。湯を浴びたら寝室に行き、ゆっくり眠ることを命ずる」

「はい……」


 執務室を出た私は、今夜の出撃中止を戦闘員たちに伝えるようパルレに頼んだ。

 戦闘員たちはヴラドクロウ家とのつながりを知らない。基本的に、出動準備中の戦闘員は王都郊外の採石場跡に作った秘密基地に詰めているのだ。


「承知しました、お嬢様。お風呂は沸いてますから、たまにはゆっくり浸かってくださいね」

「もう、あなたまでお父様みたいなことを言うのね」

「そりゃあ心配ですもの。私の口から言っても聞かないでしょうから、当主様から注意していただけてよかったです」

「えっ、じゃあお父様に告げ口したのは……!」

「それでは、行ってきまーす!」


 パルレは悪戯っぽい笑みを残して走っていった。

 パルレのことは妹のようだと思っていたけれども……それでもやっぱりお姉さんなんだな。すっかり手のひらで転がされていたことに気がついた私は、言われたとおりにゆっくりとお風呂に入って、すぐにベッドに潜り込んだ。

 自覚していたよりもずっと疲れていたようで、目をつむるとすぐに粘り気のある眠気が襲ってくる。心の中でパルレとお父様に感謝しながら、泥のように眠りについた。

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