第10話 悪の秘密結社、ジャークダー参上!

 新月の夜。

 星々と家々から漏れるわずかな明かりだけを照らす道を、私たちは走っていた。


「目標発見! 迅速に取り囲めっ!」

『イーッッッ!!!!』


 キルレイン様に扮した私と、全身黒タイツの戦闘員たちが屋根付き馬車キャリッジを取り囲んだ。この時間に走っているということは、どこかの夜会に向かう途中だろう。車体に描かれた紋章は王家のものである。


「何者だ! この馬車は高貴なる御方が乗っていらっしゃると知っての狼藉か!」


 奇声、異装の集団に取り囲まれたことに驚いた御者が、馬車を止めて怒鳴り声を上げる。

 私はそれに、高笑いとともに応えた。


「フハハハ! 我らは悪の秘密結社ジャークダー! 闇より生まれ、闇に棲まうもの!」

「ジャ、ジャークダー!? なんだそれは!?」

「問答無用! かかれっ!」

『イーッッッ!!!!』


 号令一下、戦闘員たちが一斉に手にしたものを馬車に向かって投げつける。ガシャンガシャンと音が鳴り、辺りにむわっと生臭い臭いが充満した。


「ぐわっ、臭い!? なんだこれは!?」

「フハハハ! 贅沢に溺れた愚かな王族どもにはわかるまい!」


 投げつけたのは、薄い素焼きの小壺に最低・・品質の魚油をたっぷり詰めたものだ。

 馬車の中にもいくつか放り込めたようで、男の情けない悲鳴が聞こえてくる。

 ひっひっひっ、魚油まみれの生臭い服のままでは夜会になど到底出られまい。大幅な遅刻は確定だ。


「クククク……作戦は成功だ! 撤収!」

『イーッッッ!!!!』


 第一次作戦目標を達成した私たちは、その場を離れて逃げる。

 王家の馬車を襲撃したのだ。すぐに衛兵が駆けつけてくるだろう。ひとまず手近な路地に入り、人目がないことを確認。それから地面の蓋・・・・を開けてその中に身を隠す。


「いやー、やったっすね! あの御者の驚きようと言ったら、思わず笑っちまいそうでしたぜ!」

「馬車ン中から聞こえてきた悲鳴も情けないったらなかった! 去勢された羊みてえな声がしたな!」

「こんな上手くいくんなら、いっそ火でもかけてやりたかったなあ」

「バカッ! そこまでしたら笑い話にならねえじゃねえか。王様連中を徹底的にコケにして、笑いものにしてやるのが今回の作戦のキモってやつなんだよ。ねえ、キルレイン様?」

「うむ、そのとおりだ。作戦の狙いをよく理解しているな、偉いぞ」

「へへへ、ありがとうごぜえやす」

「だが、しばらく衛兵の行き来もあるだろう。みな、しばらく声を出さぬように」


 私はに耳をつけ、地上の様子を音で探る。

 ここはヴラドクロウ家の分家の屋敷に作られた秘密の地下通路の出口だ。貴族の屋敷には、緊急事態に備えて大抵こういうものがある。「新たに建てる別荘の参考にしたい」という名目で、王都に屋敷を持つ分家と陪臣ばいしんたちから屋敷の見取り図を集めたのだ。


 秘密の通路であるから、図面に馬鹿正直に書かれていたりはしないが、見取り図を見れば配置の予想はつく。それを元に、貴族街に無数に存在する秘密の通路の場所を調べ上げ、犯行・・後の一時的な隠れ場所としたのである。


「ふむ、この辺りから衛兵はいなくなったようだな。皆の者、行くぞっ!」

『イーッッッ!!!!』


 隠し通路から飛び出し、私たちが向かうのは王城だ。

 王族の馬車が襲われたことで、衛兵たちは城下での犯人探しに動員されていることだろう。


 しばらく走ると、王城の城壁が見えてくる。

 見張りに見つからないよう物陰を伝いながら近づいていく。空堀を慎重に降り、忍び足で進む。城壁の周囲を歩く衛兵の配置を確認すると……うん、予想通りだ。普段よりも警備が薄い。

 視界に入る範囲に2人しか兵がいない場所を見つけ、ここで第二次作戦を決行することにした。


「よしっ! はじめるぞ! かかれっ!」

『イーッッッ!!!!』

「はっ!? な、なんだ貴様らは!? ……ぐむぅ」


 私たちは猿のような身のこなしで空堀を駆け上がった。

 そして助けを呼ぶ間を与えずに衛兵を縛り上げ、さるぐつわを噛ませる。

 戦闘員たちに積ませていたのは掛け声の練習だけではない。基礎体力の向上、マット運動、殺陣たての演技指導など、さまざまな訓練も併せて行っていたのである。


 衛兵を無力化したところで、ポーチに入れていた大きな筆を取り出す。見た目よりもずっと多くの容量がある収納魔法の付与がされた魔道具だ。

 槍のような大きさの筆を、やはりポーチから取り出したインク壺にじゃぶじゃぶとつけ、城壁に向かって落書きを開始する。


 内容は、もちろんこれだ。


『イローグルイの色狂い

 そのくせ玉無し、甲斐性なし

 平民女にたぶらかされて、貴族女に愛想つかれた

 ご立派なのはお顔だけ。中身はすかすか、叩けばコーンと音がする

 ――悪の秘密結社 ジャークダー参上!』


 白い城壁に大書された狂歌の出来に、私は自分でうんうんと頷いてしまった。

 これだけ大きく書けば、空堀の向こうからでも普通に読めるだろう。


 戦闘員たちも、手持ちの筆で好き勝手に卑猥な落書きや下手くそな似顔絵、王家への悪口などを書き殴っている。

 本当は全員にバカでかい筆を持たせたかったところなのだが、マジックポーチは高価な上に市場に出回る数も少ない品だ。標準装備化は諦めて、私だけが持っている。

 ヴラドクロウ家お抱えの魔道具技師に作らせるという手もあったが……いまは別の品にかかりっきりだからなあ。他の依頼をする余裕はなかったのだ。


「おいっ! 貴様ら! 何をしている!」

「むっ、見つかってしまったようだ。撤収するぞ!」

『イーッッッ!!!!』


 そんなことを考えてたら、城壁の上から誰何すいかが聞こえた。

 私たちは風のように撤収し、王都の闇の中へと消えていった。


 こうして、悪の秘密結社ジャークダーの名は一夜にして王都に轟いた。

 大胆不敵にも王城の城壁に落書きをし、そのうえ第一王子たるイログールイの馬車を魚油まみれにした謎の犯罪集団として――


 ――って、あの馬車イログールイのやつだったんかい。

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