第7話 意外な一面


「え!!そ、そんな事があったのですか!?」


修羅場となったギルドを去った後、ジンは依頼主であるレイリアの家を訪ねた。

ララとルルを寝かしつけていたレイリアは、そんなジンの突然の訪問に慌てふためきながら、彼をワンルームの家に通して今に至る。

ジンの口からイザベラの行ったことを聞いたレイリアは、驚きを顕にし、そして深く頭を下げた。


「私の友人が大変失礼なことを致しました。本人に変わり深くお詫び申し上げます」


今回のことにはほぼ無関係のレイリアに頭を下げられたジンは、もちろん『頭を上げて下さい…!』と慌てる。

その言葉を受けて、恐る恐る顔を上げたレイリアは、少し緊張した面持ちでジンに問いかけた。


「それで、その……。…ベラ……イザベラはどの程度の不敬罪となったのでしょうか?」


男性が女性の言動を不敬だとした場合の正式な対応は、街の警備隊が呼ばれ、事情聴取を行い、それによって処罰を決めるというもの。

もちろん中には、警備隊を呼ばない、もしくは呼ぶ前に、法を犯さない程度の私刑を行うものもいる。

が、通常は警備隊に判断が委ねられ、一番軽度のもので罰金刑、次に重いもので禁固刑。

そして、王族貴族に対する不敬や故意に男に外傷を負わせたなどの重い罪の場合、死刑となる。

ジンの話を聞いた限り、通常では禁固刑が妥当だろうと予測は立てつつ質問をしたレイリア。

しかし、ジンの返答は、


「え?不敬罪なんて大げさなことにはしていませんよ。安心して下さい」


笑みまで浮かべてそう言ったジンの言葉に、レイリアの目が点になる。

減刑を求めたのならまだしも、警備隊も呼んでいないなんて普通ならあり得ない。

が、今までのジンの言動を思い出したレイリアは、きゅっと眉根を寄せ深刻そうな表情を作った。

そして、少し緊張した声で『失礼ながら申し上げます』と前置きしてから、


「ジン様はお優しすぎます。ベラとは友人ですが、今回のことは行き過ぎた行為だと思います。今後も同じようなことを許し続けてしまえば、ジン様を軽視する者が次々と出てくるかもしれません」


今レイリアが言える最大限の指摘。

友人のイザベラを庇おうとしない、厳しい言葉を口にしたレイリアに、ジンは少し驚いた顔をする。

しかしすぐに、嬉しそうにふわっと笑みを浮かべた。


「出会ったばかりの私のことを考えて下さりありがとうございます。……ですが、私はそれでも良いと思っています」

「………………え?」


思わぬジンの言葉に言葉を失うレイリア。

それでもジンは言葉を続けた。


「彼女には、特別危害を加えられたわけでもありません。ただ"この世界の考え方"で罪となることをしたという言うだけです」

「……で、ですが、それが問題なのでは…」

「私はそうは思いません。謝罪はあっても良いかもしれませんが……この程度のことで刑罰を受けなければいけないなんておかしいと思います」


真っ直ぐにレイリアを見つめ、はっきり言い切ったジン。

しかし、自分の言葉に、レイリアが呆気にとられていると気づくと、『まぁ、そう言う反応になるよな』と言うように苦笑する。

そして、ゆっくり、愛しいものでも見るような優しい表情で話し出した。


「実は、私には野望がありまして……」

「……野望、ですか……?」


謙虚なジンからはあまり想像できない言葉が出てきて、レイリアは内心少し驚いた。

が、続くジンの言葉を聞いて、もっと驚くことになる。



「…………男女平等の世界をつくりたいんです」


柔らかく、それでもはっきりと語られた言葉に、レイリアは呆然としてしまった。

それはあまりに広大で、それでいて無謀な野望だったからだ。

絶対に口にはしないが、レイリアは心の中で『そんなの出来るわけがない……』と思ってしまった。

しかし、真っ直ぐレイリアを見つめるジンの目は真剣で。


(………………ああ、この方は、本気で理想を実現させるつもりなんだわ)


そう思うことに迷いはなかった。

だからこそ、レイリアは自分の頭の中で想像してみる。

男性も女性も関係なく、皆んなが平等に暮らしている世界を。

しかし、生まれた時から男性優位の世界で生きてきたレイリアにはなかなか難しい。

それでも、自分の娘たちが、今より自由に笑顔で生きて行くことは出来るのではないかと思った。

だから、ジンに伝えた。



「…………もしその夢が叶ったら、とても素敵ですね」


優しい微笑みとともに返ってきた温かい言葉に、ジンは照れくさそうに頬を掻いた。

ジン自信も実現が難しいのは分かっている。

それでも、夢を語るジンを真っ直ぐ受け入れてくれたレイリアが、母親の顔をしているように見えて。

むず痒さを感じつつもジンは、


「……ありがとうございます」


と、小さく返したのだった。


そうして結局、『不敬かそうでないかは男性様が決めることですので、ジン様が気にされないのでしたら、私からはこれ以上は何も申し上げません』とイザベラの件は一旦収まり、しばらく、二人は他愛もない会話を楽しんだ。

そして、ジンがレイリアを治療した後、ユリアには自分の薬師としての立場を話したこと。

今家にいないユリアが、隣の家に住むレイリアの師匠の元で、薬師になるための勉強をしているという話が終わった後。

ふとした様子でレイリアがジンに尋ねた。


「そう言えば、お聞きし忘れていましたが、今日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか?」


不思議そうに尋ねるレイリアの言葉に、ジンも不思議そうに首を傾げる。


「レイリアさんから直接依頼を頂いたので来たのですが……」


おずおずと伝えられた内容に、レイリアはキョトンとした顔をする。

が、失礼だと思ったのか、慌てて居住まいを正した。


「あ、あれ…?私、依頼内容間違えちゃったのかしら……?あ、あの、私……依頼の達成条件は、『依頼を受注すること』にしておりませんでしたでしょうか?」

「え?あ、いや、修羅場だったので確認するの忘れちゃって、レイリアさんに直接聞こうと思ったのですが……。な、何でそんな簡単な条件に?」


ジンの言葉に、レイリアは『ああ、なるほど』と納得した表情で笑い、説明をした。


「流石に命を助けていただいて、リンゴだけの報酬で済ませるわけには行きませんので、私から追加報酬を支払うという形で依頼させて頂いたつもりです。ジン様に依頼して何かをさせるなど、恐れ多いことでございます」

「そ、そういうことでしたか……。だったら、ここまで来なくても良かったですね」

「……ライザちゃんに対応を頼んだんですが、彼女も動揺していたのでしょうか…」

「け、結構怒ってましたから……」

「で、でしたら、報酬を受け取りにギルドへ戻るのは、もう少し後の方がいいかもしれませんね……」


普段機械的とも言えるくらい冷静なライザの怒った姿を想像して、二人は苦笑いを浮かべた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




あの後、用もないのにお邪魔しているのは悪いなと思ったジンは、レイリアに挨拶をして騎士団の宿舎に戻ってきた。

宿舎の中にいる者は皆、それぞれの仕事を片付けるのに忙しそうだ。

それでも、ジンの姿を見つけた団員たちは、きちんと手を止め、直角90度でお辞儀をし、元気な声で挨拶をする。

そんな中には、魔の森で一緒の馬に乗った仲のモネもいて。


「ジン様!お疲れさまです!」


さらりとしたブルーのショートボブを揺らして挨拶をするモネは、16歳という若々しさも相まって元気いっぱい。

他の団員がジンとの接触は必要最低限にしようと考えている中、モネは自ら積極的に『何かお手伝いすることはございますか?』と声をかける。

しかし、ジンも暇を持て余している状況。

『むしろ俺の方がお手伝いしたいんだけどな』と思いつつ、モネの言葉をお礼とともに断ろうとした。

その時。


「うわー!!大変です、大変です!」

「魔力回復ポーションの在庫切らしちゃいましたぁ〜!」

「イザベラ様に怒られる……!」


部屋に響き渡る元気な声とともに姿を現したのは、ピンク色の髪をした三つ子の3姉妹だった。

彼女たちはサポート部隊である9番隊に所属しており、その中でも物品管理班という役割を請け負っている。

武器や防具、医療品や生活用品など、騎士団の運営に必要な物資を分担して管理するのが仕事だ。

そんな彼女たちは、小人族ということもあり110cm程度しかない小さな体で、わたわたと慌ただしくジンの側を通り過ぎていこうとした。

が、仲良く縦一列で走っている3人の真ん中にいたニーナがジンに気づいた。


「あ!ジン様です!ジン様こんにちは!!」


急停止して、シュバッと敬礼をしつつ挨拶したニーナ。

もちろん、後ろにいたサーナは止まり切れず、ニーナの背中に激突。

そんなサーナが鼻を押さえている間に、長女のイーナもジンに気づき、大慌てで直立不動の姿勢をとった。


「じ、ジン様!お疲れ様であります!!」

「お疲れ様。今日も元気だね」

「は、はい!元気に働いておりますです!!」

「サーナもお疲れ様。……鼻大丈夫?」

「……大丈夫……です。……おつかれ……さまです」


長女でしっかり者のイーナと、人見知りで大人しい末っ子サーナにも挨拶をしたジンは、しゃがみ込み3人と目線を合わせてから尋ねる。


「さっき、ポーションの在庫切らしちゃったって言ってたけど……買ってこようか?」

「へぁっ……!!?そそそそ、そんな雑務ジン様にやらせるわけにはいきませんです!!」

「えー、でも、やることなくて暇なんだ。まぁ、暇つぶしって言ったら失礼かもしれないけど……」


気さくにおつかいを申し出るジンに、どうしたらいいか分からないイーナ。

そんな姉を見かねて末っ子のサーナが、恐る恐る助け船を出す。


「……上位の魔力回復ポーションは……売ってないから…作らなきゃいけない……です」

「じゃあどうやって手に入れるの?」

「……材料を集めて……薬師様に作ってもらいます……です。…とても……材料の採取は…手間がかかる…です…」


大変だと言えば諦めるだろうと考えたサーナの言葉。

だが、ジンはより瞳を輝かせた。


「へえ!じゃあ俺も手伝うよ!」

「……ぬっ…!!…………………ミスった」


ジンのやる気を掻き立ててしまったサーナは、『ごめん、頑張ったけどダメだった。後よろしく』みたいな顔で、イーナにバトンタッチする。

速攻で返ってきたバトンに対応できないイーナは、誰か他に助け舟を出してくれる人は居ないかと周りを見回す。

そして目が合ったのは、3姉妹イチの変わり者の次女ニーナだった。

イーナと目が合ったニーナは、自分にバトンが回ってきたと思ってしまい、目を輝かせる。

そして、


「ではジン様!ご一緒にお願いできますですか!!」


と、元気よく言い放ったのだった。

もちろんその返事は……。


「うん、任せて!」



即答だった。

それを聞いてその場に崩れ落ちるイーナだが、一度決まったことを覆すための理由も思い浮かばず、痛む胃を押さえながら素材採取に行くことになったのだった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ふんっ♪ふん♪ふんっ♪ふん♪今日も〜いい天気〜♪」


ご機嫌なニーナの鼻歌が静かな森の中に響く中、一行は魔の森を仲良く歩く。

ジンが騎士団と出会った時は、魔の森のかなり奥の方だったが、今回は入口から少し歩いた比較的近場。

通常そこにはランクの高い魔物はいないので、最低限のメンバーで採取に向かっている。

メンバーは、ジンとモネ、そして三つ子と、魔の森に行く時は必ず1人医療班のメンバーを連れていくという決まりがあるので、4番隊からレモナという入隊したばかりの子に来てもらっている。

最初こそジンがいるということで緊張していたレモナだが、仲のいいモネと楽しそうに話しているジンを見て、幾分警戒が解けたらしい。

そうして、森の中を歩くこと約10分。

先頭を歩いていたニーナが、森の中の少し開けた場所を指し、声高らかに言った。


「着きましたであります!!」


そこには、小さな白い花を付けた草がぽつぽつと生えていた。


「へぇ、これがウルウソウか。可愛いね」

「ジン様!見た目に惑わされてはいけませんです!ウルウソウの白い花は毒を持っているです!触ったら痒くて痒くて眠れないです!『このお花可愛い〜』と言って触ったイーナが経験済みです!」

「ちょ、ニーナ!余計なこと言わないでっ!」


勝手に過去の恥ずかしいエピソードを話されたイーナが顔を赤くする。

が、ニーナは我関せずという様子で、ガサゴソとバッグの中を漁ると、目的のものを手に取って、じゃ~んと高らかに掲げた。


「この『ウルウソウの毒撃退くん』があれば、安全に採集が可能なのですです!!」

「「おお〜!!」」


ニーナのノリに乗ってあげる優しいジンとモネ。

それに気を良くしたニーナは、メンバーに撃退くんが入った小瓶を配りながら、饒舌に説明をする。


「これはイーナが毒にやられた時に、心配したイザベラ様が9番隊のために作ってくださったものなのです!」

「お忙しいのに、すぐ作って下さったよね」

「……イザベラ様…優しい…」


嬉しそうにイザベラのことを褒める3姉妹の言葉に、ジンは少々驚いた。

初対面がアレだったので、正直あまり良い印象は抱いていなかったジン。

だが、自分の知らないイザベラの顔があると知り、興味を掻き立てられたようだ。

各々が散らばってウルウソウの採取を始めると、ジンは敢えてレモナの隣で採集を始めた。


「ねえねえ、レモナさん。イザベラさんのことだけど……」

「……?隊長がどうかしましたでしょうか?」

「さっき3人が優しい人だって言ってたけど、レモナさんから見てイザベラさんってどんな人?」


ウルウソウの花に撃退くんを垂らしながら尋ねたジンの質問に、レモナは少し思案する。

が、すぐにジンに向き直ると、笑顔で質問に答えた。


「私はまだ入隊してばかりなので、イザベラ様とそんなに多くお話したわけではないのですが……。私の印象は、『厳しくも、優しい人』という感じでございます」

「……やっぱり厳しいんですか?」


そう返したジンの言葉で、ジンがイザベラに対してどういうイメージを持っているか察したのか、苦笑するレモナ。

だが、敢えてそれを否定することはせず、こくりと頷いた。


「確かに厳しいお方です。どんなに小さなミスも必ず叱られますし、入隊したばかりだからと言って大目に見てくださることもないです。私も一緒に入隊した友人も、毎日何かしら怒られて反省の毎日で……」


入隊してまだそんなに経っていないのに、既に何度も叱られたことを思い出しながら、その厳しさをレモナが語る。

しかし、続く言葉を発するレモナは微笑みを浮かべていた。


「でも……その厳しさに負けないくらい、とても優しい方だとも思いました」

「……そう、なんですか?」

「はい。隊長ともなると、自分の仕事に加えて部下の管理も行わなければいけません。当たり前のことだと思われるかもしれませんが、かなり大変なことです。だけど、隊長はそれをこなしてなお、自主的に街の人達の巡回診療も行っているんです」

「巡回診療……。住民の家を訪ねて診察をするということですか?」

「そうです。ここロベルタは一次産業に力を入れていることもあり、物価が比較的安いので、働けなくなってしまったお年寄りが多く集まり暮らしています。ただ、そう言う方は、何か病気にかかったり、怪我をしたりしても、金銭的、肉体的な問題で、病院のある街まで行くのは難しいのです」

「……だからイザベラさんが診療を?」

「はい。流石に無料ということは出来ませんが、病院で払うお金より遥かに安い料金で診察を行っていらっしゃいます。それに仕事に関しては厳しいお方ですが、部下の体調を気にかけてくださったり、プライベートな相談に乗ってくださったり……結構気さくな方だと思います」


レモナの話を聞いたジンは、自分が抱いている印象とは違う一面を意外に思った。

ジンに対しては、高圧的で打算的、配慮のない言動をしたイザベラ。


(……あれは、俺のことが個人的に嫌いだっただけなんだろうか?俺、知らない内に何かしちゃったのかな?)


あの時のイザベラは、明らかにジンに良い感情は抱いていなかった。

午前中の出来事を思い出しながら難しい顔をしていると、レモナが恐る恐る尋ねてきた。


「あの……隊長と何かありましたでしょうか?」

「え、あ、いや……。ちょっと、その……いろいろあって…その……」


歯切れの悪いジンの言葉に、レモナは何かを察したらしい。

視線を落とし、一瞬の迷いを見せた後、おずおずと言葉を発した。


「あの……男性様であるジン様の前でこのような話をするのは失礼に当たるとは思うのですが……」

「………?全然。気にしないので是非聞かせて下さい」


そう許可を出したジンの言葉に、一つ頷いたレモナは、ぽつぽつと話し出す。


「実は、イザベラ様はとてもお優しい方だと思いますが、それは女性限定と言いますか……。その……男性様のことがあまり得意ではないみたいで……。……す、すいませんこんな事っ」

「いや……それは全然…良いんだけど……」


レモナは『得意ではない』とオブラートに包んだ言い方をしたが、本当は『嫌いだ』と言った方が正しいということはジンにも分かった。


(そうか……俺だからあの態度だったわけじゃなくて、男だから…か)


そのことについては少し安心したジンだが、まだ気になることはあるようで、


「イザベラさんが男を嫌っ……あー、苦手なのって、やっぱり男女の格差があるからですか?」

「ええっと……わ、私もあまり詳しくは知らないのですが、騎士団の情報屋とも言われている料理長のフォルマさんに聞いてみたことがありまして……。そしたら、『大事な人を失ったんだ』とおっしゃっていました。それ以上は教えてくれなかったのですが……」

「………大事な人」


男を嫌っている理由を聞かれて『大事な人を失った』と答えたということは、それはつまり、男が理由でその人を失ったわけで。

男が男に危害を加えたとは考えにくいので、失った人というのは女性だろう。


ジンは、人里離れた森の中に暮らしていたためか、男性優位の世を教えつつも、ジンを特別扱いしなかった育ての親の教えを思い出す。

彼女からは、嫌と言うほどこの世界の差別やそれによる被害を教えられた。

そのためジンは、男の横暴により女性が被害を受ける状況を際限なく想像できてしまう。


まだまだ問題はあれど、男女関係なく同じくらいの権利を与えられる日本で暮らしていた経験があるジンは、この世界の歪みが特によく分かる。

人口が少ない男を大切にするという理由で、過剰な権利を与えてしまった結果、女性たちは肩身の狭い思いを余儀なくされる現状。


「レモナさんは……男性優位のこの世界を、どう思いますか?」


あまり良くないとは思いながらも、不憫に思う気持ちを消すことが出来ないジンがぽつりと尋ねた質問は、レモナの顔を強張らせた。

ジンに悪意がないのは分かっている。

ただ女性側の意見を知りたいという純粋な気持ちからの質問だろう。

それが分かっているレモナは、慎重に言葉を選んで、自分の立場でできる最大限の回答をした。


「………申し訳ございません、私の口からはご回答できません」


緊張した面持ちでそう答えたレモナの回答に、ハッとするジン。

男性優位の世をプラスに考えているなら、回答を拒むことは無い。

それを敢えて拒んだということは、男であるジンには言うべき言葉でないということ。

リスクのある質問をしてしまったと気づいたジンは、申し訳無さそうに頭を下げた。


「すいません、配慮が足りない質問をしてしまいました」

「い、いえ……とんでもないです…」


耳障りのいい言葉を並べることだってできたはず。

それでもレモナは、今日会ったばかりのジンに、嘘の無い言葉を伝えることを選んだ。

自分を信用してくれたことを有難く思う一方でジンは、男女平等という理想を叶えることの重要性を再認識した。


(……まだ道のりは長いけど、俺頑張るよ。見守っててね、セイ……)




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




それから、30分ほど採取を続けた一行は、三つ子たちが満足行く量を収穫し、宿舎への帰路についた。


「そう言えば、一匹も魔物に出会わなかったね」

「……確かに。深くまで入ってないけど普段なら低ランクの魔物が出るはずなのに」


入団時期が一緒だったということで仲が良いモネとレモナが、少し不安そうに会話をしている。

その後ろを歩くジンも、『確かにめちゃくちゃ平和だったな』なんてぼんやりと考えていた時。

さわさわと揺れている木々の葉の音の中に、複数の雑音が混じっているのに気づいたジンは、静かに、それでいてよく通る声で警戒を促した。


「全員警戒。……囲まれている」


ジンの声に他のメンバーたちは体を固くして、周りを見回す。

すると、いきなり、ガサガサッという音がしたかと思うと、ジンたちを360度取り囲むように丸いボディに猿の顔を付けたような魔物が何匹も現れた。

そいつらは、キキキッと不気味な鳴き声を上げながら木にぶら下がり、ジンたちをニヤニヤと見つめている。


「……なんで毛玉ザルがこんなに…」


既に戦闘態勢に入っているモネの言葉は妥当なもので。

通常毛玉ザルは群れを作る習性はないため、その俊敏さと知性の高さを考慮しても、Cランクという位置付けになっている。

しかし、それが10体以上も集まれば話は別で、そのランクはBを越えAランク相当の討伐難易度となるだろう。


(……何故気づかなかった。……なんて、考えてる場合じゃ無いな)


ジンは何か普通では無いことが起きているのを感じながらも、目の前の敵に集中する。


「モネ。レモナさんたちを守るの頼んでいいか?」

「はい。お任せ下さい」

「よろしく」


短くそう言ったジンは、まず自分の視界に入っている毛玉ザルたちに向かって右手を振った。

瞬間、何十もの小さな風の刃が、毛玉ザルたちの体を無数の肉塊へと変える。

そしてくるりと体の向きを変えたジンは、仲間がやられたことに驚いている他の毛玉ザルにも、間髪入れず風の刃を放った。

こちらはレモナたちがいるので、まとめてではなく、一体一体狙いをつけて倒していく。

最後にモネが交戦している2体の内1体をジンが拳で沈め、残りをモネが双剣で切り刻んだ。


「ふぅ……。終わったな。お疲れ様、モネ」

「お、お疲れ様です……私、ほとんど何もしてないですけど」


討伐にかかった時間はおよそ50秒。

ジンの戦闘を見るのは2度目とは言え、その圧倒的な強さにモネは驚きを隠せない。

しかしそれ以上に驚いているのは、非戦闘員の4人だ。


「……す、すごい。お強いとは聞いていましたが、こんなに……」

「ジン様凄いです!尊敬です!」

「……瞬殺……すごい」

「バシュってやってました!風の魔法でゴフッ……………ぇ?」


ジンの強さをメンバーが口々に褒めていた時。

突然ニーナが口から血を吐いた。

何が起きたか分からず、驚きで目を見開くジン達の前で、ニーナの小さな体が地面に倒れた。

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