第15話

 脳波は人体生命現象の端緒であるので復活に際し前兆活動が観測されないのは当然で、

規定通り、生命維持管理装置制御システムは慌てず騒がず登録されたアドレスをコールした。当直担当が現場に急行する間にも正常波の計測を受け心臓の拍動制御は無事脳に返還され、実際に目視確認される段階では患者、アイ・マリア・アガスは何事もなくすやすや寝息を立てている状態であった。

 目が開くと飛び込んで来た光景、親族一同の姿に数名の医師らしき人影、に取り巻かれている自分、にびびらされたのは寧ろ当然アイの方で。


「あれ」


「あれ、じゃねーよ!」

 一同を代表して弟が声を張り上げる。

 蘇生施術開始から既に約一週間が経過していた。

 ほんと無事でよかったあーやれやれ、不意に持たれた一家団欒から放たれ精密検査も終えると当然のように軍が待ち構えていた。


<あんたのデータ取りがしたいんだって>

<望むのであれば>

 気味が悪いくらい従順な、というか、

 今の、私とオメガのこの関係は、いったい何なのだろう。


「協力する、そうです」


 仮死状態、を通り過ぎ完全な死亡状態だった期間の記憶は何も無い。

 脳が機能停止であったので医師もそれが当然だと疑問はなさそう。

 だから、何か、とても長い長い物語を見て聞いて、体験していた様な、そんな感触があるのは気のせい、というより錯覚、脳の誤作動なのだろう。

 とうぜんそれはこころにひめた。

 会議の席上、議題が移りその映像を目にしたそのとき、感情の爆発は外から来た、怒り、喜び、哀しみ、憧れ、不安、恐怖、歓喜、感情という精神活動構成要素の原型が一斉に全力で放射されたような壊滅的圧力、オメガの発する魂の爆発に呑みこまれて私の、人間の脆弱で精妙な自我は虚空へ影もなく吹き散らされ霧より薄く漂白し私は、つまり物心共にそういう状態だったということだ。

 無駄だろうけど一応問おう。


<あなたは、いや、あなたたちは、何なの>


 返事はない。

<あんたの好きな食べ物なあに>

<私に食事の機能はない>

 これは即答。


 胎内記憶など持ち合わせはないがこの平穏安寧はそれを想起させるに十分な、至上恍惚の癒し空間といえた。

 ミキは呼吸を整え、目を閉じる……あかん。

 アラームで目が覚めた、たわいなくたっぷり1時間寝こけてしまった、警報がなければ永遠にでもたゆたっていたい、たぷたぷ、もの凄く高級微細な自在安楽椅子のような、正に玉座とでも表現するしかない椅子から立ち上がり、話仕掛ける、お願い。


「帰ります」


 と。

 光に包まれ光を発し光から形創られミキの姿が搭乗時を逆再生する、傍らには微動だにせずこれ以上ない忠誠を具現化する不明体、跪く巨人「カトブレパス」。

 両者の同定は出来ていないが、火星「オリンポス」山頂に鎮座していた岩塊状物体の消失と不明体出現は、理論上全く証明出来ないものの蓋然性として相関関係の認証は妥当、それ以外の理解は寧ろ困難であった。


 04改め「カトブレパス」の処遇について、関係者全員が困り果てていた。

 01改め「オメガ」については、不幸なファーストコンタクトを例外として、アイ・マリア・アガスの意志に従い政府に恭順後の経過はほぼ彼女の指揮下にあると表現し得る。

 対して「カトブレパス」は、一応ミキ・カズサを主人であると見做すかの保護行動を以て出現、その後も彼女の求めには素直に、搭乗並びに降機の要請に極めて迅速実直に対応するが、それだけ、であって、それ以外の呼び掛け、音声音波電波画像各種意志交換交渉試行には何一つ反応して来ない。


 拳で語るのであろうか。


 加えて、当該対象内部構造が極めてアレで、だっておかしい、外形寸法を完全に無視して存在する操縦席なのかは不明だがとにかくあれは。

 如何に「カトブレパス」の挙動から悪意、どころか世情最上至上の主公を拝戴する忠実至誠忠君無比の献身を読み取れるにせよ、それはそれ、こんなナゾ時空に生身で出入りする事が危険行為そのものである、発狂者続出の幽霊屋敷に寝泊まりする方がまだ安全だ、一日一回、秒、分刻みで“滞在時間”を延伸しようやく今日で1時間。


 ばかみたいに神経質だがまあ無理もないかとミキも思う。


 慎重であるのは悪いことではないし、もし何かの理由でミキという存在が喪失する事態が惹起するなら最後、『カトブレパス』という謎の資産を紐解く機会は永遠に失われるであろうことは容易に推察されるからだ、尤も同時に出現同様忽然と消失しても全く不思議でないにせよ。


 そしてこれは、ミキ自身から願い出ている実験であり関わりである。


 私は彼にこの世でも既に、二度、遭遇している。

 一度は地球周回軌道近傍空間、デブリに変わる寸前の「アルテミス01」の機上で。

 そして今回、再び彼は私を守護に姿を見せた。

 あなたはだれ。

 あなたがまもるわたしは、だれ。


 こたえて、「カトブレパス」。


 いや、……。


 その名を口にすることへの、生身を裂かれるようなこの抵抗はなんだろう。

 恐怖、破滅、悔恨、魂の深奥深くふかく鎮め封印した。


 ごめんね、……。


 だめだ、呼び起せない。

 私自身が拒絶している、自身を。

 彼を。

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