第13話

 欲求仕様上から高い冗長性を与えられた警備艦の、与圧され臨時キャビンとなった倉庫の1区画へ、ブリッジに随行している船長を除き救助された『マーズランナー0』の乗員乗客全員が収容されていた。その一員である直正は眼前の、未塗装で構造材が剥き出しの壁面をただ無言で睨み付けていた。


 その脳裏には先に押し付けられた悪魔の戯れの如き映像が無限再生されている。

 気密服を握りしめ差し出した右手は空を切った

 直正は目を見開きそれを見た。

 ミキの姿はまばゆく輝き瞬き、そのまま直正の目の前から掻き消えた。

 消失した、マジックより鮮やかに。

 あぁ。

 直正は呻き、素早く辺りを見回す。

 ミキ。

 虚空に放った咆哮は続く轟音と爆発的な気密漏れに掻き消える、照明が消え束の間灯った弱く赤黒い非常灯も直ぐ消える。破断する構造材に居住区画全体が引き裂かれていく。

 暗闇の中で直正は素早く気密服を付け、ヘッドランプで再びぐるりを見渡す。

 微小デブリが光を散乱する中やはり、ミキの姿は無い。

 スケルチと共に内線が開き、合成音声が総員退去命令をリフレインする。


 これ以上、無意味で感情的な出来の悪いバカ一フィクションの登場人物をなぞる行動の継続は身の危険だった。ブリッジから退去してきたクルーの先導に従い彼も船外へ、そして崩壊していく船体から離れる。


 巨体は見ている前で大小無数のデブリへと変化していく。

 その中心で暴れる影を直正もついに目撃した。

 ミキも直正も「ボギー01/02」についてまでをも既に把握していた。

 02に類似した機影だった。

 なぜ、ここに、いや。

 そして更なる変化が起きた。

 光の塊、としか表現しえない、忽然と出現したそれが。

 同時に、02’の姿が消えた。

 爆散した、ようにも見えたが、消えた。

 ミキの消失の様子にも似ていた。

 真逆の形態だった、闇に蝕まれ食い尽くされたかに。


 そして光は、実体を形創った。


 鋭角的でシンボライズな頭部、騎士の如き精強頑健さと秀麗優美を併せ持つ、装脚装椀の、それは、幼少期になじみ見慣れた、この世ならぬ造形、一名、スーパーロボット。

 人型……。

 回線に声が重なる。

 直正は既に事態を報告していた。

 警護対象の安全確保に失敗した事実をただ伝えた、事態を無用に擾乱すること必至な不確定要素である、姿を光に変え等々の詳細な経緯は無論、彼女を発見保護安全確保後にでも可能であれば検証検討課題とすればよしとの自己判断で省略した。


 Oh,F×××ing,no good.


 短くしかし辛辣な叱責が一言だけ告げられ、引き続き職務への精励を命じられる。

 直正は警護責任者という唯一の行方不明者と自身の関係につき身分を明かし職務遂行への協力を申し出、本部経由で、現場検証も書き物もどうでもいいのでとにかく行方不明者捜索発見保護への注力最優先、発見時には最優先での報告並びに随行を確約させる事で引き下がった。本部も直正に捜索の指揮権移譲を強要するような横車を押す事は求めず、何より一度失態した者にそうした特権付与は更に事態を紛糾させよう、第一直正とて指揮権を掌握したとて宙難捜索の現場など何が何やら、だ。ブリッジに臨席していたら人情として雑音を発し兼ねない、必要要件を徹底した以上後は黙って結果を待つのが最善策でしかない。


 しかし。


 確信がある、あのデブリを全て浚って、否、あの宙域を端から端まで探し尽くしても遺体どころかDNA一つ回収出来ないだろうことを、つまり報告から除外した不確定要素こそが本件の主要件たる事を、だ。




 我筆頭主人候補唐突、我進捗確認視察、皆忙殺。

 本日。

 筆頭否確定。是、可変是。

 数多可能性是、否、欧州事情複雑怪奇。

 我成長最重要、身体一番、装置未熟未。美感外観最重要救、当然重要なのだが、こうしてやくたいもない思考だけに見える私、核、こそが枢要なのだ。だが偉い人には其れは通じまい。目に見える部分を何とかして体裁を整えないといけないらしい。調整槽でごぼごぼやってる私を、御披露するだけでは収まらないのだそうだ。何ともお疲れ様なことだ。

 結局、艤装予定の“どんがら”に私を載せて応対するようだ。こんなむちゃなことはないと師匠は嘆いている。私も、心底から同情申し上げる。今の私は頷き一つ出来ない身体だが。

 私の仮の身体をぴかぴかに磨き上げ、作業場も必要以上に清掃、整理整頓を終え、待つことしばし。来訪者は予定時刻きっかりに現れた。

 それは、彼女は、少女、いやまだ幼女だった。

 しきりに私に話し掛け、はなしたしゃべったと十分、御満悦のようであったので、一同は安堵した。私もだ。

 私だ。

 この少女、いや幼女は、私だ。

 私は、私の守護者、

 私が巫女を継承し、その巫女を終生守護する、その守護者を拝謁に来たのだ。

 星巫女、星に人の希いを捧げ奉り星の力を為す者。

 ゼロ点エネルギーを奏上する者。

 アァルトゥーナ、という語が兆す。

 そして。

 シィォ。

 その響きに胸が揺れる。

 燃え、焦がれる。

 意志なくして存在なし。

 此の世はつまり意志の、思念の塊。

 命なくして命なし。

 生かされて、在る。

 意志が集い、この星も在り、我々も育まれた。

 我々は育まれ、初めて存在し得た。

 星が、私たちの、存在を、望んでくれた。

 そして、私たちの今が、ここにある。

 アァは星と交観し、癒し、その祝福を希う

 私は。

 

 自分を呼ぶ叫びにミキは目覚めた。

 あれ。

 目を開く。

 直正。


「聞こえるか、ミキ」

「うん、聞こえる」

 間を置かない即答に直正は深い息を吐く。

「今、何処に居るんだ、居るんですか」

 しばしの間

「……光の宮殿、玉座」

 ……はい。


 向こうの直正が絶句する気配が伝わるが問われるこちらも言葉に詰まる。

 人一人遇するには広大過ぎる、しかし空疎感を抱かせる寸前の開放的な空間が自分の周りにある、何本もの柱も据えられ、腰掛けている事が意識出来ないくらいに馴染み切った、あれ、そう私今。ミキは慌てて立ち上がり辺りを見渡した、座っていた、着座していたものを振り返る、座っている事を忘れるくらいに自分に馴染んだ、見たことも聞いた事もない、リクライニングでもない、おずおずと腰を下ろすとそのまま自分を包みこむ、ひぁと悲鳴を上げはね起きたなにこれ、まるで生き物、“スライム”で出来ているみたいな、改めてまじまじと辺りを観察する、すると目に優しい淡い光を発するそれらがイスからなにから切れ目のない一体成型の空間であり構造であることに気付いた。

 なにこれ、いや。


「ここ、どこ」


 直正には当然、警護対象との距離、位置座標は把握出来ていた。

 そう、データは既にあり、それは。


「ミキ、あー、君が今いるのは恐らく」


 ミキは直正の視覚情報映像と同期して愕然とする。

 直正は既にブリッジへ急行し、それを肉眼視野に納めていた。


「んーとその、その、すうぱあろぼっとに、私、のってるの」

「交信状態上では、そうです」


 内心はともかく直正は即答する。


 ミキは思わず腰を抜かししかし優しく支えられ再び腰掛ける。

 やはり異様なくらいに違和感がない、否、この空間全体が、癒しであり安寧であり、まるで赤子があやされるような優しさと。

 恍惚感に気が遠くなりかけミキは慌てて頭を振った。


「どうしました」

「なんでもない、えーと」

「その、呼吸とか、空気とか」

「産まれてから人生で一番快適よ、大丈夫、環境に問題なし」


 直正は再び吐息を漏らす。

 メイン画面に流れる二人のログにブリッジはざわめく。


「ミキ、そこは、あー、コクピットか操縦席か、なにかその」

 よりによってコクピットときた、理由はわかるがもっとも縁遠い、もどかしあ、そうか。

 ミキは広角で写目った画像データを直正に飛ばした、こんな簡単な手順を思いつかなかったのだからやはり動顛していたのだ。


 受信画像ファイルをブリッジに公開、最早騒音に近い反応に囲まれこれほどの鋼鉄の自制心が自分にあった事に驚きながら直正は状況を理解出来たと思う旨ミキに告げる、さて。


「この場合、サルベージ手順ではどうなるでしょうか」

 プロの意見を求める。

「曳航、いや、露天繋止で宜しいでしょうか」

「ミキさん、どう思います」

 んーと。

 ふわふわ。

「大丈夫だとおも」

「ひっくり返ったり、しない」

「しない、うん」

 どういう構造だか。

 この空間には外力は及んでいないようだ。


 号令一下、あてもなく機械的精力的現場救難捜索に投じられていたマンパワーがてきぱきその不明体をEVAで警備艦に固縛する、いままでの時間の空費はなんだったんだとさすがにオフラインでぼやきつつ、そして全員が怪異に遭遇し気分を害した。

 その不明体はまるで質量と重量が等価であるかの如くにらくらくと取回せたのだ、“空気”よりなお軽く。

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