プロローグ
レッドカーペットの先で陛下にひざまずく彼の姿に、六歳だった
彼はお父様の、年の
よく
だからまず、
そして、
「国営において、人は宝。その宝を
大きな窓からまっすぐ
──まるで天に祝福されているみたい。
静まり返った室内で、陛下の低い声を聞きながら、どこか
「ゼナード・セントーリオ
「ありがたき幸せにございます。今後も日々、
それは正しく、陛下も認めた『国の
「陛下が直接、形式外のお声を
「やはり、
大人たちの
私だって
走ってはいけない。それくらいは
「シシリー」
お父様がすぐ後ろから私を呼んだ。
そちらに目を向けて、見つけた。皆に囲まれ、よそ行きの顔で立つ彼を。
「ゼナードお兄さまっ」
瞬間、彼の表情がふわりとほどける。
いつものお兄様なのに、
誰もが皆、お兄様を
不思議に思っていると、優しい声が答えてくれる。
「
「きっとコイツは『ただ当たり前の事をしただけなのに』と、褒められる事に
お父様にそう教えてもらって、やっと少しだけ
彼が自分の仕事に
お父様
「しかしな、ゼナード。お前は『関係悪化で開戦も秒読み』とさえ言われていた
流石は年上の
「すみません、でもどうしても落ち着かなくて」
「お前の欠点は、その
そんな二人を見上げて『お父様ずるい! 私もお兄様と話したい!』と思った。だからお父様から取り返すような気持ちで、せがむように彼の
「ねぇゼナードお兄さま。お兄さまは、だれかに勝ったの?」
お父様の言葉を拾って、お兄様に問いかけた。
英雄と言えば、英雄
それってとてもすごい事だ。とてもカッコいい事だ。きっとワクワクするような武勇伝が聞けるに違いないと、何の疑いもなく期待した。
しかし予想は大きく外れる。
「うーん、私は勝ってはいないよ」
「『えいゆう』なのに、勝っていないの?」
「私は外交官だからね。対話によって友和と共生の道を探すのが仕事であって、必ずしも相手を負かす必要はないんだよ」
「『ゆうわ』と『きょうせい』?」
「相手とちゃんと話して分かり合って、もし双方にとってより良い
それは例えば、お
お父様にいつも言われていた。「横取りしようとするルドガー
だけど殿下は何度言っても、お菓子の横取りをしようとする。だから私は結局彼の手をペチンとやる事でしか、自分のお菓子を守れない。
でもきっとお兄様はそれを、言葉だけでちゃんと解決できるのだろう。
やっぱりお兄様はすごい。少なくとも私にはできない事だ。
「君の思い
「なんで謝るの? カッコいいよ?」
彼は少し驚いて、すぐにどこかくすぐったそうに笑う。
「そうか、ありがとう」
仕事ぶりを「カッコいい」と評されて、よほど嬉しかったのか。照れたように目を細めた彼は、今日一番の嬉しそうな顔だった。
胸がまた、ギュッとなった。
理由は分からない。けれど、彼を
でもお兄様はいつも
仕方がない事だけれど、モヤッとして彼の服の
「ねぇゼナードお兄さま」
遠くへ行ってほしくないなら、この手を離さなくてもいい方法を考えるしかない。
「どうしたんだい? シシリー」
幼いながらの
「わたし、大きくなったらゼナードお兄さまのお
彼からすれば、さぞ
だって私は知っていたのだ。誰かとずっと
胸を張った私に、彼は切れ長の目を見張った。しかしそれもすぐに
「シシリーが立派なレディーになった
「
これもお祖母様からの受け売りだ。
お祖母様はお
「マセてるなぁ」
まるで無い手ごたえに一人頬を
これに喜んではいけない。私はちゃんと知っているのだ、これはお兄様が私に何かを
「じゃあわたし『外交官』になる! それで一緒に外国にいく! そしたらもっとお兄さまと一緒にいられるでしょう!?」
お兄様がどこかに行くのなら、ついて行けばいいじゃない。
ただの思い付きだったけれど、とても
「外交官になるのはとても難しいよ?」
「うん!」
「そもそも
「それでもわたしはお兄さまと一緒に外国にいく!」
彼はまるで私の本心を
心臓がドキドキと言い出した。しかし私は負けなかった。慣れない胸の甘い
すると、数秒後の事だ。
「そうか、なるのかぁ……」
根負けしたように、小さく「はぁ」とため息を
どちらにしろ、彼は軽く頬を掻きながら私に白旗を上げた。しかしすぐに指を一本ずつ立てながら、真剣な顔で
「もし本当になるのなら、まずは沢山勉強をしないといけない。色んな人と話をして、色んな考えを知らねばならない。色んな事を経験し、自分の味方を増やさねばならない」
二つ、三つと挙げられていく課題に、あまり深くは考えずに「分かった!」と
「あとはそうだな、もっと大きくならないとな」
「おおきく?」
「そう。十六歳になって学園を卒業しないと、外交官にはなれない。だからそれまでご飯をいっぱい食べて、いっぱい
私がまた「うん」と頷くと、彼は満足げに目を細めた。そして最後にこう言ったのだ。
「じゃぁシシリーが大人になるまで、私も
追いつくまでちゃんと待っている。これはそういう約束だ。
それから一年と
外交官は、国の
ゼナードお兄様が言った通り、狭き門で茨の道。それでも『外交官』を知るにつれ、私の中のなりたい欲は、より
そして不純な動機から抱いた興味は、やがて
私も外交官になりたい。
この
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます