第17話 アニマの一族【ニコ視点】

 違和感がある。


 一昨日に発売されたばかりの新刊。

 翌日の夕方にテロが3件。


 次の日の朝刊でもう、既に『回収』が決定して、その日の内にウチに来た。


 いくらなんでも早すぎる。大体、この都市にインジェン全てなんていくらあるのか。販売記録から追うと言っても、例えば貸し借りをしている場合とか。私が使った、紛失とか。

 無理が、無いだろうか。


 そもそも何故、あんな内容の作品が簡単に書店に並んだんだ。編集社は何をやっているんだ。


 そして。

 タンクが破壊された? 頑強ガラス製の。アレは硝子がらすとは違う。簡単に割れたりしない。耐久性は鉄以上だ。成人男性がツルハシで突き刺してもびくともしないのだから。

 けど。頑強ガラスを『割る』方法はある。緊急時に割らなくてはならなくなった事態に備えて、ヴェルスタン泥工業の企業機密に、その方法はある。

 インジェンが、『それ』を知っているということになる。どんな可能性がある?

 ……思い当たるのは私の母が『イストリア』であることだ。


 考えろ。考えながら動け。


「多くの獣人族アニマレイスが市街区でデモ行進をしている。つまり貧民街の経済は今完全に止まっている。……ずっと前から計画していた?」


 私がインジェンを知ったのは10年前。6歳の時。

 もしかして。そこから既に、今回のことを?


 『塔の上の論戦』曰く――【全ての建設的な会話は参加者全員の目的を明確にして共有、または統一してから始まる】。

 獣人族アニマレイスの目的を、作品を通して仲間達に伝えていた?


「ねえ」

「なに?」

「ニコはインジェンの作品を肯定してるんでしょ? なのにどうして対立してる感じなの?」

「…………インジェンの言葉は、筋が通っていて論理的で、納得できることが多いわ。だから、私もインジェンの今でも正しいと思う」

「ならっ」

「ルミナ。例えば国同士が争うのは、『どちらかがから』では、のよ」

「!」


 インジェンの政治論は、あらゆる全ての政治、生活の考え方に言える、普遍的なものだ。リヒト公国にも、隣国にも通じる理論。

 だから、私達は対立する。


「違うのは、『立場』。私は人間だから、人間目線であの作品を読んで納得して、学んだ。けれど、彼女インジェン獣人族アニマレイスの立場だったのよ。だから、『獣人族アニマレイスの目的』を達成するための手段として、クーデターを選んだ。仲間達に自分の政治論が浸透したという状況を、10年掛けて作った。……彼女インジェンにとってはそれが『正しい』のよ」

「…………!」


 一度だけ、会った。サイン会で。

 あの時。頭は。耳は。

 ……覚えていない。そんなところ、普通気にして見ることはしない。無意識に、人間だと思っていた。まさか獣人族アニマレイスだなんて、夢にも思わなかった。


 私だって無意識に差別していたんだ。


「ではどうなさるおつもりですか?」

「止めるわ。当然。向こうも、私に気付いてる。分かるの」

「…………?」


 先頭を行くチルダが、私の顔色を窺おうと振り返った。


「あっ」

「チルダ!?」


 その時丁度、曲道で。

 壁にぶつかったチルダは足を滑らせた。


「チルダ!!」


 光泥リームスの川へ――


「あっ!」

「!!」


 ザバン。

 私は一瞬、怖くて目を瞑ってしまった。すぐに反省して目を開けた。服や皮膚の一部くらいなら溶かされてもまだ、死にはしない。私が犠牲になっても、チルダの命を助けなければと――


「そんな」


 ルミナが。

 既に川に


 チルダを川から押し上げて、光泥リームスから遠ざけた。


「ルミナ!!」


 押し投げられたチルダを受け止めて、そのまま私も尻もちを衝く。


「大丈夫ですか!? チルダさん!」

「!」


 ルミナの声。

 その声色も表情も、身体が溶ける『苦痛』なんて全く無くて。


 彼女は、服が全て溶けて消えて。白い肌を全て晒して。光泥リームスの溢れるど真ん中に立っていて。


「ルミナ!?」

「……あはは……。良かった。賭けだったけど、ね。大丈夫みたい。わたし……本当に光泥リームスで溶けないんだね」


 笑っていた。


「ぅぅ……」

「チルダ!」

「…………ニコお嬢様。申し訳ありません。足を、踏み外しました」

「良いのよそんなこと。大丈夫? どこか溶けてない? 痛みは……っ」

「……問題ありません。お着せは一部溶けましたが、ルミナのお陰で私の身体はどこも」


 チルダは自身をパタパタと確認してから、そう答えた。流血も見えない。大丈夫そうだ。


「…………ルミナ」

「……ふわあ。一緒だ。あの夢と。暖かくて、柔らかくて、光ってて。……心地良い」


 次に、ふたりでルミナを見た。

 ざばざばと、光泥リームスを掻いたりして確かめていた。彼女も不思議そうに。

 人間の近付けない、光る川で。光る髪と光る肌をした少女が遊んでいる。


「……あなた、狂ってるわよ」

「え。ふふ。そうかな?」


 思わず息を呑む、神秘的な光景だった。

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