第10話 泥濘のイストリア【ニコ視点】
次の日の朝のことだ。
「は……?」
身支度を終えて朝食の為にリビングルームへ降りると。
チルダが朝刊を持ってきた。
「テロ……?」
「はい。各地の
「ちょ……どういうこと?」
頭が回らない。
「同時に。ニコお嬢様にとってはこちらも一大事です」
「!」
次の見出しに。
『インジェン作品の全面禁止』が決定したと記載されていた。
「はぁっ!?」
飛びつく。チルダから新聞をふんだくって、顔を擦り付けるように食い入って読む。
「……インジェン著『
「一昨日の新刊よっ! 私のは……っ!」
「お嬢様は学校があります。これから私が公園を見てきます。まだ、落ちている筈です。誰も見向きもしない路地裏ですから」
「………………!!」
なんだ。
何が起こっている。
「待て。ベルニコ」
「!」
野太い声。父だ。振り向く。
私より濃い群青の髪。日々鍛えている鋼の肉体。
それが、ルミナをロープで拘束してやってきていた。
「ルミナっ!」
「……お嬢様……」
見たところ怪我はしていない。耳はしょぼくれて垂れているが。父に抵抗はしなかったのだと見える。
「この
「違うっ! ルミナはただの元奴隷よ! 私が助けたの! ルミナから近付いてきた訳じゃないっ! お父様!」
必死に否定する。そんなことあってはならない。絶対に。
「……『ルミナ』?」
ほら。気にした。隙だ。
「そうよ! この子自身が名乗ったの! ルミナス・イストリア! 母と同じ名前なのよ! その謎を、解こうと……!」
「…………お前は『イストリア家』が何なのか分かって言っているのか?」
「はぁ!?」
…………違う。私の隙だ。
何故、不思議に思わなかったのか。それどころではなかったのだ。本当に、彼女を心配したから。
何故、インジェンの新刊タイトルと同じ名前なのだ。
「…………すみません。わたしは……何も知りません。知っていません。分かりません。……ただ、奴隷娼婦として泥のように死んでいくのが、嫌で。…………すみません」
「………………っ!」
ルミナが呟く。その言葉の内に罪悪感があった。
「都市から、自宅待機命令が出ている。当然、次に狙われるのが『ここ』だからだ。それと、犯人は
「ルミナは!?」
「…………」
父は、ルミナを見た。その目は疑いの目。けれど、次に私を見た。それは信頼の目。
そして庇護の目。慈愛の目。
「日に日に、似てきている」
「!?」
「忘れるな。お前は俺の『全て』だ。何より大事な娘だ。お前を死なせない為なら誰だって殺す。良いか? ベルニコ」
「…………」
彼は私に、愛してるとは言わない。恐らく恥ずかしいのだ。母の顔をした私にそれを言うのが。
けれど、それで良い。私は貴族の娘として『正しく』育てられている。親子間に不和は……無い。
「ええ。信じてお父様。ルミナだってきっと、『
答えた瞬間。ルミナが解放された。
「分かった。……だがこれは、我々の文明への挑戦だ。ヴェルスタン家として見過ごせん。俺は都市や国と連携して『真っ当』に捜査をする。タンクが破壊された街の
「分かってる。インジェンのことと、イストリア家は私とルミナでやるわ」
「……ああ。お前ももう16だ。任せるぞ。だが、今は危ない。少し成り行きを見ろ。自分達の安全を第一に考えろ」
ふらりとこちらへ倒れ込んできたルミナを抱き止める。ロープを解く。父は優しく拘束してくれていた。無理矢理縛って、赤く跡が残っていたりはしていなかった。
「ええ!」
強く。抱き締めた。
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