第3話 暖かく光る泥の夢【ルミナ視点】
ふわふわ、暖かい夢を見る。
わたしは何かに沈んでいる。透明……いや。光っている。影はひとつもできていない。その全てが自ら発光している。
暖かい泥。光る泥の中に。
その世界では服なんて意味がなくて。わたしは裸で、泥の中を漂っている。
永遠に、それが続く。
「起きられましたか」
大人の女の人の声で目が覚める。ここはどこだ。暖かい。……布。白い生地の布団だ。わたしの体温が布団に伝わっているんだ。
ぴくり、耳が反応する。目が冴える。部屋だ。綺麗な部屋。光がある。天井に、『光泥燈』だ。
壁。高級そうな赤い模様の入った壁紙。床もだ。絨毯が敷いてある。
壁と同じ模様の布団。ベッドにわたしは寝かされていたらしい。
足音。声の主が近付いてくる。けれど、怖くない。優しい心音だ。いつもの、わたしを殴ったり犯したりする音じゃない。
「…………ここは」
「ヴェルスタン邸。あなたの居た貧民街の直上にある貴族街です。私はここのメイドです」
「……ヴェルスタン」
金髪を編み込んで纏めた、綺麗な人。黒色の高そうなお着せだ。使用人。
お屋敷。
話に聞いていただけの、天上の世界。建物が全部綺麗なガラスに覆われた、キラキラした世界。
「あなたは昨日の夜、公園横の路地裏で倒れていた所を、ヴェルスタン家のご息女であるベルニコお嬢様に助けられたのです。覚えていますか?」
「…………はい」
覚えてる。
雨の日なのに。雲が空を覆っていたのに。
濃い紫に近い鮮やかな青……瑠璃色の髪。綺麗に結われて整えられて。汚れてばかりのわたしと違って。凄く綺麗で。目も、金色に輝いてた。わたしを助けてくれようとした、尊い目。
わたしと同じくらいなのに。他人を助けようとするくらい、余裕があって、心が広い人。
ベルニコお嬢様って、言うんだ。
「お嬢様は今学校に通われています。あと3時間程でご帰宅なされる予定です。それまでに、あなたの身嗜みと。体調を整えなければなりません。良いですか?」
「……はいっ」
睨まれた。けれど、敵意は感じない。わたしはすぐさまベッドから出て服を脱いだ。可愛い花柄のパジャマを着せてもらっていたらしい。
「……あっ」
そこで、転けた。
身体に力が入らなかった。メイドさんが、腕を掴んで支えてくれた。
「身体は昨日の内に、勝手ですが洗いました。着替えはそこに用意してあります。お嬢様のものですが、サイズは見たところ問題なさそうです。……空腹でしょう。さっさと着替えてしまいなさい。食事の用意もありますよ」
「………………良いんですか」
「何がですか?」
ふらふらと、テーブルの上に畳まれていた衣服を掴む。
滑らかな肌触り。サラサラの生地。
赤い長袖のワンピースだった。ピンクのリボンまで襟と袖に着いていて。わたしには勿体無い高級品。きっと、わたしより高い。
着たところで、腹の音が鳴った。恥ずかしい。けれど、確かに空腹だ。背と腹がくっついてしまいそうなほど。
「……できるお礼がありません。お嬢様でなくお坊っちゃまなら、股でも開けたのですが」
「…………あなた名前は」
「ルミナです」
「……ルミナ。この屋敷で、そのような下品な言葉は使わないように。あなたのこれまでの人生は察するに余りありますが、そんなものを求めて、お嬢様はあなたを助けたのではありません。そんなものは、貴族街には全く不要なのです」
「………………ごめんなさい」
わたしには何も無い。
昨日は咄嗟に、助けてと言ったけれど。返せるものがない。
そもそも通行証で貴族街に入って、何をするつもりだったのだろう。わたしは。
きっと。
どこかに行きたかっただけなんだ。どこでも良かった。あの生活から抜け出せるなら。たまたま、わたしと同じ名前の通行証があって。これなら行けると。貴族街まで来れば、誰も追ってこないって。
「ルミナがフルネームですか?」
「ぁ……えっと。ルミナス・イストリアです。わたし、捨て子だったんですけど、名前だけは、その。書いてあって」
「!」
名乗ると。
メイドさんは、手を口に当てた。驚きの表情だ。どうしてだろう。
「……奥様の旧姓まで」
「?」
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