日曜日のアイリス
早坂凛
第0話 開幕前
ここは科学魔法都市セントラル。魔法と科学の融合をテーマにした現在世界一の発展都市だ。この都市に住むひとりの精霊術師アイリス・アンフィールドは合格を果たした王立魔法魔術学院へ通うため、アイリス含め、契約精霊総出で引越し作業に追われていた。
「やれやれ。あれだけ早めに片付けを始めておけと言ったのに」
箒を片手に愚痴をこぼすのはアイリスの月曜日の契約精霊マリアだ。英国風の伝統的なメイド服に美しい金髪をなびかせながらテキパキと部屋を片付けている。棚から食器を取り出し、必要なものと不要なものを選別していく。
「カルナ。寝室の片付けは終わったのですか?」
マリアはキッチンでの作業を中断して、他の部屋の進捗を確認しに行く。
「ま、まだなの……」
少し気まずそうに返事をするのは火曜日の精霊カルナ。長い黒髪をふたつくくりにしているので、まだ幼さの残る顔が一層際だっている。そして仮装衣装のような肩を出したソフィアレッドのドレスは、幼い彼女の顔と非常にアンバランスだった。外見は14歳程に見えるが彼女の言動は見た目より幼かった。
カルナはせっせと「かるな」と書かれたおもちゃ箱にボードゲームやカードゲームを詰め込んでいた。それを見たマリアはため息をつく。
「はぁ……カルナ。遊び道具は必要最低限にして下さい。我々はピクニックに行くのではありませんよ?」
「田舎は娯楽が少ないから全部必要なの!」
「…………」
マリアは一度カルナを放置してリビングへ行く。すると廊下の方から小さな人魚が空中を泳ぎながらリビングに飛び込んできた。
「わ〜〜い!!」
「ちょっ! ベルちゃんそれはいけませんよ!!」
人間の半分程の小さな人魚は、水曜日の精霊ベルだ。そしてベルの手にはサイズの大きそうなブラジャーが握られている。そんなベルを追いかけるのは精霊達の契約主であるアイリスだ。
「ベルちゃん返して下さい! 今はルイス君だっているんですよ!?」
アイリスの懇願も虚しく、ベルはリビングのソファーに座って書類を読んでいる木曜日の精霊ルイスのもとへ泳いでいく。
「ルイルイ見て下さい! アイリィ〜のブラジャーです!」
あろうことかベルはルイスの眼前で、自分の頭が埋まるようなアイリスのブラジャーを両手で広げて見せる。
「あああ〜!! 何しやがりますかぁー!!!」
基本的に女所帯で普段はあっけらかんとしているアイリスも、男性精霊のルイスに下着を目の前で見られては顔から火が出る思いだった。
「あはは〜! ルイルイくまさんみたいです〜!」
契約精霊の中で最も幼いベルは無邪気にはしゃぐ。ルイスの頭の上にブラジャーを乗せてケラケラと笑う。
「ぬあ〜!! やめて下さいー!!」
アイリスは絶叫するが、ベルは皆が揃っているのが嬉しいのか大はしゃぎだ。
(何をやっているんだか……)
眼前に広がる光景に、マリアはひとり真面目に引越し作業をしていることに虚しさすら覚えた。
「喧しい!!」
沈黙を貫いていたルイスが遂に怒鳴る。燕尾服に身を包むルイスは執事のような出で立ちだ。パーマのかかった黒髪は知的でクールな彼によく似合っていた。しかし今はそのイメージからは程遠い大声を出す。
「ぴええっ〜!」
ベルは驚いてアイリスの後ろに隠れる。カルナも寝室から顔を覗かせる。
「お前達は部屋の掃除もまともにできないのか? え? おい?」
ルイスは頭に乗せられていたブラジャーをアイリスに放り投げる。そして矢継ぎ早に辛辣な言葉を続ける。
「たまには無駄に膨らんだ乳ではなく、頭にも栄養をやったらどうだ? 部屋の掃除ひとつまともにできんとは嘆かわしい限りだな。いつまで
「ぐぬぬ……」
「ルイルイ怖いです〜」
はしゃいでいたのは主にベルだったが、ルイスの怒りの矛先はアイリスに向かったようだ。マリアも、ルイスの口は悪いが言っていることはもっともなので黙っていた。
「そもそも誰のせいでこんな小難しい書類を精査するはめになったと思っているんだ?」
ルイスの手元には不動産の契約書や法律に関する専門書があった。学院に通うため、アイリスの新居を購入する際にトラブルがあったらしい。
「不動産屋の口車に乗せられて相場価格の数倍で契約書にサインするとは何事だ?」
「うぅ……」
「でも不動産屋さんは早く契約しないとすぐ他の人に取られちゃうって言ってたの……」
契約したのはアイリスとカルナのようだ。
「ああいう手合いの言うことは8割が嘘で、2割が作り話に決まっているだろう」
「全部嘘なの!!」
人間の狡猾さに驚愕するカルナ。
「まあまあルイス。お嬢様達に任せた我々にも落ち度があるのですからお説教はその辺りで」
マリアが仲裁に入る。
「それで契約はなんとかなりそうなのですか?」
「ああ、人間界は複雑なルールが多いが、連中のしたことはほとんど詐欺だ。法律に則って適正価格で再契約させる」
「それは何より。資金がないわけではありませんが余分な出費は抑えたいですからね」
「本来ならば連中の事務所に魔法を数発ブチ込んでやれば解決するんだがな」
「嘘つきは地獄に落としてやるの……」
完全に騙されたと知り、カルナの目に狂気の色が浮かぶ。
「カルナちゃん! やってしまいしょう!」
アイリスもカルナを囃し立てる。
「こらこら、ルイスの冗談を真に受けないで下さい。ほらカルナも落ちついて、寝室の片付けがまだでしょう? 今日は終わるまで夕食はお預けですよ」
「それは……困るの……」
カルナはトボトボと片付けに戻る。
「ほら、お嬢様も」
「うあ〜い……」
アイリスも渋々引越しの準備に戻る。
2時間後。日もほとんど落ちた頃、ようやく引越し作業が完了する。
「終わりましたぁ〜」
「疲れたの……」
ヘトヘトになったアイリス達はリビングに集合する。
「マリア〜お腹空きましたぁ〜」
「おっと私としたことが、調理器具も全て梱包してしまいました。これでは夕食は作れませんね」
「えぇ〜」
「あんまりなの……」
夕食を楽しみにしていたアイリスとカルナがうなだれる。マリアはそんなふたりを見てくすくす笑う。
「ふふふ冗談ですよ」
その時、玄関からひとりの女性が入ってくる。金曜日の精霊エレノラだ。
「やあ遅くなって申し訳ないね」
「
「ああ、一段落したからね。あとこれ頼まれてた夕食だよ」
エレノラは店でテイクアウトした料理をテーブルに広げる。それを見たアイリスとカルナの目が輝く。
「ありがとうございます。せっかくですから皆でいただきましょうか。ルイス、ベルを起こして下さい」
「ああ」
契約主のアイリスにマリア、カルナ、ベル、ルイス、エレノラで食卓を囲む。普段は決まった曜日にしか召喚されない精霊達が一堂に会するのはいつ以来だろうか。
マリアはこっそり用意していたシャンパンを開け人数分グラスに注ぐ。
「
精霊達はグラスを片手にアイリスを見る。乾杯の音頭はマリアが取るようだ。
「それでは皆さん。まずは引越し準備お疲れ様でした」
その言葉に
「そしてお嬢様。王立魔法魔術学院合格おめでとうございます」
「おめでとうなの」
「おめでとです〜」
「おめでとう」
「いやぁ〜おめでとうぉ〜」
全くの不揃いだったがそれぞれが主人を想い祝福の声をかける。アイリスは屈託のない笑顔で応える。
「みんな……えへへ……ありがとうございます」
精霊術師アイリス・アンフィールドの物語はここから始まる。
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