第31話 顛末と戒め

リシャールがカディオ伯爵より面会を求められたのは翌日のことだった。

病気がちな娘を溺愛していたが、騎士より詳らかに説明された娘の不始末を真摯に受け止めて自分よりも遥かに若く、爵位を継いでいないリシャールにも頭を下げ、何度も詫びてくれたという。


アネットにも謝罪の申し入れがあったが、そうすると家同士の問題となり話が大きくなることからアネットはクロエと相談して断ることにした。

それはクラリスのしたことを表沙汰にしないということでもあったが、関わり合いを避けたいという意向はしっかりと伝わったようで、二度と領地から出さないと約束してくれた。


リシャールやセルジュは僻地の修道院に送り二度と王都に足を踏み入れないよう約束させるつもりだったらしい。

心身ともに弱ってしまったクラリスには酷なことだろうし、あまりに罰が重すぎると却って余計な恨みを買ってしまう。

その結果、クラリスは病気が悪化して領地に戻ることになったというのが表向きの理由だ。


「屋敷の敷地内からは出さないと言っていた。どこまでその約束が果たされるか分からないが、娘が領地から外に出ることがあれば二度目はないと十分に理解したはずだ」

「リシャール様には色々とご面倒をおかけしてしまいました。本当にありがとうございました」


少し尖った口調は甘すぎる処分に納得がいかないのだろう。それに気づいたアネットはリシャールの言葉をさらりと流して、席を立ってカーテシーとともに丁寧な礼を述べた。


「元々は俺のせいでもあるから、礼を言われることではない」

突き放すような言葉だが、顔を背け目元を染めながら言われるのでちっとも嫌な気分にならない。


(事を荒立てない方がきっと将来お姉様の役に立つわ)


カディオ家の本音はどうあれ内々に収めたアネットやクロエに不利益を働くことはないだろう。アネットとしては安全を確保され、クロエに心配をかけるようなことが無くなればそれでいい。今回のことでは随分クロエに心配をかけてしまったと反省することばかりだ。


クロエ第一主義のアネットが友人を持てるようにと、入学前にクロエから学園内ではあまり一緒に行動しないよう言い含められていた。だが嫌がらせを受けてからクロエは常にアネットを気遣って常に傍にいてくれたのだ。


友人ももちろん大事だが、クロエと過ごす時間はアネットにとってご褒美のようなものだったため、このままなし崩し的に現状を維持したいところである。


そっとクロエの様子を窺えば、リシャールから事情を聞いたあとから表情が僅かに曇っているように感じた。セルジュを見れば同じくクロエの変化を感じ取っているようで、目配せをされた。


「クロエ、大丈夫かい?」

「――ええ、大丈夫ですわ。お気遣いありがとうございます」

セルジュが問いかければクロエもはっと気づいたように顔を上げたが、表情は冴えないままだ。


(何がお姉様を煩わせているのかしら?)


ここ最近は自分のことばかりでクロエの変化に気づかなかったのかもしれない。だとすれば妹失格なのだが、セルジュも微笑みを浮かべたまま困惑しているようである。

ならばクロエの気がかりはクラリスに関することである可能性が高い気がする。

アネットがそう判断し、声を掛ける前にクロエは意外な言葉を口にした。


「セルジュ様、リシャール様と少しお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」


セルジュは驚いた表情を浮かべたものの、大切な婚約者の望みをすぐ叶えることに決めたようだ。

婚約者以外の異性と二人きりになることは好ましくないが、リシャールならばと快諾したため、アネットは後ろ髪を引かれながらもセルジュとともにその場を後にしたのだった。



「リシャール様、わたくしの妹を、アネットのためにご尽力いただきましてありがとうございます」

「……先ほども言ったが、礼を言われるようなことじゃない」


王族に対する最上級のカーテシーとともに優雅に礼を告げるクロエに、リシャールは居心地の悪さを感じながらも、短く告げた。


わざわざ話があると言われてから警戒していたのに、礼を言われてしまった。恐らくこれだけでは終わりではないのだが、クロエがこのような態度を取ることは肩透かしを食らったような気分だ。


「わたくしの両親は何不自由なく育ててくれましたが、わたくしを慈しみ育ててくれたのはあの子なのです」

その言葉にクロエに顔を向けると、いつもの毅然とした表情が柔らかく慈愛の色をたたえている。


「あの子がいてくれなければ、好意を持ってくれなければ、わたくしも彼女と同じようにセルジュ様に近づく女性に嫉妬し嫌がらせをしていたかもしれません」

「セルジュは最初からクロエ嬢に好意を持っていた。前提が違うだろう」


目的が分からない会話に僅かに苛立ちを覚えながら、リシャールは切り捨てるように告げる。


「小さな世界で生きていたわたくしは視野が狭く高慢でしたわ。アネットが心を傾けてくれたから、セルジュ様にも嫌われずに済んだのです。ですからわたくしはアネットが望むことなら何でも叶えてあげたい」


ひたりと見据えられた瞳は凛としていたが、どこか悲しげに見えた。


「あの子がリシャール様を選ばなかった時、貴方はアネットを諦めることができますか?」


その言葉によぎったのは不快感と苛立ち、そして僅かな恐怖だった。

クロエが何故そんな質問をしたのか。それはクラリスの執着をリシャールに重ねたからに他ならない。

大切な存在を傷付けようとした人間と同類だと思われるのは、ひどく癇に障る。


(だが俺は今まで考えたことはなかった)

そう気づいたことで怒りの感情はすぐさま冷めた。


アネットとの未来を描いたことはないが、彼女の隣に誰かがいることもまた想像したことがなかった。それはアネットがひたすらにクロエを慕い、彼女に心を傾けているのを目の当たりにしていたからだろう。

もしもアネットが他の誰かに心を奪われたならと思うと、胸の奥がずしりと重くなる。


「俺は、アネット嬢の心も身体も傷つけるつもりはない。彼女が選んだ相手に対しても……愚かな振る舞いをするつもりはない」


リシャールにはクロエの懸念が理解できてしまった。

幼い頃に出会った少女をずっと思い続けていた訳ではない。だが再会を望み、諦めて忘れかけた頃に出会った彼女にまた惹かれてしまった。傍から見ればそれはどこか過剰な執着のように見えるのだろう。


「不躾な質問にもかかわらずお答えいただき、ありがとうございます」

完全に懸念がなくなったわけではないのだろうが、クロエは安心したように肩の力を抜いた。


(クロエ嬢の問いかけを俺はずっと忘れないだろう)

己への戒めを込めてリシャールはクロエの言葉を胸に刻んだ。

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