第19話 適度な距離の友好的関係
「さすがアネットね。おめでとう」
「ありがとうございます、お姉様!」
試験の結果を見に行くと、掲示板の先頭に自分の名前があったことに安心した。すぐにクロエがお祝いの言葉を掛けてくれたことで、喜びが倍増する。
「アネット嬢、首位おめで―」
「アネット、行きましょう。放課後にカフェテリアでお祝いしましょうね」
さりげなく、だが躊躇なくリシャールを無視したクロエがアネットの手を引いて教室へと向かう。
(お姉様、まだ許してないのよね……)
リシャールのことはどうでも良いが、一応公爵令息ではある。あまり邪険に扱うのはクロエの評判に関わるかもしれない。
「お姉様、リシャール様を許してあげてください。もう十分に反省されているようですし、私は大丈夫ですよ?」
「でも、アネットはすぐ無理をするから。……本当に大丈夫?また何か嫌なことをされたらちゃんと教えてくれる?」
「勿論です!」
普段はアネットの方が過保護なのに、リシャールに関して非常に過保護になるのはそれだけショックだったのだろう。普通に過ごしていれば、同級生に髪を摑まれるなどという乱暴な振る舞いをされることなどまずない。
(もしもリシャール様がお姉様の髪を掴んだのなら…)
アネットはあらゆる手段を用いて弱みを掴み、学園から追いだすだめに画策しただろう。逆の立場で考えればクロエの言動など可愛いものである。
「今日はリシャールも一緒でいいかな?」
お昼に王族専用の食事スペースに向かえば、セルジュがリシャールを伴って現れた。セルジュと食事を摂るためにここに来ているのだから、正直拒否権はない。
「……………ええ、殿下がお望みでしたら」
普段セルジュ様と呼ぶクロエの他人行儀な呼び方にセルジュの困ったような笑みを深くなる。
顔が笑っているが、アネットにはセルジュがショックを受けているのが分かった。同志としては見過ごすことが出来ず、慌ててフォローの言葉を入れる。
「勿論かまいません」
「ああ、……クロエ本当に?やっぱりリシャールは追い出そうか?」
「セルジュ?!」
前言撤回が早すぎる、と狼狽えるリシャールを宥めて何とか全員が席に着いた頃には、若干疲れた気分のアネットだった。
食事中はセルジュとアネットが会話を繋ぐことに終始したものの、クロエとリシャールとの間に直接的な会話は皆無である。
(お姉様は何を話して良いのか分からないだけなんだろうけど、リシャール様もぎくしゃくしているしなあ……)
二人の間に何か共通点がないものか。そう考えたアネットはリシャールに質問することにした。
「リシャール様は今も甘い物がお好きなのですか?」
出会ったきっかけはベニエだし、詫びの品もチョコレートであったことから推測して尋ねてみる。
「嫌いではないが、あまり食べる機会はないな。アネット嬢とクロエ嬢は甘い物が好きなのか?どういうものが好みだ?」
「ええ、甘いお菓子は癒されますね。うちの料理人はお菓子作りも得意で、サクサクのクッキーは絶品ですの、ねえお姉様」
「そうね。でも私はマカロンが一番好きよ」
口角が僅かに上がって優しい眼差しでクロエがアネットを見つめた。
話題の提供がこんな形で返ってくるとは思っていなかったアネットはそわそわと落ち着かない気分だ。
(あの日マカロンを選んだ私、偉すぎる!もう今度から自分で作ったほうがいいじゃないかしら?)
「ああ、あの可愛いお菓子だね。確かに見た目も味も楽しめて素晴らしかったよ」
先日クロエ経由で口にする機会があったセルジュがにこやかに告げる。
「マカロン?初めて聞くな。どこで売っているんだ?」
「よそで販売しているところは見たことありませんわ。アネットが私のために準備してくれたものですから」
どことなく優位性を含んだ声にリシャールが肩を落とした。少々攻撃的なクロエだが、これも自分を守るための牽制なのだと思えば非常に可愛く思えてつい笑みがこぼれた。
「次回は私が作りますね。その時はセルジュ様とリシャール様にもお裾分けいたしますわ」
「アネット嬢……今までのことは本当にすまない。今度、貴女を食事に誘っても良いだろうか?」
「申し訳ございません。それはお断りさせていただきますわ」
笑顔のまま即答するアネットに時が止まったかのような不自然な沈黙が落ちる。
「…………理由を伺っても?」
低い口調にリシャールの機嫌を損ねたかと危惧したものの、アネットとしてはむしろ何故大丈夫かと思ったのか不思議だった。
「リシャール様はお家柄もご容姿も大変ご立派で、婚約者の方もいらっしゃいません。年齢問わず大変人気があることをご理解してらっしゃいますか?リシャール様に他意はないとしても他のご令嬢方から余計な嫉妬や恨みを買うような真似はご遠慮させていただきます」
「アネットはそれでいいの?リシャール様に随分心を配っていたようなのに」
アネットがリシャールを庇うような言動をしていたせいだろうか、クロエが不思議そうに尋ねた。
「私としては全く問題ありません。セルジュ様のご親戚の方ですし、同級生なので適度な距離を保ちつつ友好的な関係は築きたいと思いますが、不利益が大きいのであまり関わり合いになりたいとは思っておりませんわ」
「クロエ、アネット嬢、それぐらいにしてやってくれ。さすがに不憫だ」
セルジュの声で対面に視線を戻すと愕然とした表情のリシャールと目が合った。
少々青ざめているのは体調でも悪いのだろうか。
「多少過去に縁があったからと言ってお気になさらないでください。もともと何か私に思うところがあったようですし、これまで通りよろしくお願いいたします」
「アネット嬢……止めを刺さないでやってくれ!!」
必死な様子のセルジュに内心小首を傾げながら、アネットは淑女の笑みを浮かべて目の前の紅茶を楽しむのだった。
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