第17話 スイーツと友達づくり
入学式から二週間、あれからほとんどの同級生とも友好的な関係を築けている。気の強そうなロザリーは別として、基本的には礼儀正しく大人しい子女たちが多いようで助かった。
「お姉様、本日はフルール様たちとお昼をご一緒することになりましたの」
「そう、分かったわ」
基本的にはクロエとセルジュといることが多いが、たまには二人きりにさせてあげようという気遣いを見せるアネットにクロエは表情を変えずに答える。
ふと視線を感じて顔を向けると、リシャールと目があった。にっこり微笑むとアネットはリシャールに話しかけた。
「リシャール様、よろしければご一緒にいかがですか?たまには殿下以外の方々と交流を深めるのもよろしいかと思いますわ」
「結構だ」
にべもなく断るとリシャールはそのまま教室を出て行った。
(これでよし)
アネットだけでなくリシャールも結構な割合でセルジュと一緒に食事を摂ることが多い。アネットが気を利かせたところでリシャールがセルジュといれば、お邪魔虫になってしまうし男性2人と食事をするのは少々外聞が悪いだろう。
「相手にされるわけないじゃない、恥ずかしいわ」
教室を出る前に嘲笑が聞こえてきたが、稚拙な陰口に思わず笑みが浮かぶ。
(これぐらいならウェルカムよ。むしろ分かりやすくて助かるわ)
隣にいたレアが眉をひそめたが、アネットの様子を見て何も言わずにいてくれた。察しの良い子だなと思い、ますます好印象を受ける。
広いカフェテリアは予約をすれば個室もあるが、アネット達は空いている席を探して腰を下ろした。
「アネット様、先ほどの態度はご立派でしたわ。あんな風に思い違いをするほうが恥ずかしいことだと思います」
フルールが毅然とした態度で言うと、レアがこくこくと首を縦に振っている。
「他の方ならともかくアネット様はリシャール様に興味がございませんもの」
「ありがとうございます、フルール様、レア様。ですが、年頃の男性を気軽に誘うなど少々はしたなかったですわね」
貴族社会は男性優位、女性は一歩引いているほうが好ましいとされている。女性から男性に積極的に声を掛けることはあまりないが、デビュタント前ならそこまでうるさく言われることはない。
「わたくし達は分かってますわよ。お姉様と殿下がお二人で過ごす時間を作って差し上げるためですわよね」
アネットのシスコンぶりを正しく理解し、引かなかった二人だけにアネットの意図はあっさりバレていた。
「本当にアネット様はお姉様が大好きですよね。クロエ様は確かにお美しいですけど」
フルールの言葉が少しだけ気にかかってアネットは聞きなおした。
「何かお姉様のことで気にかかることがおありなのでしょうか?」
「いえ、そうではありませんわ。クロエ様はお美しいし凛としたところが素敵なのですがお近づきになるには恐れ多い方だと思ってしまって。アネット様は侯爵令嬢ですが、とても気さくに話しかけてくださるので」
アネットはそれを聞いてちょっと反省してしまった。セルジュとアネットがクロエを独占してしまった結果、同級生たちとの間にうっすらと壁が出来てしまっていることに、今更ながらに気づいたのだ。
もともと人見知りがちなクロエは自ら積極的に話しかけるタイプではないし、未だに同級生に話しかけることに緊張している節がある。あまり感情をださないクロエだが、緊張している時はさらに表情がなく、美貌と相まって雪の女王さながらに冷たい印象を与えてしまうのだ。
(このままお姉様の魅力が伝わらないのは勿体ないわ)
姉の友達づくりのお手伝いまでするのは少々行き過ぎだろうか。こんな時のアネットの判断基準は単純である。クロエが喜んでくれるかどうか、それだけだった。
(お姉様は同年代の令嬢たちと関わる機会がなかったから、気になっているのは確かよね)
そうと決まれば話は早い。
「フルール様、レア様、よろしければ今週末お部屋でお茶会などいかがでしょうか?」
「まあ、よろしいのですか?」
「お誘いありがとうございます」
まずは少人数の女子会から始めよう。
クロエにお茶会の件を話すと、戸惑いながらも了承してくれた。
「わたくしも参加してよいの?同い年の方と何を話して良いか分からないから、退屈させてしまうかもしれないわ」
「大丈夫ですわ。お姉様は思ったことをそのままお伝えすればいいんですよ」
そわそわと落ち着かない様子のクロエを宥めつつ、ミリーとジョゼに協力を頼む。楽しみにしていた週末はあっという間に到来した。
「残りのお茶菓子はミリーが作ってくれるのよね?忘れ物はないかしら?」
荷物の確認をしていると、ジョゼが呆れたような表情を見せる。
「アネット様、ご自身のご準備がまだ終わっておりません」
その言葉にアネットは首を傾げた。友人たちとのささやかなお茶会に着飾る必要などないだろう。
「小さくとも普段と違うものを身につけるのが、嗜みでございますよ。アクセサリーや髪飾りなどちょっとしたものでも話題になり、お洒落に繋がるのです」
もともと着飾る機会もなければ興味もなかったが、ジョゼが言うのならそれが正しいのだ。
「でも装飾品なんて、ほとんど持っていないし……。あ、そうだわ!」
そっと宝箱を開けるとクリーム色のリボンがあった。随分と前に一度だけであった少年に押し付けられたものだが、いい加減もう時効だろう。
「クロエ様、アネット様、この度はお招きいただきありがとうございます」
フルールとレアが丁寧に礼を述べるが、緊張した様子である。このままだと互いに緊張してぎくしゃくした雰囲気になりそうだ。
(だけど我に秘策あり、なのよ)
「まあ、何て可愛らしいの!」
「このような素敵なお菓子初めて見ますわ!」
二人が目を輝かせているのは鮮やかな色とりどりのマカロンと小山のように小さなシュークリームを積み重ねたクロカンブッシュだ。もちろん定番の焼き菓子も準備されている。
美味しいお茶とスイーツがあれば、会話も滑らかになるだろうと見立て通りの反応にアネットは嬉しくなった。
「喜んでいただけて何よりですわ。どうぞ召し上がってください」
「あの、わたくし達はしゃぎすぎてしまって。お見苦しいところをお見せして申し訳ございません」
静かなクロエを前にレアが恥ずかしそうに告げた。
「……そんなことございませんわ。私も初めてマカロンを見た時、何て綺麗で可愛いお菓子なのかしらと感動しましたの」
「本当に、いただくのが勿体ないぐらいですわね」
そう言いながらもマカロンを口に運ぶと、それぞれ満足そうな溜息が漏れる。それからはお気に入りのお菓子やカフェ、最近流行りのドレスやアクセサリーなど令嬢トークに花が咲く。
アネットは前者にクロエは後者に関しての興味関心が強いため、話題に困ることなく場が盛り上がり、あっという間に時間が過ぎた。
「素敵なお茶会でしたわ」
「とても楽しい時間を過ごすことができました。――もしクロエ様がよろしければ、今度ランチにお誘いしてもよろしいですか?」
最初に来た時よりも随分と緊張が解けた様子のフルールがクロエに訊ねる。
「……嬉しいわ。是非」
クロエの顔が綻び、ふわりと柔らかな笑みが浮かぶ。それを見たフルールとレアが固まった。
(クーデレなお姉様のふわとろ笑顔、最っ高ですよねー!!)
いつものクールな表情とのギャップもさることながら、可愛いという言葉では足りないほどの破壊力なのだ。同性でも見惚れてしまうこと、間違いなしだと確信していたが客観的にも証明されたようだ。
顔を赤らめたフルールとレアが帰ったあと、クロエから声を掛けられた。
「アネット、ありがとう。今日はとても楽しかったわ」
嬉しそうなクロエを見て、お茶会を開いて良かったとアネットも心から嬉しくなる。
「それに、その髪型も素敵ね。レア様もおっしゃっていたけど、とても似合っているわ」
髪を片方にゆるくまとめて、リボンで結んだ髪型は好評だったし、邪魔にならずに予想以上に楽だった。
「本当ですか?じゃあ明日もこの髪型にしますね」
クロエから褒められて調子に乗ったことを、翌日後悔するはめになるとはこの時のアネットは知るよしもなかった。
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