専用ノート!
去年分の過去問題を家に持って帰り、昼休みにはできなかったノートのまとめを続ける。
去年の分であるから、自分も解いたもののはずだが、いくつか忘れていたものもあった。こうやって振り返ってみるのは、自分のためにもなって良い。
「それって、去年の分の入試?」
隣からひまりが覗き込むように、作業中の机を見る。
「そうだな。俺が去年受けたやつと一緒だな」
そう言うと、非常に暇そうな顔をしたひまりは「ふうん」と言って、ベッドに寝っ転がった。
ひまりは勉強に関することにはあまり興味を示さない。と言っても、自分の興味のあることや、専門的な部分には強い興味を持つので、おそらくもう既に定着している勉強をやるのが苦手なのだろう。
とりあえずひまりは放っておき、どんどんと進めていく。分量も分量だし、ノートに手書きではなく、パソコンで作ればよかったかな、と少し思う。
ノート一冊分に、咲ちゃんが苦手そうな問題を書き、解くスペースを考えながら作っていく。ぎっしりというわけではないが、それでもやっぱりきつい。昔はテストやプリントも、先生が手書きで作って印刷していたらしいが、そのキツさがわかる。
「ねえ、私その問題解いていい?」
そうこうと手を動かしていると、ひまりがまたベッドから起きて、話しかけてくる。
丁度去年の分はまとめ終わったので、それを渡すと、「ありがと」といって、隣の机に座った。
●●●
「終わった……」
それから三時間くらいか。ついにノート一冊分の入試対策を完成させた。世の塾講師の先生たちは、こういったのも業務の一環で作ったりするのだろうか。
ぱらぱらと見てみる。問題も一ページ一問で、解答欄も大きく取った。なのにこれだけ時間がかかったのだ。……まあ、俺が調子に乗って通常より分厚いノートを使ったのも原因だろうが。
ふと隣の机を見てみると、ひまりは全て終わったテストを綺麗にまとめて、静かにちょこんと座っていた。
「終わった?じゃあ、このテストの丸付けしてくれない?」
「わかった」
その回答を受け取り、問題用紙と一緒に借りてきていた答えを取り出し、見比べていく。
初めは、ひまりの得意な教科である、社会科である。こちらは問題なく満点。教科書問題しか出ないし、何なら俺でも満点が取れた問題で、ひまりが取れないわけがない。
次は理科。こちらも満点。俺は確か七割は取れてたはずだ。大体問題の難易度が少し高く、まるで大学入試のようだと、解答速報を出している塾から苦言を呈されたほどの問題だったはずだが……
英語。九十七点。多少のミスはあったが、誤差の範疇だろう。ひまりはあまり興味のない分野だが、「基本を覚えれば楽勝だから」といって簡単にこなしてしまう。俺は八割取った。
次は数学。九十五点。一部の明らかにどうかしている問題以外は正解だ。……俺は五割しか取れなかった記憶がある。
次。問題の国語。九十点。これじゃあ、咲ちゃんには勝てないな。俺も九十七点取っていたので、それよりも低い点数だ。
「ほら、丸つけ終わったぞ」
その結果を見ると、ひまりは悔しそうな顔をした。
「まあまあの結果だけど、国語は咲ちゃんどころか、去年のお兄ちゃんよりひどいじゃん!」
「くう……」と屈辱でも感じていそうな声をあげるが、その点数は正直入試主席レベルである。こいつ、学力推薦じゃなくても簡単に受かったんじゃないか?
「というか、本当に入試勉強はもうしてないんだよな?」
「うん。私、公立受けないことにしたから」
「ふうん。お前が決めたことならいいんだが」
俺個人としては、もちろん受けてよく考えて進学先を決めてほしいところだが、ひまりは俺が入ってすぐぐらいの時から、ずっと我が校である金章学園に入りたいと言っていた。
それに、両親ともよく話し合って決めたことなのだから、自由にしてほしい。別に強制したいんじゃなくて、ひまりが楽しく学校生活を送れる場所ならどこでもいいんだから。
「まあそうしたら、お前の友達の咲ちゃんもなんとかして合格できるようにサポートしてやらないとな」
そう言うと、ひまりは嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。
●●●
「はい。これ使ってみて」
翌日は休日。勉強をしに、咲ちゃんがやってくる日だ。
やってきた咲ちゃんに、早々に昨日のノートを渡す。咲ちゃんは一緒ぽかんとしてそのノートを手に取った。
「入試……対策、私用、ですか。」
ノートの表紙には、『入試対策 咲ちゃん用』と書いた。それを不思議そうに眺めた咲ちゃんは、中をパラパラとめくった。
「これって、もしかして!」
パラリ、パラリ、と一ページを良く見ながら驚いたような表情をしだす。
「全部手書きですか!?」
「うん。在学生を通した入試対策は公然と行われているけど、流石に対策を学校から出されてるわけじゃないし、全部やるのも時間の無駄じゃん?」
「たしかに……」
「それに、咲ちゃんが苦手そうなところは、見てて気がついたから。そこの問題を多めにまとめてるから」
そう言うと、咲ちゃんは感動したような目をする。
「本当に、本当にありがとうございます……ここまでお兄さんがしてくれるなんて……」
本当に感極まったみたいで、その目は、少し潤んでいるようにも見えた。
「先輩なんだから、これくらいはね?」
そういえば、咲ちゃんは笑って、「まだ受けてもないんですから、早すぎるんじゃないですか?」と言うので、「俺はもう受かると信じてるから」と返すと、咲ちゃんは顔を赤くしてうつむいてしまった。
そうして暫く経って、突然ばっと顔を上げた咲ちゃんは、まだ顔を赤くしたまま、言った。
「このノート、一生大切にしますから!」
少しだらしなくも感じるにへっとした柔らかい笑みを見れば、このノートを作るのは大変だったけど、別に悪くないもんだと思うのは、俺がちょろいからなのだろうか。
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