第19話「賢くない魔女を助っ人に呼んだ結果」

(ええ……? マジかこの騎士……。あと止めないのか令嬢……)


 自身を「助っ人」だと認識しているマリスは行き先について口出しをするつもりがなかった。なので黙って聞いていたのだが、明らかに雲行きが怪しくなっていた。

 このまま行くと、一行はディプラノス伯爵の屋敷だか城だかに殴り込みをかけることになりそうである。


 賊の討伐にかこつけて隣領の領主に殴り込み、しかも実行犯は法騎士。

 そして法騎士が所属するのはミドラーシュ教団東方支部、通称『東方教会』。


 東方教会は本拠地こそアルゲンタリアに置かれているが、大陸東方のミドラーシュ教団全体を取りまとめる一大勢力である。

 ミドラーシュ教団は非常に巨大な組織であり、地方支部の活動は中央の教団本部ですら掴みきれていないと聞く。下手をすれば、各地方支部では教義すら変化していることさえあるという。

 国家を越えて活動するほど肥大化してしまったことが地方ごとの活動実態の乖離を招いてしまった部分もある。それぞれの国の法律や文化に合わせて最適化していく必要があるので、これはある意味では仕方のないことである。もちろん同じものを信仰しているのは事実なので、ある程度の整合性というか、一貫性は必要だが。

 巨大すぎるがゆえに自ら勝手に分裂してしまっているかのようなミドラーシュ教団だが、そのような体たらくでも許されているのは何故なのかと言えば、分裂したあとでさえそれが許されるだけの実力を持っているからである。つまり、教団全体ではなく東方教会単体のみで、小国ごとき蹴散らせる戦力を有しているということだ。

 特に現在のリベルタ連邦のように、国とは名ばかりで実質は都市国家群になってしまっている国ならばなおさらだ。この状況ではどうやっても教会が国家全体を相手にする事態など起こらない。例え教会が連邦のどこかの都市と事を構えたとしても、そこ以外の多くの都市は静観を決め込むだろう。

 東方教会とはそれほどの戦力を持っているのだ。

 例えばアルゲンタリアに駐屯している法騎士団単体で考えると、たしかにアルゲンタリア領軍よりも戦力としては小さい。しかし他の領にも同規模かそれ以上の戦力単位が駐屯しているため、その全てを束ねれば、法騎士団に対抗できる勢力はない。


 見習いだろうが『無能』だろうが、落ちこぼれだろうがポンコツだろうがアホの子だろうが、法騎士が能動的に領主に殴り込みをかけるということは、誰もが無視できない勢力である東方教会がその領地を敵と定めたということだ。

 たとえ当事者の誰にもそんな意識が無かったとしても、周りはそう捉えるだろう。そして政治の世界ではそれが全てだ。と、思う。マリスは詳しくないので知らないが。

 事がここに至ってしまえば、もはや伯爵が実際に賊の背後にいたのかどうかは関係ない。伯爵の狙いが何であったかも関係ない。


(当事者の隣で見てる私からすると、どう見てもシィラの暴走だし東方教会は全く関係ないはず。いや、実はそれこそが真の目的で、シィラは本当は落ちこぼれでも何でもなく、密かに教会からディプラノス伯爵討伐の命を受けていた特命騎士だったりとか──は、ないか。ないな。有り得ない。やっぱりシィラの暴走だな。

 だとすると、もし仮に教会が事態を知れば、教会はシィラを切り捨てて我関せずを決め込む、んならまだいい方で、最悪は教会によって逆賊シィラの討伐隊が組まれる可能性もある、かな……?)


 ちょうどたまたま、ディプラデニアを教会が何らかの理由で敵視していたとかなら後追いで認められるかもしれないが、もしそうでなかった場合、シィラの存在は教会にとって到底許せるものではないだろう。メンツにかけてどうにかしようとするはずだ。

 またシィラが領主の殺害を目論んでいる以上、教会だけでなく連邦の各領主たちも黙ってはいられまい。何しろいつ自分が標的にされるかわからないのだ。もし教会がシィラを切り捨てるのが遅れた場合、各領主たちは教会が何の根拠もなく急に領主の殺害をし始めたと考えてしまうかもしれない。

 それを恐れる領主が増えれば、連邦全土か、最悪は大陸全土を巻き込む大混乱を引き起こす可能性すらある。


(もし、そこまで事が大きくなっちゃったりしたら……。そして、そこに『魔女』である私が関わっていると知られてしまったとしたら……。まずいなさすがに。そもそも魔女って『領域外』から出たりしないから、たぶん魔女たちにただちに知られることはないと思うけど、人間が魔女を敵視するようになればいずれ知られることにはなるか……。いろんな魔女に怒られるな、多分)


 マリスはこれまでに怒られた記憶を掘り起こす。

 祖母はいつも優しく、滅多に怒ることはなかったが、怒った時は怖かった。三日間も食事を抜かれてしまったのだ。当時はマリスは自炊も出来ず、祖母に食事を用意して貰えないと食べるものが無かった。仕方なく森の中層あたりで適当に魔物を捕らえ、魔術で焼いて飢えをしのいでいたものだ。硬い肉を柔らかくする魔術を構築したのもこの時である。

 また祖母以外にも、祖母の旧知の魔女にも怒られたことがある。祖母とその魔女の昔語りが盛り上がり、構ってもらえないマリスは暇になったので、森の外に遊びに出かけたのだ。するとその魔女がマリスを連れ戻しにやってきて、領域外の外は危ないから出ては駄目だとこんこんと説教をされたのだ。「領域外の外」って妙な言い回しだなと思いつつ、叱る魔女の形相が非常に怖かったのを覚えている。


(……怒られるのはゴメンだな。となると、私がこの一行の助っ人としてするべきことは──)


 仮に、領主に殴り込みをかける前に東方教会が事態を把握した場合。

 おそらく教会によってシィラの討伐隊が組まれることになるだろう。連盟で各都市からも戦力が送り込まれる可能性がある。法騎士たちがもしシィラと同等の戦力を持っているとしたら、そんな連中が隊伍を組んで襲ってきたらさすがのマリスもただでは済むまい。

 アルゲンタリアからシィラとルシオラが出奔したという情報は、教会がその気になればすぐにでも入手可能だろう。

 さすがに行き先がディプラデニアであることまではわからないだろうだが、一行がディプラデニアに現れたとしたら、その情報もいずれ教会内で共有される。ディプラデニアにも東方教会の支部はあるからだ。情報共有の早さと正確性は不明だが、最悪を考えるなら、魔女の使う使い魔と似た何らかのシステムで、数時間程度のタイムラグで情報が共有される可能性もある。

 ルシオラとシィラがディプラデニアに現れたからといって、まさか領主を狙っているとは普通は思わないだろうが、法騎士見習いであるシィラが考えついたことである。その先輩たちがすぐさま察したとしてもおかしくはない。


 つまり最短で、一行がディプラデニアに現れてから数時間でシィラの討伐隊が組まれる可能性があるということだ。

 それを避けるためには──


(シィラを説得して止め──まあ、無理かな。

 となると、東方教会が何かしらの情報を得るよりも早くディプラノス伯爵を殺害、可能なら一族郎党皆殺しにし、何でもいいから伯爵の罪をでっち上げ、伯爵を一方的な悪者にしてこちらの正義を主張する、くらいか。これしかないな。教会を敵に回さないためには、伯爵の罪はなるべく教会にとって冒涜的なものがいい。同業者の他の領主にとっても許しがたい内容だったらなおいいかな。人道とか倫理とかに悖る内容がいいか。難しいな。私人間の倫理観とかさっぱりだしな。

 何にしても、馬車がディプラデニアに着く前にちょうどいい罪状を考えておかないと……。やれやれ。同行者が非常識だと助っ人をするのも一苦労だな全く……)


 馬車に揺られながら、マリスはその賢くない頭をフル回転させるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る