第17話「魔女が口に出して言ってみたいワード」

「……やべー。おっさんが何言ってるか全然わかんないっす。マリスちゃんわかります?」


「……あれ、いつから私のことちゃん付けで呼ぶようになったんだっけ? まあマジョモガとか呼ばれるよりはよっぽどいいけど。

 いや私も何がなんだかわからないよ。わかってるのは、多分何か面倒なことに巻き込まれたんだろうなってことくらいかな」


「あのおっさん、あたしがこの城に初めて来たときに、この蔦の館まで案内してくれて、ルーシーちゃんに紹介してくれたんすよ。似た者同士だから仲良くできるだろうとかニチャアっとした笑顔で言ってたんで、顔の割に良い人なのかなとか思ってたのに……」


「あ、おっさんが何言ってるかはわからなくても、今は良くないこと言ってるんだなってことはわかるんだね」


「そりゃああれだけ睨まれればわかりますよ。口の端っことかは若干あの頃のニチャア感が滲み出てますけど」


「あの頃のニチャア感」


 ちょっとだけ口に出して言ってみたいワードが出てきた。ちょっとだけだが。

 おっさんに対するシィラの人物評はともかく、彼女の話と現在の状況から察するに、あのおっさんはおそらくルシオラを目の敵にしているアルジェント家の何者かといったところだろう。アルジェント家ゆかりの者でなければ城の中でこれほどの人数を動かすことなど出来ないだろうし、ルシオラに敵対心を持っていなければ彼女を陥れるようなことをする理由がない。

 おっさんの行動は、概ねルシオラの失脚を狙って動いているように見える。その集大成がこのクーデター疑惑のでっち上げだ。

 猩猩の突然変異体を超える耐久力を持つ特級戦力であるシィラを、わざわざ政敵のルシオラに近づけたのはこのクーデターが目的と見て間違いない。シィラがひとりいればあの程度の賊を生かして捕らえるのは容易だし、逆にシィラがいなければルシオラの手持ちの戦力でこれを成すのは難しい。御者をしていた老人トミーの実力なら賊に負けるようなことはないかもしれないが、それは相手の生命を奪う前提での話だ。


 しかしそうだとすると、このおっさんは領境に屯していた賊がディプラデニアの工作員であったことを事前に察知していたことになる。ルシオラの話だと、そもそも彼が賊の存在を知ったのがルシオラに報告された時だという。そしてルシオラ一行が城に帰還した際、賊の正体についての報告はマリスが知る限りでは受けていなかった。

 ルシオラの縁談出戻り時点で初めて賊の存在を知ったにもかかわらず、賊を捕縛し城に帰り着いた時には賊の正体までも看破していたとなると、このおっさんの推理力はマリスが恐れるルシオラ以上のものだと言える。何しろ、現場に出向いたルシオラと違いおっさんは賊に関する追加情報を何ひとつ得ていないのだ。

 まさに、魔女の庵にあった古い娯楽小説に出てくる「安楽椅子探偵」そのものだ。娯楽小説だし大げさに描かれているものとばかり思っていたが、現実にも同様の能力を持った者がいるらしい。

 マリスは貴族のおっさんへの警戒度を上げた。


「……シィラ様、マリス様。賊らと馬車を繋いでいた縄は外してありやす。いつでも逃げられますぜ」


 成り行きを見守っていると、御者のトミーがそうこっそりと話しかけてきた。

 なるほど、ひとまずこの状況を脱するために、馬車で強行突破して再び裏門から逃げる算段のようだ。確かにここで捕らえられてしまえば、あのおっさんの主張の通りに事が運んでしまう恐れがある。逃げるのはいい手だ。というかそれ以外に生きる道はなさそうである。捕らえた賊たち諸共、口封じで始末されるのが関の山だ。もちろんマリスは黙って始末されてやるつもりはないが。

 ルシオラだけは生かされるようだが、何故か黒幕と目されているディプラノス伯爵のところへ送られてしまうらしい。

 いや、これは本当に何故だろう。スパイを生かしたまま敵方に送り付けるメリットって何かあるだろうか。デメリットしかないように思える。

 しかしおっさんはルシオラを超える安楽椅子探偵。きっと賢くないマリスでは思いもよらない深謀遠慮があるに違いない。


「……逃げるのはわかりました。でも、なんでそれを私とシィラに?」


「……お嬢様もノーラ様もマルコス様に注意を向けられてやす。敵に悟られぬよう、ここはあっしらで逃げる段取りを付けたほうが都合がいいかと」


「……なるほど。シィラ、どうする?」


 マリスとシィラがその気になれば、ここから全員を無事に逃がすのは造作もない。ここで言う「無事な全員」の中には捕らえた賊や城の兵士たちは含まれていないので彼らの命は保証できないが、別に保証してやる義理もない。


「……えっと、つまりルーシーちゃんとノーラちゃんと御者のおじいさんとお馬さんを連れてここから逃げるってことで合ってます?」


「……合ってない。逃げるための足が馬と馬車なんだよ。そしてそれを操るのが御者のトミーさんだ。何でわざわざ馬を連れて逃げるって解釈になるのさ」


「……だって多分、お馬さんよりあたしのほうが足速いっすよ」


 それはそうかもしれないが、シィラだけが速くても意味はない。マリスは頑張ればついていけるかもしれないが、他は無理だろう。

 全員で無事に逃げるには馬車で強行突破をするのが一番可能性が高い。周りには武器を持った兵士がたくさんいるが、いかに武器があっても身体の大きな馬が興奮して向かってくれば、冷静に対処するのは難しい。突破は不可能ではないはずだ。

 さすがに槍が当たってしまえば馬も怪我をするだろうが、そこはマリスの魔術でなんとかすればいい。結界のような大掛かりなものでなく、馬への攻撃だけを弾くのであれば、短杖とマリスの魔力だけでなんとでもなる。

 が、それを今シィラに説明し分からせている時間はない。


「……じゃあ、キミは単身で強行突破してくれ。それでトミーさんが馬車でシィラについていくというのはどうだろう。私はルーシーちゃんとノーラさんを抱えて馬車に乗るよ。馬へのダメージは気にしなくてもいい。それも私がなんとかする」


 シィラもトミーもマリスの言葉に頷いた。シィラがやりすぎないかだけは心配だが、少なくともこちら側に被害が出ることはない。


「よし。あとはタイミングだね」


 話を打ち切り、意識をルシオラとおっさんたちに移す。

 ノーラが激しく抗弁をしているようだが、おっさんは聞く耳を持たない様子だ。ルシオラは黙ってにこにこしている。笑ってる場合か。


「ふん! 貴様らがいかに言い訳を並べ立てようとも、それが外に伝わることはない! ここに居るのは私の雇った兵だけなのだからな! 観念して大人しくディプラノス伯爵閣下への貢物と──」


「今だー!」


 おっさんのセリフの途中でシィラが突然叫び、私兵たちに向かって突進した。


(今じゃないよマジかこいつ! 「タイミング」の意味わかってるのか!? ええい、しょうがない!)


「トミーさん!」


「がってんでさ!」


 馬に鞭を入れるトミーを横目に、マリスはにこにこしているルシオラとびっくりしているノーラの腰を掻き抱き、魔術で強化した脚力で扉が開いたままの馬車の客室に飛び乗った。




 ★ ★ ★


申し訳ありません。予約投稿日時が一日ズレておりました。

本話を18日12時、次話を同日18時に投稿するよう再度設定しなおしました。

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