第16話「魔女とアルジェントの膿」
統制が取れていた様子や、拷問スレスレの尋問に耐える精神力、湯水のように矢を使う資金力などから、この賊たちがどこかの私兵か正規兵でる可能性はマリスも考えなかったわけではない。もちろん根拠はないので、同じくらいの可能性で彼らが本当にただの盗賊である可能性もあると思っていた。
しかしルシオラは、彼らが貴族の手の者であることのみでなく、その飼い主までもをこの大陸にいる無数の貴族たちの中から短時間で特定してみせた。一体どうやったのか。
「やはりディプラノス伯爵の手の者たちのようですわね」
自信有りげなルシオラに対し、賊たちは皆この世の終わりのような表情で俯いている。その姿はルシオラの推理が当たっていることを何よりも雄弁に物語っていた。
マリスの賢くない頭では彼女がどうやってその答えを導き出したのか、到底理解できなかった。やはり人間の貴族は侮れない。
「へー。ディプラデニアの人たちだったんすね。じゃあ正体もわかったことだしもう全員埋めちゃっていいですかね?」
「まだ目的を聞いてないから駄目でしょ。なんでそんなに埋めたがるのさ」
「いやだってせっかく掘ったんで使わないともったいないじゃないすか」
結構怖いことを言っている。侮れないのは貴族だけでなく法騎士もかもしれない。
「せっかくシィラ様に掘っていただいた墓穴ですが、生きている方々は証人として連れて帰ります。死んでいる方々だけ埋めちゃってください」
「えー。だいぶ余っちゃいますよ」
「余ったところはさっきも言った通り、適当に枝とか葉っぱでも被せて蓋をしておいてください」
あたりを見回すと、シィラが暴れた際に巻き添えになった哀れな木々の残骸が散乱していた。適当でいいのなら、これらを穴の上に被せてしまえばそれでいいだろう。
「穴掘りはシィラに任せっきりになってしまったから、蓋の方は私がやるよ。『ワールウィンド』」
短杖を軽く振り、魔術を発動する。
マリスの魔術によって生み出されたつむじ風は、周辺の葉っぱや木々の残骸をまとめて絡め取り、一塊にして墓穴の上にふわりと被せた。
「おー! すげー! さすがは魔じょもが!」
またかこいつ、とマリスが睨もうとしたら、シィラは自分で自分の口を塞いでいた。学習能力はあるようだ。いやあるのだろうか。あったら最初から言わないか。
「……マリス様は、もしや何処かの高貴な血筋のお生まれで?」
今の魔術を法術だと思ったのだろう。ノーラがそう問いかけてきた。
詳しく説明する気がないマリスは肩をすくめるだけで濁しておく。
「シィラ様、もしかしてお腹空いたんですか?」
難しい顔をしているノーラをよそに、その主人のルシオラは呑気な質問をシィラにぶつけていた。
そういえばマジョモガはシィラの好物の小動物とかそんな設定だったか。誰が小動物だ。
「ええっとー。実はそうなんですよー。お墓掘ってたら何かお腹空いてきちゃって」
「ああ、それでお肉が食べたくなったんですのね」
適当にでっち上げた設定のせいなので仕方がない部分もあるが、墓を掘っていて空腹を覚えるとか中々ヤバい発言である。しかもマジョモガは肉が柔らかい小動物という設定なので、食べたくなったのは肉。
実際、その墓穴につい先ほど仲間の遺体を放り込まれたばかりの賊たちは、理解できない怪物でも見るかのような怯えた目でシィラを見つめている。
なるほど、これが祖母が言っていた「墓穴を掘る」ということか、とマリスは思った。こんな事態は半ば当事者のマリスから見ても滅多にないレアケースだと思うが、わざわざそのための格言を後世に遺しておくとは、昔の魔女にはずいぶんと先見の明があったようだ。
まあシィラがいくら恐れられても誰も困らないし、これから彼らをアルゲンタリアの街へ連れ帰るというなら多少恐れられているくらいがちょうどいいかもしれない。
マリスのその予想は当たり、死すら覚悟をしているかのように暗い雰囲気だった賊たちはまるで怯える小動物のように従順に歩いた。
行きよりは時間がかかったものの、そのおかげで十数人の虜囚を連れ歩いているとは思えないほどの早さでアルゲンタリアに帰ることができたのだった。
◇
アルゲンタリアに入ると、一行はまっすぐ城に向かった。
街への入場で一悶着があったものの、そこはルシオラと伯爵家の使用人であるノーラが説明することで事なきを得た。
捕らえた賊たちは、正規兵と言うには多少みすぼらしいものの、盗賊団にしては身綺麗で統一感のある装備をしている。ただの賊を捕らえたにしては物々しい雰囲気なのだが、街の住民たちは物珍しげに眺めているだけだ。
考えてみれば、この辺境で街の外で盗賊行為を働くのはリスクが高い。人類領域のもっと内側の街よりは領軍兵士も精強だろうし、領軍に捕捉されなかったとしても魔物の脅威がある。
おそらくだが、この辺りにはこれまで大規模な盗賊団はあまり出没しなかったのではないか。住民が物珍しげなのも、この集団が盗賊団として少々違和感があっても気にならないのもそのせいだろう。
マリスにしても「盗賊とはだいたいこういうもの」という知識があるだけで、実際の盗賊を見るのは今回が初めてである。ルシオラが彼らの正体を暴かなければ「最近の盗賊ってお金持ってるんだな」くらいの感想で済んでいたかもしれない。
そうして城まで賊たちを連行していった、のはいいのだが、城でまた一悶着があった。
しかし今度の悶着はルシオラとノーラでも解決できなかった。
いかにも貴族という服を着た、やたらと高圧的な中年男性によって、一行は裏門へ回されてしまったのだ。
馬車の客室で待っていたマリスとシィラにはルシオラらと彼がどういう話をしたのかわからないのだが、馬車へ戻ってきたノーラは憮然とした顔をしていた。ルシオラはいつも通りのにこにこなので何を考えているのかわからない。
裏門から城内へと入り、そのまま蔦の館へと向かう。蔦の館はルシオラの居住空間のはずだが、他領の工作員を何十人も連れて行っていいのだろうか。
館の前で馬車から降りると、表の城門でノーラと言い合っていた中年のおっさんが待ち受けていた。馬車が遠回りをしている間に先回りをしたのだろう。蔦の館の周りには兵士らしき者たちも大勢いる。賊たちを連行するための人手だろうか。
「──よくもそのように堂々と! いくら無能と蔑まれているとはいえ、まさか腹いせに他領の工作員を城内に入れるとは思ってもみなかったぞ! この、アルジェント家の膿め!
者ども! 遠慮することはない! こやつのことは、もはやアルジェント家の者ではなくテロリストの首魁だと思え! 死なぬ程度に痛めつけ、飼い主であるディプラノス伯爵へ送り付けてやるのだ!」
マリスは耳を疑った。いや、裏門から城内に入れと指示をしたのは他ならぬ自分自身ではないのか。
ルシオラ一行が引き連れているのは確かにディプラノス伯爵の息のかかった賊だが、全員縛られ抵抗する体力も気力も奪われているし、誰がどう見ても工作員というよりは虜囚だ。
しかし周囲を固める兵士たちは、マルコスの命を受け、主家の娘であるはずのルシオラたちに槍を向けるのだった。
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サブタイの「膿」……いったい何コスのことなんだ(
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