第3話「見習い騎士の落ちこぼれ 1/2」
辺境都市アルゲンタリア。
その中にある、ミドラーシュ教団東方支部。通称『東方教会』。
「──アルジェント伯爵家の末娘……諜報部の調べでは、貴族にあるまじき『無能』であるそうだな」
「なぜ領軍に任せるのではなく、教団に話を持ちかけてきたのかと思えば……。依頼主が『無能』ではな。伯爵家としてもそんな与太話に自領の戦力をわずかでも割くわけにはいかなかった、ということか」
「しかし、彼女が『無能』だという情報は公にはされていない。我らが知っているのも諜報部の働きによるものだ。我らが知っていることさえ伯爵家は知らぬはずだ。となると……」
「これを機に、領主にとって目障りな我々と『無能』を同時に始末するつもりか。だとすれば、例の依頼の内容が本当かどうかも疑わしい……」
「その通りだな。だが、我が法騎士団にもいるだろう。同じく『無能』の、鼻つまみ者が」
「なるほど、あの落ちこぼれの見習い騎士か」
「ふむ。『無能』を『無能』に宛てがい、形だけ協力しておいて、領主を揺さぶろうというわけか」
「盗賊団ごときが、外縁部とはいえあの森のそばに拠点を構えられるはずがない。どうせ『無能』の見間違いだ。もし何かがいたとしても、それは伯爵家が我らを牽制するために用意した偽物の盗賊団だろうよ」
「そんなものに付き合ってはいられん。今回は
「どこの誰に対する面目かは知ったことではないがな。まったく、一体誰に忠誠を誓っているものやら。本当に、我が諜報部は優秀なことだ……」
そんな会話が、教会の会議室で行われていた。
「──では、領主の末娘、ルシオラ・アルジェントからの依頼は、見習い騎士シィラに任せるということでよろしいな」
「異議なし」
「異議なし」
◇ ◇ ◇
『その小さな体で、ものすごい怪力だの』
幼い頃、路地裏での記憶。
シィラがスりとった財布、その持ち主の老人はシィラの腕を掴んでそう言った。掴んだシィラの腕をぴくりとも動かせなかったからだろう。
『それだけの才能があれば……騎士団で活躍することもできるやもしれんの。どうだね、スラム暮らしで毎日他人様の財布を盗んで暮らすか、騎士団で食うものに困らぬ生活を送るか、どちらがいい?
その日から、幼いシィラは見習い騎士になった。
スラムからシィラを拾い上げた老人──法騎士団、東方方面軍団長マスチェル・パトリオータの直接の指導の下、シィラは見習い騎士として厳しい修行を受けることとなった。
しかし残念ながら、シィラには剣の才能は全くなかった。
どのくらい才能がないかと言うと、剣を持って振ろうとすると握る力が強すぎるのか柄が砕けてしまったり、そうならないよう加減するとすっぽ抜けてどこかに飛んでいってしまったりするほどだ。よしんばちょうど良い加減で振るうことが出来たとしても、握ることに集中しすぎて剣筋がまったく立てられず、目標をきちんと見据えることも出来ずに、自分の身体や足にぶつけて折ってしまう。
本人や周りの安全を考えると、到底剣を振らせてはならない人間である。
少しでも良くなるよう練習させても、剣を振った回数と同じ数の模造剣が破壊されるため、騎士団の庶務からは早々に訓練禁止を言い渡されてしまった。
では法騎士のもうひとつの売り、『法術』はどうかといえば、こちらも全く才能がなかった。
マスチェルの要請で教官を引き受けた、法術を得意とする騎士の見立てによれば、法術を使うために必要な『法力』がシィラからは全く感じられないそうだ。法力を全く持たない人間は珍しいが、いないわけではない。シィラはその数少ない例外だったというわけである。
法術を自在に使い熟せるのは法騎士と貴族だけであり、法騎士も元をたどればいずれかの国の貴族の傍流であることが多いため、スラムの孤児出身のシィラに才能がないのは容易に想像できることではあった。剣の腕にしても、少し剣を握らせて振らせてみればわかることだった。しかしそれでもマスチェルはシィラに騎士としての才を見出した。
それはひとえに、その並外れた怪力と、それを振るえるだけの肉体の頑丈さに期待してのものだ。自分の怪力で振るった剣を、たとえ剣筋が立っていないにしても自分自身の手足に叩きつけても傷ひとつない。もはやただそれだけでほとんどの騎士や兵士、あるいはならず者に対して圧倒的なアドバンテージを持っていると言える。
惜しむらくは、それを完全に理解していたのがマスチェル本人だけだったことだろう。
彼が超災害級の魔物の討伐の折に命を落とし、騎士団でシィラを庇護するものがいなくなってしまってからは、彼女はただの落ちこぼれになってしまった。剣も振るえず、法術の才能もないのでは仕方のないことだ。しかも直前まで方面軍団長に特別扱いを受けており、騎士団の内部でも嫉妬の声は多かったのだ。その才能をシィラ自身さえ自覚していなかったのはさらに不幸だった。
そうして何年も騎士団で落ちこぼれの見習いとして冷や飯を食わされながら、成長するにつれ類稀な美貌に磨きがかかっていく中で、時には不届きなことを考える先輩騎士に無体なことをされそうになることもあった。しかしそこは怪力無双のシィラである。ちょっと撥ね退けるつもりが大怪我をさせてしまうなどして、不届き者もすぐに彼女には近づかなくなった。
不届き者は彼女の特異な才能を知りつつも自身の行いが露見することを恐れて口を閉ざし、不届きでない者は彼女の才能を知らず、ただ騎士団のお荷物として敬遠される日々。
そうした状況でありながら、シィラに突如下された命令は「盗賊団の調査または討伐」だった。
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