第14話 司祭を名乗る男 前編


 外とはまるで違う。此処は間違い無く別世界に違いない。音の無い静かな世界、それなのに何かが奏でられている様な? 神秘的な造りがきっと僕にその様な幻聴を聞かせているに違いない。



「どうしたメディウス?」


「いえ、とても静かなのに、でも何かが聞こえて来ると言うか」


「きっと天使の声ですね」


「そうじゃな、天使の声じゃろうな」


「天使の声ですか?」


「教会を守護する天使の話し声がすると言う不思議な現象のことじゃよ」


「もちろん、実際に居らっしゃるのかは分かりませんが、何か聞こえて来ると言われて居ます」


「そうなんですか!? じゃあ、僕と同じで皆さんも聞こえてるって事ですね」


「いや……それがその」


「メディウス、天使の声は普通の人には聴こえないと言われている」


「え!?」



 父上の言葉に驚いた僕に、メルさんが耳元で静かに教えてくれた。天使の声と言う現象は英雄になる可能性が有る選ばれた人々しか聴く事は無いとの事だった。



「ああ……でもはっきりとは、それに声と言うよりも」


「歌ですかな?」


「はい、えっ? 貴方は?」


「これは失礼。私は此処の司祭を任されて居てね。フィアットと申す者です」



 司祭と言えば、白髪の老人が立派な帽子を被り、長くて綺麗な髭を携え、そして真っ白な衣装で身を包んでいる。そんなものとイメージしていたが、僕の目の前に立つこの聖職者は違った。



「どうしましたか? 何処かおかしく見えますかな?」


「いえ、別に」



 メディウスに話し掛ける男は、年齢は彼の父親と同じくらいか少し上の様に見えた。髭とは無縁な清潔感のあるその肌は白く。白を基調としたアルバを身に着け、銀と金の刺繍で飾られた物を首から掛けていたが、メディウスの眼には其の他の何かが浮かんで見えていた。



「やっぱり、変ですかな」


「いえ、その身につけられている。何と呼ぶのか分からないのですが、刺繍が凄く綺麗だなって。驚いただけです」


「ああ、これはね。ストラと言う物です。簡単に言えば、首から掛ける帯といったとこかな」


「そうなんですね。青色か? 緑色の様な色彩が素敵ですね。教えて頂きありがとうございます」



  彼の何気ない言葉を司祭と名乗る男は聴き逃さなかった。

 青と緑の色刺繍について。



「いえいえ。所で当教会に今日は何のご用事ですかな?」


「今日は息子の我が子の誕生日でして、祝いに鑑定をお願いしようかと」


「そうですか、初めてなのかな? え〜〜と」


「僕の名前はメディウスです。メディウス・アーネスハイドと言います。いえ、鑑定は2回目になります」


「そうですか、メディウス君と言うのですね。良い名だ。鑑定が2回目ですか? 以前も此方で鑑定なされたのかな?」


「いいえ、イスカの町で3歳の頃鑑定して貰いました」


「イスカですか。おかしいですね……」


「おかしいとは?」


「あの街には鑑定士は居なかったはず」


「それは私の伝手に頼んで、わざわざわざ来て貰ったのです」


「ん? なるほど、これは失礼致しました。貴方はアーネスハイド男爵ですね、ならうんうん」


「私の事を司祭様はご存知なのですか?」


「ええ、王都で貴方の名を知らない者はおりません。凄く優秀な剣士だったと聴いております」


「因みに私は元男爵です。男爵では有りません」


「これは失礼。元男爵殿」


「いえ、しかし王都ですか? 確かに王都なら私の事をご存じなのはおかしくない、しかし此処はオートナーリアで王都ではない。しかも王都から遠く離れた辺境の町の一つ、その司祭様が何故私の過去をご存じなのかな?」



 先程司祭の男が僕等を疑った様に、今度は父様から彼に対しての疑問をぶつけた。投げた言葉に一瞬彼から緊張が走った。先程僕に話し掛けて居た時の目付きとは違い、僅かばかりだが鋭くなり、先程まで饒舌だった男は沈黙した。


 確かに父様の言い分はもっともだった。幾ら父様が有名な王国の剣士とはいえ、勇者でもない国の剣士が剣聖並みに有名なのはおかしい。どうして、こんな辺境で神に仕えるいち司祭が、父様の事を知っているのだ?



「おっと すいません。急に眼が痛くなりまして」



 どうやら僕の思い過ごしだった様だ。

 寡黙になったのは、目にゴミ等入った為か。



「ああっ、取れた取れました。すいませんね、どうやら睫毛が眼に入ったみたいで、無様な表情を見せて申し訳無い。神に仕える者で有りながら、まだまだ私も修行が足りませんな。さっきの件ですが、数年前まで私は王都の司祭の学校に居りまして 、そこで教鞭をとっておりました」


「そうだったのですね。これは何か誤解を招く言動を失礼しました」


「いえいえ、私こそ。司祭と言う身で有りながら、疑問に思うと直ぐに首を突っ込む癖が有りまして、よく他の者に注意されるのですが、またやってしまったようだ。失礼致しました。では、鑑定の用意をさせますので、暫くお待ち下さい」


「分かりました。よろしくお願いします」


「こちらこそ、メディウス君。少し用意に時間が掛かるから、硬い椅子で申し訳無いが座って居てください」




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