第10話 いつもと違う朝が来た 前編


 窓辺の小鳥の囀りに目が覚める。見慣れない天井。

 僕はビックリして起き上がった。


 此処は何処だ? 

 父上は?


 隣で父上が口から涎を垂らしながら、鼾をかいて眠って居た。元男爵で現騎士とは思えない程にみっともない風体を晒していた。



「これを母様が見たらどう思うだろう?」



 見慣れない部屋の筈だ。僕は父様と昨日隣町まで来ていて、そこで借りた宿の部屋なのだから。


 今日僕は5歳の誕生日を迎えた。待ちに待った鑑定の日だ。初めて鑑定してもらった時と比べて、僕は幾分か成長しているのだろうか?



「父上、父上、もう朝になります」



 背中を揺らしても、足を擽ってもうんともすんとも反応が無かった。怒られるかもしれないと思ったが、今度は耳を引っ張ったり、髪を引っ張ったりしてみたが、これまた何も反応が無かった。ただただ引っ張った髪の毛が若干カールを巻いただけで、父上自体は微動だにしなかった。



「駄目だ、全然起きないよ」



 普段は長袖で隠れていて、気付かなかったが、父の腕の筋肉が凄かった。 それに酔ったまま寝たせいで、肌が晒け出されているが、背中の傷跡が物凄く有った。この傷の中には母さんを助けたとき、キマイラに付けられたものもあるのだろうか?



「多分、あれかな?」



 僕は、背中では無く、肩の辺りにある不自然な窪みを見つけた。古傷なので、どれほど当時凄まじいものだったのか? 想像することは出来なかったが、普通は無い筈の穴の様な窪みが有った。恐らくキマイラに噛まれた時に出来たものなのだろう。


 それにしても、森の中でメルさんの話を聞いて居た時に、急に発せられた父のあの言葉が気になった。『それは、そこにお前の母さんがいたからだよ。メディウス』あれはどういう意味だったのだろう? あの事件が起こる前に母様とは知り合っていて、恋仲だったのろうか? それとも………あそこで母様を見て、一目惚れしてしまったのだろうか?



「どうした? 難しい顔をして、何か悩み事でもあるのか?」


「あっ、いや別に。それより、おはようございます! 父上」


「ああ、おはよう。昨日は済まぬな、つい昔の騎士の時代を思い出してしまい、羽目を外し過ぎてしまった。彼等と食事するのが思いの外楽しくてな………」


「大丈夫です。母様には言いません。それに」


「ん?」


「それに、多分ですが母様も昔はあんな感じだったんですよね」


「まあ、そうだな。昔はとても豪快で綺麗な人だった。もちろん今でも綺麗だがな」


「はい、存じております。そして凄くお淑やかな方です。母上は」


「そうだな」



 コンコンッ



「誰でしょうか?」


「何か御用かな?」


「朝食の用意が出来ております、お客様」


「ああ、わざわざ知らせてくれてありがとう」


「いえ、下の食堂でお取りになられますか? それともこちらへお持ちいたしましょうか?」


「そうだな、ちょっと待ってくれるか?」


「はい、勿論で御座います」


「メディウスはどうしたい?」


「せっかくの初めての旅なので、食堂と言うものを見てみたいです」


「そうだな、昨日は外のレストランで食事を取ったからな。良し分かった。着替えた後、食堂に向かわせてもらう」


「畏まりました、それでは給仕にそのように伝えます」


「ありがとう」



 僕と父上は服に着替えると、食堂に下りることにした。朝早くから大勢の宿泊客が既に朝食をとりながら、談話に華を咲かせていた。この町の近くには綺麗な湖が有るらしく、食事を食べたらそこへ行こう等の話が聞こえて来た。僕もその話を聞いて、興味が湧いたが、それよりなにより一番の目的は鑑定をすることだ。



「このパン美味しいですね!?」


「そうだな、このスープも中々だぞメディウス」


「あっ、本当ですね。黄色で甘くて、これは何でしょう?」


「それは、カボチャのスープとなります。甘味は元々の甘さです。飲みやすくミルクを混合し煮詰める事により、コクと深みがある味わいとなっております」


「そうなんですね」


「わざわざ、説明ありがとう。おっと、チップだ。受け取りなさい」


「あっ、ありがとうございます。こっ、こんなに!?」


「いや、大したことはない」


「父上、どうして彼女にお金を渡したのですか?」

 


 念のため、彼女が下がってから父に小声で疑問を問いかけた。



「ああ、それはなメディウス。彼女達の給料自体はそこまで高くないのだよ、見てごらん、ほら他の客も私と同じ様にお金を渡しているだろう」



 机にチップを置く人もいれば、そのまま手渡しで渡す人、何かの包にいれて渡す人と様々だ。



「あっ、本当ですね」


「給料だけでは、彼女達の暮らしはとても貧しくなる。チップというサービス代を渡すことで、彼女達は暮らしにゆとりが持てる。それにチップが有る事によって、お客様へのサービスも良くなるんだ。彼女達自体の働く意欲に繋がるからね」


「なるほど、良いサービスを提供することによって、得られるお金も増えるし、彼女達もより丁寧にお客に接すると言う訳ですね」


「そう、その通り」


「もう一つ質問していいですか?」


「ん? なんだメディウス」


「チップはそのまま彼女のお金となるのでしょうか? それとも店主に幾らか回収されるのでしょうか?」


「全部いただけますニャ」



 振り向くと、猫耳の亜人の黒いメイド服を身に纏ったお姉さんが答えてくれた。



「あっ、突然すみませんニャ。少しお話が聞こえたものですから」


「いえ、こちらこそすいません。ちょっと気になりましたので」


「いえいえ、お店によりますが、ここの店主様はとてもいい人で、チップは一切回収せず、そのまま私達の懐に入るニャ」


「そうなんですね。教えてくれてありがとうございます。父様」


「ああ」


「いえいえ、今のは全然サービス外ニャので、チップはいだだけませんニャ。貰ったら、店主様に怒られてしまいますニャ」



 猫耳がさっきよりもピンっと立ち上がると、ブンブンと胸の前で両手を振ったあと、さっと僕等の席から離れていった。テテテテッと言う音がするような軽快なステップだった。


 チップを渡す相手が居なくなったお父様は、コインを持ったまま固まっていたが、暫くすると『メディウスお小遣いだ、とっときなさい』と誤魔化すように、僕のポケットにしまった。



「安心しなさい、これは誕生日プレゼントとは関係ない」


「はい、ありがとうございます」



 どうやら、僕の心を見透かしていたようで、これでプレゼントを買いなさいと言う事で無いことを強調した。


「此処は、なかなか素晴らしい宿だな。サービスがとても良い」


「そうですね。今度は母様とも一緒に来たいです」


「いい名案だメディウス。今度はぜひ三人で泊まりに来よう」



 

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