第4話 セイギ・ドリッチ・カイドウVS黒い騎士と五人の子供 3 ―裏世界に鳥は飛ぶの?―
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眠ってしまった優が目を覚ましたのは翌日。
気絶している間は、魂だけの状態になっても目を覚まさないようで、優が覚醒したのは午前二時を過ぎてからだった。
すなわち現在……目が覚めた時には既に、優は十字架に括りつけられ、身動きが取れない状態にされていた。
場所は本郷駅前のロータリー。
本郷に到着した最初の日に友達と過ごした場所で、優は磔にされていた。
その優の目の前には敵がいる――《魔女の子供》、《騎士》、そして《魔女》。合計で七人の敵が。
絶体絶命の状況だ。
しかし、それでも優は諦めてはいない。
『ダメじゃない……ダメになるものか……絶体絶命のピンチでも、心までも負けちゃダメなんだ……』と、一度は弱音を浮かべた頭を振り、現状に歯軋りをしながらも前方を睨んでいる。
「漸く目を覚ましたみたいだねぇ……」
優の目の前に居る魔女が笑った。
魔女は優の瞳が虚ろな瞳から自分達を睨む鋭い瞳へと変わったのを見て、優が覚醒したのを理解した様だ。
魔女は笑いながら、優の顔に手を伸ばして触れてきた。
「目を覚ますのを待っていたよ……どうだい? 磔にされた気分は? 坊やが私の子供にしたのと同じ事をしてあげたんだよ」
嗄れた猫撫で声でそう言いながら、魔女は優の顔を撫で回してくる。
「手足を縛り、自由を奪い、それから命を………フフフ、まぁ私は、坊やを殺すなんて生易しい事はしないけどねぇ……坊やには深い絶望を味わってもらうんだ」
「絶望……」
「そうだよ……」
魔女はコクリと頷いた。
「僕たちを《絶望の壺》で捕まえて、バケモノにする……それが魔女の目的だったよね?」
優の手足は縛られているが、口までは縛られてはいない。喋る事が出来る。
優は聞いた。本郷に到着した日に聞いた情報を。
「フフ……よく覚えているねぇ。そうだよう……壺の中には私が表世界で長年集めた"人間の負の感情"が熟成されているんだ。入ってしまえば日に日に坊やたちの心は、病み、荒れ、狂う……そして、やがては深い絶望に陥るんだ。フフフ……深い絶望を知った人間は良いバケモノになるんだよ。私が坊やを可愛いバケモノにしてあげるからねぇ」
魔女はローブのポケットから《絶望の壺》を取り出した。
「バケモノか、なりたくないもんだな………で? そしたら、その後は? どうするの?」
「フフ……勿論、坊やの仲間たちと戦わせるんだよ」
「仲間? ガキセイギと?」
「いや、他の奴等ともさ。最近は英雄も増えたからねぇ。青や桃色や……」
「へぇ、黄色もいるの?」
「フフフ……よく分かっているじゃあないか。黄色も最近現れたよ。流石、仲間の事だ。よく知っているねぇ」
「それじゃあ、夢さんか……」
優は一瞬空を見上げると、口の中でモゴモゴと呟いた。
「フフフ、バケモノになったら仲間と再会出来るよ。楽しみにしてな。さて……そろそろ壺の中に入れてあげようかねぇ」
優の呟きに気付かずに魔女は上機嫌。笑い続けている。笑い続けて《絶望の壺》を優の体に近付けた。
そんな魔女の後ろで騎士がモゾモゾと動く……
「ネ……ネェ魔女? 騎士ハ、ソイツト戦イタインダケド。ツボノ中二入レルノハ、ソノ後ジャ駄目カナァ?」
騎士は魔女に質問をした。
その言い方は、叱られた子供が母親に話し掛けるかの様にオドオドと……
「なんだって?」
……そんな騎士を魔女は睨んだ。
「何を言ってるんだい……アンタが不甲斐ないから私が来る事になったんだろう。今更戦いたいなんてどの口が言うんだ!」
「ウ……ウゥ」
怒鳴られた騎士は項垂れた。
「本当なら私は、連れ込まれた子供がどんな顔をして捕らわれるのか、私の手を加えずに見たかったんだ、裏世界の出来事には不干渉でいたかったんだよ………」
騎士を怒鳴るために魔女は後ろを向いた。
優の体に触れようとしていた壺も遠くに離れた。
「それなのに、アンタはグダグダとして、いつまでもこの坊やを倒せないで、むざむざと私の子供を二体も殺させた! それに、昨日からドアノブの気配が二つも失くなっているんだ。これがどういう意味だか分かるかい? もう一人の坊やが表世界に戻ったって意味だよ………七人の子供をバケモノにするって私の計画はアンタのせいで破綻だよ、馬鹿者が!!」
「ウ……ウゥ……ゴメンナサイ」
魔女が罵倒をすると騎士は更に首を落とした。
「脳無しの馬鹿者が、暴力すらまともに出来ないのなら、死に損ないと同じじゃないか……」
「ゴ……ゴメン」
「フッ………アンタは私の足を引っ張ったんだ、謝ったって許しゃしないよ。それに比べて、私の子供は優秀だ。我が王にアンタの代わりにするように推薦してあげようかねぇ」
騎士を厳しくなじる嗄れ声は、騎士の背後で小躍りをしている子供に視線を向けた途端、再び猫撫で声に変わった。
「私が予備の壺を渡し忘れるなんてミスを犯さなければ、今頃逃げ出した坊やも捕まえていただろうしねぇ……ねぇ、坊や? そうだろう?」
子供に向けられていた魔女の顔が再び優に向けられた。
「フフフ……昨日の事だから坊やもよく覚えているでしょ? 逃げ出した坊やはピンチだったねぇ。もう少しで私の子供に捕まるところだったねぇ。子供たちに予備の壺を一つでも渡していたら、あの坊やは捕まっていたねぇ……そうだろう?」
魔女が優に向ける声も猫撫で声だ。
猫撫で声で喋りながら、魔女は優の顔を撫でてくる。
「……」
「おや……私の質問に答えてくれないのかい?」
優は魔女が騎士を罵倒している間にその視線を魔女たちから完全に外していた。見ているのは空。前方にある本郷駅のビルの上だ。
「それとも忘れてしまったのかい?」
そんな優に、魔女はしつこく聞いてくる。
「勿論、覚えてるよ……」
優は二度目の質問でやっと答えた。
「僕が騎士と戦っている間に、剛くんに子供が迫った場面だろ。剛くんは捕まえられそうになったけど、壺の中から腕が出てきて子供は剛くんを捕まえられなかった……」
「そうそう……よく覚えているね。やっぱり坊やは頭の良い坊やかもねぇ」
魔女はにんまりとした笑顔を浮かべ、優の顔を撫で回し続ける。
対する優は顔を撫で回されても気にも止めない。駅ビルの上を見つつ淡々と答え、そしてこう言う。
「褒めてくれてありがとう。魔女は馬鹿だけどね……」
「え?!」
猫撫で声だった魔女の声が鋭く変わった。
「なんだい……その言い方は、褒めているのに失礼じゃないか」
魔女の声が変わっても、淡々とした優の喋り方は変わらない。
「だって……騎士を馬鹿にするなら、魔女はもっと考えられる人じゃないと。ねぇ、じゃあ次は僕からの質問。なんでドアノブの気配は二つも失くなったの?」
「フッ……それは逃げ出した坊やが使ったからじゃないかい」
魔女は優を鼻で笑った。
それを優が鼻で笑う。
「ふふん! それなら一つで十分じゃないか。でも、二つも気配が消えているんでしょ? なんで?」
「それは逃げ出した坊やが、使わなかったドアノブを持って帰ったからだろうねぇ」
「そう……じゃあ、何の為に?」
「何の為? そんなのは、あの坊やがこっちの世界を気に入ったからじゃないのかい? きっと、あの坊やはこっちに戻ってくるつもりなんだよ」
「は?」
優は顔を歪めた。『何を言っているんだコイツ?』と言葉にしなくても分かるくらいに。
「馬鹿にしてるの? ………考えずに答えている感じだけど?」
流石に優は魔女の顔に視線を移した。
「当たり前じゃないかい。坊やの質問は無駄な質問だからねぇ」
「無駄? 何故、無駄だと言い切れるの?」
この質問に、また魔女は鼻を鳴らした。
「フッ……それは、ドアノブの用途が、裏世界を出る為に使うか、それとも入る為に使うかの二つしか無いからだよ。どうせ、逃げ出した坊やがうっかりしていて、ドアノブをポケットに入れたまま持っていってしまった……そんな程度のオチだろ? そんな質問をして私をはぐらかそうとしたって無駄だよ。坊やが壺に入るオチは変わらないんだからねぇ」
「そうか……」
「そうだよぉ……」
優は再び空を見上げた。見るのは駅ビルの屋上ではない。もう少し近く。鳥が飛んでいる。
「それじゃあ、もう一つ質問。裏世界に鳥は飛ぶの?」
「フフフッ、またはぐらかそうとして!」
魔女は笑う。優を小馬鹿にした顔で。
「飛ぶわけがないだろう? 裏世界に居るのは私達と、連れ込まれた坊や達だけなんだ。他の生物はいないよ」
「そっか……」
「そうだよ……もし居るとしたら、それこそ逃げ出した坊やが、持って帰ったドアノブで侵入させたんだねぇ」
「そっか……」
優は淡々と答える。
その顔はもう歪めてはいない。一旦、無表情になり、これから魔女と同じになる。魔女を小馬鹿にした顔に。
「やっぱり魔女は頭が良いね。正解だよ……」
「……ん? 正解? 何の事だ?」
魔女は首を傾げた。
それは、二人の話を聞いていた騎士も子供も同じく。敵は皆、首を傾げた。
優はそんな敵の頭上を見ている。大きな笑顔になって見ている。
「だから正解だよ。剛くんはやってくれた!」
何故、優は敵の頭上を見ているのか。
その理由は、優の目には見えているからだ。
裏世界に居る筈の無い存在が。
大きな鳥が、翼を広げた黄色い鳥が。
そして、鳥の背中に立っている懐かしい友――赤い英雄の姿が…………そして、何故優は大きく笑えるのか。その理由は、助かる未来を信じられる希望が、優の心に芽生えたからだ。
「ドオォォリャッ!!!!」
大剣その手に構えた英雄は、雄叫びあげて鳥の背中から飛び降りた。
「ぐわぁぁぁぁ!!!!」
魔女に向かって縦一線……斬撃をくらった魔女の悲鳴が裏世界に響いた。
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