第3話 裏世界へ 33 ―カイドウはチャーハンとラーメンが食べたい―

 33


「う……うぅ……ブラックアウトか………ダサいなぁ。イテテテテ………」


 仰向けに倒れていたカイドウは、目を覚ますと腹を擦りながら立ち上がった。


「そんなに気絶してた感じはしないけど、やられたな……はぁ、それにしても何処だここは?」


 カイドウの目の前には大きな穴があった。

 その穴から差し込む月明かりが、カイドウの周辺を照らしている。

 だからカイドウは『自分は現在室内に居る』とすぐに分かった。それから、『月明かりが差し込む穴は、自分が建物の壁か窓枠にぶつかったから出来た穴だろう』とも察した。

 そして、月明かりを頼りに辺りを見回すと、カイドウは気が付いた。


「僕がさっき倒れていたのって床じゃなかったのか」


 後ろを振り向いたカイドウは、ほぼ足元に"真ん中から真っ二つに割れた大きな円"を見付けた。


 この円にカイドウは見覚えがあった。


「これって……中華料理屋さんの円卓じゃん。回るヤツじゃん。小学校の卒業式の後の食事会で北京ダックを食べたヤツじゃん……」


 円の周りにはテーブルの足だったろう物も散乱している。


 ― 僕がぶつかって壊してしまったのか。申し訳ないな……


 カイドウは一瞬そう思った。


 ……が、すぐに頭を振る。


「違うわ、ここは裏世界。この円卓は誰の物でもない。それより、ここが中華料理屋さんって事は、さっき見たあそこか!」


 カイドウは中華料理店に見覚えがあった。

 それは《魔女の子供》を待っている時に、左斜め向こうに見えたビルの二階にあった店だ。


「僕が今居るのは『チャーハンを食べたいな』って思ったあそこだ! ヨシっ……表世界に戻ったら絶対にチャーハンを食べるぞ! いや、こんなに頑張ってるんだ、チャーハンだけじゃ足りない! ラーメンも付けてやる!!」


 カイドウは決意した。でも、この決意はすぐに捨てる。


「……って、こんな決意どうでも良いよ! 未来の食事より、今の命だ!!」


 チャーハンとラーメンの事を考えている間でも、カイドウの耳は"嫌な音"を聞き逃さなかった。

 その音は馴染みたくなかったのに、聞き馴染んでしまった音。『ドドドドドッ!!』っと大地を揺らす――いや、大地を割る音だ。


 その音はドンドンと、『ドドドドドッ!!』と、カイドウが居るビルに近付いてきているのが分かる。


「このままここに居たらヤバイぞ! すぐに逃げなくちゃ………えいやッ!!!」


 カイドウは目の前に見える穴へ向かって走ると、水面へ飛び込むかの様な格好で外へと飛び出した。


 すると、


 ドガンッッッ!!!


 ― ヤバッ!!


 飛び出した直後、カイドウは肝を冷やした。

 何故なら、間一髪だったからだ。

 カイドウが外へと飛び出した直後には、ビルが爆発音かと聞き紛う程の轟音をあげて倒壊したからだ。


「あっぶないじゃないか!!」


 前転しながら着地したカイドウの背後にが雪崩の様に落ちてきた。


 いま口にした『危ない』は二つの意味がある。

 一つは着地した場所が1mでも後ろだったなら、カイドウは瓦礫に押し潰されていただろうから。

 もう一つはビルから飛び出すのが数秒でも遅れていたら、カイドウはビルと共に瓦礫になっていただろうから。


 そして、『あっぶないじゃないか!!』は独り言じゃない。

 カイドウが着地した場所の左前方には《魔女の子供》が居た。カイドウはソイツに向かって怒鳴ったんだ。


「お前がやったのか! ………うわっ!!」


 子供はカイドウの質問には答えない。カイドウを睨み、左拳を振ってきた。


「ちょっと! お前、左フックのヤツじゃん!!」


 カイドウは子供の左フックをスウェーバックで避けた。

 しかし、この子供が気絶前の戦闘で左フックを繰り出してきた子供かは不明だ。

 さっきの子供は左フックを避けられた後に隙を見せた。膝蹴りをくらい、更に回し蹴りもくらった。

 だが、この子供は左フックを避けられても隙を見せなかった。ファイティングポーズを崩さず、パンチを連発してきた。


「うわっ! ちょっ! 危ないっ!!」


 連発されるパンチをカイドウはバックステップで避けるが、背後には倒壊したばかりのビルがある。逃げ場は少ない。カイドウがボクサーならコーナーに追い詰められる寸前だ。


 子供のパンチは強力だ。地面を殴れば地割れを起こす程のもの、そしてくらってしまえば、カイドウは再びの気絶に至ってしまうのは明白だ。


「ちきしょう! ガキハンマーがあれば!」


 現在、カイドウはガキハンマーを持っていない。

 さっき殴られた時に落としてしまったのだろう。

 ハンマーには頼れない。だからカイドウは考えた、反撃の手段を、子供のパンチを避けながら。


 ― う~ん……ど、どうすれば!!


 バックステップで避け続けていると、遂にカイドウはコーナー際まで追い詰められた。もう後ろには下がれない。


 そんな状況になった時、


「あっ!!」


 カイドウは右斜め上空を指差した。


 そこには何もない。何もないが、カイドウは言う。


「見ろ!! 僕の仲間が来たぞ!! ガキセイギが来た!!」


「バリィ?」


 この言葉を聞いた子供は、振ろうとしていた拳を止めて、カイドウが指差す方向を振り向いた。


 カイドウは基本的には嘘をつかない。相手がどんなに恐ろしい存在であろうとカイドウはお世辞なんて言わない。『嘘をついても自分の為にはならない。嘘をつくのは人の為にはならない』という信念を持っているからだ。


 けれど、相手が敵であるならば別だ。敵を倒す為ならば、小狡い嘘もカイドウは厭わない。


 だから、この言葉はもちろんカイドウの嘘だ。

 ドアノブを活用してセイギを呼んでくるなんて、まだ誰もしていないのだから、裏世界にセイギが来る訳はないのだから。


「うそだよーー!!!」


 カイドウは自分の嘘に騙されて夜空を見上げた子供の横っ面に右ストレートをお見舞いした。


「バリィッ……!!」


 パンチをくらった子供は一歩後退、ファイティングポーズが崩れた。


「ワアッ!!」


 崩れて露になったのは子供のボディ。カイドウは子供の土手っ腹に勢い良く足を伸ばす。


「バァッ!!!」


 それから、次は回し蹴り。


「ヤバァッ!!!」


 カイドウのキックをくらった子供はさながらワイヤーアクションが如く宙を舞う。

 手足をバタつかせ後方へとブッ飛んだ子供はアスファルトの地面にドンッ! と背中から落ちた。


「ふふん!」


 カイドウは走り出す。背中から落ちた子供の腹をむんずと踏みつけ、更にその先へと進む。

 踏んづけられた子供はこの時、気を失った。

 でも、カイドウはそれに気付かない。


「ん?」


「ボリボリッー!!」


 一難去ってまた一難………


 直後に、別の子供が拳を振り上げ飛び掛かってきたからだ。


「………ッ!!」


 カイドウは前転し子供の拳を避けた。


「もう! 邪魔しないくれよ!!」


 カイドウは振り返る。

 殴り掛かってきた子供はカイドウの後方に着地していた。


「僕はガキハンマーを探したいんだよ! パンチ、キックはもういいよ!!」


 カイドウはそう言いながらもファイティングポーズを取って襲い掛かってきた子供を睨む。


 カイドウはガキハンマーを求めていた。気絶した時に落としてしまっただろうハンマーを。

 何故なら、ドアノブを手に入れるには子供を倒すのが近道だから。子供を倒すにはハンマーを使うのが近道だから。


「だけど、邪魔してくるなら相手はするよ! 邪魔者は排除しなきゃだからね!!」


 カイドウは子供に向かって走り出す…………が、


 ギュルギュルギュルーーッ!!


「うぐっ!!」


 突然何かが、カイドウの首に巻き付いた。


「ぐ……ぐぅわっ!!!」


 その何かのせいか、カイドウは後ろに引っ張られる。


「な……何だ……」


 首に巻き付いた"何か"を掴み、カイドウは後ろを振り向く。

 すると、暗闇の向こうから伸びているのは銀色の鎖。


「こ……これって……」


 カイドウは鎖に見覚えがあった。

 当たり前だ。自分の物なのだから。


「ハ……ハンマーの!!」


 更に目を凝らすと、暗闇の更に向こうにはハンマーを持った子供がいた。

 その子供は、カイドウを真似ていた。右手に柄を持ち、左手には鎖を持っている。


 カイドウの首に巻き付いたのはガキハンマーの鎖。ハンマーを持つ子供は、鎖を捕縛の縄にする行為も真似たのだ。


「くそぉ………ぼ、僕のハンマーを盗ったなぁ……うぅ……ぐぅっ!!」


 カイドウはジリジリと後ろに引っ張られた。

 引っ張られながら鎖が首を絞めてくる。


 現在、カイドウが踏ん張っているから子供の引っ張りもジリジリではあるが、もし踏ん張る力が弱くなれば、カイドウは一気に子供のもとへ引き寄せられてしまうだろう。


「ハンマーで叩ける距離まで持ってかれたらヤバイぞ……ハンマーは激カタだ、それに強力なパンチを出せる子供が使ったら………ぼ、僕の体は無事でいられないだろうなぁ………」


 ハンマーは自分の武器だ。カイドウはその威力をよく知っている。

 更に、ハンマーは使う者の腕力が強ければ強いほど強力になる武器だ。地割れを起こす程の腕力を持つ子供が振るえば、気絶では済まない事は簡単に予測できた。


「それに………現在、挟み撃ち。前からの攻撃も考えられる………」


 カイドウの前方には、さっき殴り掛かってきた子供が拳を握ってファイティングポーズ、シャドーボクシングの様に空中を殴りながら、ニヤニヤとカイドウを睨んでいる。


「……」


 そして、敵はまだ増える。


「バリホー!!」


 ファイティングポーズを取る子供の背後から声がした。


「……ん?」


 目を凝らしたカイドウには見えた。こちらへと走り寄ってくる子供の姿が。


「アイツは……」


 その子供は歯軋りをする様な痛みに耐える表情をして、横腹を擦っている。


「僕がハンマーで叩いたヤツか!!」


 その姿を見てカイドウは気が付いた。走ってくる子供は、本日の戦闘開始直後に夜空にブッ飛ばした子供だと。


「挟み撃ちどころか三対一か……ん?」


「ボリィ……」


 いや、四対一になる。敵はまた増えた。


 今度の声はハンマーを持つ子供の方からした。


「また増えるのか……」


 振り向くと、見えた。


「ボリ……ボリィ……」


 ハンマーを持つ子供の後ろから、四人目として現れた子供の姿が。

 その子供は、ハンマーを持つ子供の前に出た。

 それから、カイドウに向かってタックルの構えを見せる。


「コイツは……」


 この構えにカイドウは見覚えがあった。


「さっき仕留め損ねたヤツか……」


 カイドウが仕留め損ねた子供は、カイドウに向かってタックルを仕掛けてきたから鎖に捕縛された。その時の構えと、現在カイドウの目に映る構えは全く同じものだった。


「リベンジのつもりか………」


「ボリィィィィィイッッッ!!!」


 雄叫びあげて子供は走り出す。

 他の子供はニヤニヤと笑って見ている。


「地割れのパンチを持つお前達のタックルは、どれだけ強いだろうね。僕はミンチになっちゃうのかな………でも、僕は起死回生の一手を思い付いているよ! 実は、この鎖を掴んだ時からね!!」


 カイドウは腕時計を叩いた。


 そして………

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