第3話 裏世界へ 14 ―優は決意している―

 14


 翌日の深夜一時五十五分、昨日作戦会議を行ったバス停のベンチに剛達は集まっていた。


 その近くで、肉体が立ったまま制止をしている。

 そろそろ二時。時間になれば肉体に魂が戻る。


 魂だけの状態の少年少女が肉体から離れた場所に居ても、それは変わらない。だが、わざわざ遠くにいる理由はない。だから、剛達は肉体の近くに居た。


 しかし、優だけは違っていた。

 優はただ一人、肉体から離れて……とするよりか、他の皆から離れて、一人道路に立っていた。


 優は一人になりたかったのだ。


 それは、友達には言えないドキドキが心の中にあったからだ。


「ふぅ……緊張するな」


 優は尿意を我慢してるかの様に、足踏みを何度もしてソワソワとしている。


「ふぅ……《魔女の子供》は七体か……正直、僕一人じゃ多い数だ。大変だなぁ」


 その手のひらには何度拭いても汗が吹き出てきてしまう。


「だけど……やらないとな!」


 優は決めていたのだ。


『今夜、《魔女の子供》との鬼ごっこが始まったら、僕は英雄の力を使うぞ!』……と。


「ふぅ……だけど、やっぱ緊張するなぁ。まさか僕一人で戦う事になるなんて、思ってもみなかったからなぁ」


 優は昨晩考えたのだ。

 自転車に乗りながら。


『七人全員が無事元の世界に戻る為にはどうしたら良いのか……』と。



『《魔女の子供》がどんな力を持っているのかは、戦ってみないと分からない。奴等はノロマそうな見た目をしているけど、《王に選ばれし民》なんだ。ノロマさを補う能力を持っているかもしれないし、ノロマそうな見た目に反してめちゃめちゃ俊敏かもしれない……スピードタイプだって可能性も無くは無い。そんな奴等に捕まらずに僕達はドアノブを見付け出す事が出来るのだろうか……正直、色々なパターンを考えてみても、"ただの子供の僕達"じゃ、早々に全員が捕まってしまう未来しか見えない』


 ここまで考えて、優は決意した。


『だったら、"ただの子供の僕達"じゃなくなれば良いんだ。英雄に選ばれた僕が英雄の力を使えば、僕達は途端に"ただの子供の僕達"じゃなくなる。僕自身が皆の"盾"に、そして"矛"になれば良いんだ』……と。



「ふぅ……だけど、僕が剛くん達の前で英雄の力を使った事を知ったら、きっと正義さん達は怒るんだろうなぁ。きっと、正義さん達はちゃんと秘密を守っているんだろうからなぁ……でもでも、僕は決めたんだ! 今は英雄の秘密を守るよりも、皆で表世界に戻る事が大事なんだから! 事情を話せばきっと、正義さん達も分かってくれるさ!」


 優は自分自身に言い聞かせると、腕をグルングルンと回した。


「僕の《ガキハンマー》を《魔女の子供》にお見舞いしてやるんだ!!」


 ―――――


 優が英雄の力を掴んだのは、昨年の十二月二十日の事だった。その日は優自身の十五歳の誕生日。


 日付が二十日に変わったばかりの深夜0時、優は自室のベッドの上で考えた。


『十五歳になったことだし、そろそろ試してみるべきじゃないか? 本当に自分が英雄になれるのかどうかを……』……と。


 そして、その日の放課後、友達からの遊びの誘いを断って、優は一人で《輝ヶ丘の大木》が立つ高台へと向かった。


 優が自分自身を試すのに高台を選んだ理由は、《輝ヶ丘の大木》の下が英雄に選ばれた場所であり、優にとって高台が"始まりの場所"であったからに他ならない。


 優は高台に到着すると、早速と腕時計を叩いた。


 すると、叩かれた腕時計は瞬時に反応した。

 腕時計からは目映い光が放たれたのだ。


 その光を見た優は思った。


『なんて優しい光なんだ……』……と。


 光は目映い光だが、優しい光でもあった。


 見た人の心をホッと柔らかくさせる、それこそ《輝ヶ丘の大木》の樹葉の様な、高台に生える草っぱの様な、優しい緑色をしていたのだ。


『わぁ……すごい』


 ……なんて感銘していると、腕時計からは半透明のタマゴが飛び出し、優はタマゴに全身を包まれた。


 ―――――


「あれから毎日自主練をして、最初は重たくて使えなかった《ガキハンマー》も今では上手に使えるぞ!」


 英雄の戦う姿に変わった優が腕時計を叩くと現れるのが、優専用の武器ガキハンマーだ。


 それは、重さ50㎏はある深緑色をした巨大な鉄球が鎖に繋がれて付いている"けん玉に似た色と形"をした大きなハンマーで、その全長は160cmもあり、身長163cmの優とほぼ同じくらいの大きさをしている。


 優は初めて英雄の戦う姿になった十二月二十日から、正義達との約束の日である二月十五日までの約二ヶ月間、暇を見付けては自主練に励んだ。


 その甲斐あって、初めは両手で持ってでしか操れなかった《ガキハンマー》も、今では片手に柄を、もう片方の手で鉄球に繋がれた鎖を持って、鎖鎌の名手が如くグルングルンと鉄球を振り回す事が出来るようになっている。


「重たぁ~~い鉄球を《魔女の子供》の顔面にガンッだ!!」


 優は自分自身を鼓舞する言葉を言った――その直後、


「あっ……遂に時間か」


 優に、連日の事だから慣れになれた、でも全く慣れたくはない感覚が襲ってきた。


 それは、特大の吸引力を持った掃除機に吸われる様な感覚、肉体に魂が戻される感覚だ……


「さて……頑張るか」


 優はグッと拳を握った。

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