第3話 裏世界へ 5 ―不思議な少年―
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剛が、魔女が指定した待ち合わせ場所=ハチ公像の前に到着すると、そこには六人の少年少女が居た。
「君が七人目か……俺は
一番最初に剛に話し掛けてきたのは、色黒で顔が濃い少年だった。
「私は
次に色白の少し背の高い少女。
「俺は
その次は紫色のジャージを着た少年が名乗った。
「俺は
四人目の少年は剛に握手を求めてきた。
「私は
「あ……どうも、俺は沢口剛って言います」
剛は自分を囲む五人に向かってペコリと頭を下げた。
でも、
「可愛いなぁ~! この垂れた耳が良いんだよなぁ~! 可愛いなぁ!」
自己紹介をしてくれた五人の誰よりも剛が気になったのは、"ハチ公に向かって『可愛いなぁ!』と独り言を呟く眼鏡の少年"の事だった。
「………」
「ふっ! 『変な奴が居るなぁ~』……そう思ったでしょ?」
自己紹介を終えると、すぐに眼鏡の少年を"不思議な物を見る目"で見詰め始めた剛を金城が笑った。
「えっ……あ、いや」
「ははっ! 否定する必要はないよ、皆、はじめは同じ反応をしたんだから! 勿論、俺もな!」
そう言うと、金城は眼鏡の少年にこう呼び掛けた。
「おい! マサル、いつまでそんな事してるんだよ! 七人目が来たよ! 挨拶しないのかよ!」
「え……?」
金城に呼び掛けられた眼鏡の少年は、キョトンとした顔で剛の方を振り向いた。
「あっ、本当だ! 全然気付かなかったよ! ごめんね!!」
ニコリと笑った眼鏡の少年は剛に向かってペコリと頭を下げた。
その意味は挨拶ではなく、謝罪の意味だろう。
そして、眼鏡の少年は細身の小さな体を走らせ剛に近付くとこう言った。
「僕の名前は
「あ……う、うん」
―――――
眼鏡の少年……いや、緑川優は剛が自転車に乗れるかどうかの確認をすると、その訳も語らずに『こっちへ来て』と剛を道路の方へと誘導し始めた。
「剛くんだっけ? 君も中三?」
「あ、うん。そうだけど」
「やっぱりそうか。何でだろうね? 僕たち、みんな中三なんだ」
「え? みんな?」
剛は後ろを振り返り、ハチ公像の前に残った他の少年少女達を見た。
「うん、金城くんや小山くんは体がデカイからそうは見えないでしょ? でも、そうなんだ。裏世界に連れ込まれた僕らは皆、中学三年生……何でだろうね? 魔女ってロリコンなのかな?」
「え? さ……さぁ? どうだろう?」
優は顎に手を置いて考える素振りを見せてはいるが、剛に投げ掛けた質問は冗談なのか真面目なのかが分からない質問だった。剛は首を捻るしかない。
「もう二時二十分か。今日は後十分しかないね……」
だけど、剛が『今のは冗談なのか? それとも真面目だったのか?』と考えている間に、優の方はサッサと顎から手をどけてスマホを眺めて時間の確認を行っていた。
「七人全員が揃ったら早速出発しようと考えてたけど、十分じゃ説明をしている間に終わっちゃうね。あ、説明は魂だけの状態になっても出来るか。じゃあ、今すぐやるべき事はこっちだ!」
そして優は突然立ち止まり、剛に向かってスマホを見せた。
それから、こう言う。
「ねぇ、剛くん! 連絡先交換しようよ!」
「えっ?! れんら……?」
「そう! 折角、出会えたんだもん! 元の世界に戻っても友達でいようよ!」
この突然の提案に剛は驚き戸惑った……が、
「あっ! ほら、早くしないと僕のスマホ残り2%しかないから!」
と、強引に迫られ、剛は優の言う通りに連絡先を交換した。
「他の皆とトークグループ作ってるから、そこに入れとくね! 嗚呼、でも良かった。僕のスマホ残り1%になっちゃった。ギリギリセーフ!」
優はルンルンといった感じでスマホを学生服のズボンのポケットにしまった。
そんな優を見て、剛は言う。
「そ……そうなんだ。優くんは前向きだね。こんな裏世界なんて訳の分からない所に連れてこられたのに、戻った時の事を考えられるなんて。俺なんか不安でしかないよ……魔女は卑怯者だし、本当にドアノブが手に入るかどうかも分からないし……」
言葉通り剛の顔には不安が溢れている。
そんな剛とは反対に、優は首を傾げてこう言った。
「ドアノブ? いや、それは絶対に手に入れるよ。だって僕は元の世界に絶対に戻らなきゃいけない存在だからね」
「元の世界に絶対に戻らなきゃいけない存在?」
「うん! 僕がいないと世界が滅んじゃうからね!」
「せ、世界? そ……そうなんだ……」
剛はまた優の発言が冗談なのか、真面目なのかが分からなかった。
しかし、今度の優もまた"どっちなのか考えている剛"をほったらかして別の話題へと進んでしまう。
「僕がいないと世界は大変な事になっちゃうのにぃぃ!! クソっ!! 魔女は僕をこっちの世界に連れ込んだんだぁ!」
「そ……そうなんだ……」
「うん! マジで迷惑! ねぇ、輝ヶ丘って知ってる? あそこが僕の地元なんたけど、あそこには地下シェルターがあるんだ。僕は、そこで魔女に連れ込まれたんだ。はぁ……最悪。しかも、元々入るつもりじゃなかったシェルターでだよ! マジで最悪! 全部、《王に選ばれし民》が予定よりも早くに現れたせいだ! そのせいで学校から避難する事になっちゃったんだ……」
「は……はぁ」
剛は溜め息の様な相槌を打った。
そんな溜め息に気付かないのか、優は更に続ける。
「シェルターの中はさ、人がごった返していてね。僕は内部へと進む内に先生達と離れてしまったんだ………でも、元々僕はシェルターに留まるつもりはなかったから、皆とはぐれた後 『何処か外に出られる所は無いかな?』って探し始めたんだ! シェルターの内部は、駅の改札口くらいしかない入口付近とは違ってめちゃくちゃ広かったし、あの日は大混乱だったから僕が先生達と離れてしまったのと同じくなんだろうね、色んな人が家族や知人を探し歩く姿も多く見られた。だから、僕一人くらいがコソコソ動き回ってても誰も気にも止めなかった!」
優はここで一瞬「ふふん!」と笑う。
そして、更に続けた。
「……で、そんな事をしている内に出会ってしまったのが小一くらいの女の子。黄色い帽子にランドセルを背負っていた。その子は背中を丸めてしゃがみ込んで一人で泣いてた。可哀想に思った僕が声をかけると、その子は『迷子になっちゃった』って言った。『お母さんとはぐれてしまった』と。僕は困った。でも、可哀想だから探してあげる事にしたよ。でも、変なんだ。その子は僕の手を取ると、お母さんとはぐれた筈なのに『こっち、こっち……』と僕を誘導して歩くんだ。広ぉ~~いシェルターの中を、人がいない方へ、人がいない方へ……ドンドン進む。流石に五分くらい経って僕は聞いた。『何処へ行くつもりなの?』って、そしたらその子はこう答えた。『裏世界だよ……』って」
「その子が魔女だったんだ……」
「そう! 僕は連れ込まれてしまった。最悪……マジで最悪。あぁ!! そうだ!!」
優は突然何かを思い出した様な顔をした。
それから、裏世界へ連れ込まれた経緯の話から、話題は急に変わる。
「元の世界の話をしていたら思い出したぞ! 桃井さんや母さんが僕の事を心配してメールをくれてたんだった。あぁ……渋谷に来てから慌ただしくてスッカリ忘れていたよ。今から返そうかな?」
優は顎に手を添えて考え出した。
「いや、違うな……」
でも、一瞬で結論が出たらしい。すぐに顎から手を離すと、早口で捲し立てる様に自問自答の答えを喋り出した。
「……スマホの充電は残り1%だ。でも、たったの1%でも、いつか使う時が来るかもしれない。今は使わず取っておけるなら、取っておかなきゃだ。それに一日に三十分しか動けないのに、二人への返信に時間を費やすのも勿体ない。二人への返信は元の世界に戻ってからたっぷり返そう! ねっ! 剛くん!」
突然、優は剛に話題を振った。剛の肩に手を置いて同意を求めてきたのだ。
「あ……う、うん」
剛は優が早口で喋るものだから、何を言っているかも分からなかった。でも、とりあえず頷いた。
そして思った。『不思議な少年だ……』と。
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