第3話 裏世界へ 3 ―連れ込まれた少年―

 3


「ヨ、ヨロシクお願いします。俺は沢口さわぐちつよしって言います」


「そうか! じゃあ、ツヨシくんで良いな?」


「あ、はい」


「それで? 俺はどこに行けば良いんだ? 優は何処に居んだよ?」


 少年の呼び名を決めると正義は早速と聞いた。


「はい……」


 問い掛けられた剛少年は、愛から貰ったペットボトルの水で喉を一度潤わせると、それから正義の瞳を強く見詰め、こう言った。


「それは……裏世界です」


「裏世界!!」


「何だってボズ!!」


 剛少年が発した言葉に大きな驚きを見せたのは正義じゃない。切り株のテーブルの方に居る二人だ。


「裏世界って……それじゃあ、ボッズーの……」


「俺の寝言は本当だったって事ボズか?」


「どうやらそうみたいだな!」


 二人で一つの言葉を発して驚いた勇気とボッズーとは違い、正義は剛少年が何を言うのか大体予想がついていたらしい。特に驚きもせずに、剛少年の瞳を見詰めたままコクリと頷いた。


「知ってるんですか? 裏世界の事を?」


「あぁ、へへっ! 実はなぁ、アソコのテーブルの上に居るタマゴみたいな変なヤツが、この前夢で見たんだよ。裏世界ってヤツをさ!」


「変なヤツじゃないボズ……」


 ボッズーはキッと正義を睨みながらテーブルの上から飛び立って近付いてきた。

 でも、その睨みはすぐにやめる。正義の肩にとまると、ボッズーは剛少年の顔を見た。その顔は真剣だ。『もっと君の話を聞きたい』と言っている。


「俺自身は完全な寝言だと思ってたけど……君の言葉が本当なら、どうやら違うみたいだなボッズー。ねぇ、裏世界っていったい何なんだボズ?」


「へへっ! それは、この前お前が言ってたろ?魔女が作った世界だよ」


「それは分かってる! でも、俺は自分自身がどんな夢を見たのか覚えてないんだ……だから、この子から話を聞きたいんだボズ!」


「あぁ……俺も聞きたい。教えてくれ」


 勇気もコツコツと靴音を鳴らして近付いてきた……


「あっ……勿論です。はじめからそのつもりだったので。でも、どう話しましょうか? かなり不思議な話なんですが……」


「それなら始めから聞きたいボズね。君がどういう経緯で裏世界に行ったのか……そこからを」


「あ……は、はい。分かりました」


 ボッズーにお願いされた剛少年は『分かりました』と頷くと、ゴクリと生唾を飲み込んで話し始めた。裏世界の話を。


 ―――――


 2月16日、《王に選ばれし民》が現れた翌日。13時頃、沢口剛は自宅を出た。吹奏楽部に所属する剛は自主練の為に学校に行こうとしていた。


 千葉県に住む剛も、全世界に響き渡った《王に選ばれし民》の声を勿論聞いていた。

 しかし、その声に恐怖を覚えながらも、剛の2月16日は普通に始まり、普通に進んでいた。


 剛の住む場所は千葉県の東側に位置する町、東京都の西側にある輝ヶ丘からは大分離れている。《王に選ばれし民》の声に恐怖したとしても、まだ『遠い場所の話』としか思えていなかったのだ。


 その考えが間違いだったと剛が知ったのは、自宅を出てから数分後の事――


 ――学校へと向かう道中、剛は路肩にうずくまる老婆と出会った。

 その老婆はほっかむりを被り、黒い杖を持っていた。

 剛の住む町は過疎化が進み、若者よりも老人の方が多い町だ。この老婆と似た格好の人は少なくない。だから、何の迷いもなく剛は「どうかしましたか?」と老婆に声をかけた。


 すると老婆は、すぐ近くにある神社を指差して「あそこに行きたいんじゃが、この道を歩いていたら足が痛くなってしまってねぇ」と言う。


 この時剛が居た道は、山道と言っても良いくらいに傾斜がきつく、人通りが少ない道だった。老婆が指差した神社は、その道の途中にある階段を上がらないと行けない場所にある。


「ここに一時間以上は居るんじゃが、誰も助けてくれないんだよ」


「そうなんですか……」


 老婆のこの言葉を聞いた剛は、「それじゃあ、俺で良ければ」と老婆を助けてあげる事に決めた。


 神社まで続く階段は五十段以上はある。その階段を剛は老婆を背負って上った。まだ子供体型を脱してない剛は肉付きのよい老婆を重たく感じた。だが、音を上げる訳にはいかない。剛は懸命に上った。


 十段……二十段と上っていく。


 ここで剛は『老婆がさっきより重たくなった』と感じた。しかしこれは『疲れてきたからだ』と取った。


 三十段……更に老婆は重たくなった。


『まるで大きな岩を持っているみたいだ』……剛はそう思った。

 それでも懸命に上っていく。足も腕も震え、呼吸も乱れていく。前はもう見れない。足下しか見れない。


 四十段目……もう限界が近かった。


 それでも剛は頑張った。「はぁ……はぁ……もう少しですからね。時間がかかってすみません」老婆に声をかけた。でも、返答はない。


 四十一……四十二……四十三……四十四……


 四十四段目に足をかけた時、「フフフ……」嗄れた笑い声が聞こえた。

 それは老婆と同じ声。しかし、聞こえてきたのは背後からじゃない。前方からだった。

「え……?」不思議に思った剛は汗が流れる顔を上げた。すると、階段を上がりきった場所から剛を見下ろす老婆が居た。


「フフフ……よく頑張ったねぇ」


 老婆の姿はさっきまでとは違っていた。ほっかむりを被っていた筈なのに、剛を見下ろす老婆は黒いローブを着ていた。右手には杖を持っているが、それもまたさっきまでとは違う。どこの量販店でも手に入りそうな普通の杖だった物は、映画や漫画に出てくる魔法使いが持つ杖に似た物へと変わっていた。


 いや、剛にとって格好なぞどうでも良かった。それよりも不思議なのは、『何故老婆が自分を見下ろしているのか』という事。『老婆を背負って階段を上っていた筈なのに、何故?』と。


「………」


 しかし、驚き過ぎて、不思議過ぎて、そして怖過ぎて………剛は何も喋れなくなってしまった。

 そんな剛に向かって老婆は言った。

「よく頑張ったねぇ。偉いよ……そんな坊やには素敵な世界へと連れていってあげようかねぇ」

 そう言って老婆は剛に杖を向けた。

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