第3話 裏世界へ

第3話 裏世界へ 1 ―二人の少年―

 1


「はぁ……はぁ……はぁ……ここまで来れば、暫くは安心だ」


「撒けた……かな?」


「多分ね……」


 明かりの少ない深夜の暗闇の中、二人の少年が10階建てのビルの外階段の踊り場で座り込んでいた。

 一人はガタガタと震えている。もう一人は震える仲間の背中をさすりながら、頻りに辺りに警戒の眼差しを向けている。

 震える少年は寒いのだろうか?――そんな馬鹿な質問をする者は"この世界"にはいない。恐怖だ。少年は恐怖で震えているのだ。


 で頼れる大人は一人も居ない。気付いた時にはそうだった。子供達だけ……はじめに居たのは七人。しかし、一人、二人と、少年達は"敵"に囚われていって今では二人。


 残された二人はどちらも制服を着ている。学生服だ。闇が深いから一目では分からないが、どちらの制服も所々に傷が出来ている。汚れも多い。土や埃によって出来た汚れだ――汚れや傷は制服だけじゃない。警戒の眼差しを向けている方は眼鏡をかけているが、黒縁の眼鏡のレンズには亀裂が走っている。大変見え辛いだろう。

 それに、彼の制服には血がついている。見えている素肌には擦り傷が目立つ。

 でも、彼の眼差しは鋭い。『自分達に近付く者は鼠一匹でも見逃さない……』と言っている。闘志漲る眼差しだ。


「多分、撒けたけど……でも、ゆっくりしてる時間は無いや」


 眼鏡をかけた少年がゴクリと生唾を飲み込んで再び喋り出した。


「やっと……二個目を手に入れたんだ。奴等に追い付かれる前に今すぐやろう!」


 眼鏡の少年はそう言うと、学生服のポケットから真っ黒なドアノブを二つ取り出した。


「さぁ、持って……」


 ドアノブを取り出すと、少年はソレを震える少年の手に握らせた。


「も……もう?」


「うん」


 ドアノブを握らされた少年は戸惑いの表情を見せた。

 彼の震えは背中をさすられている間に消えていた。だが、顔にはまだ恐怖が張り付いている。

 ドアノブを手に持たされた瞬間、その恐怖に不安が混じった。


「早くしないと。さぁ、やるよ!」


 対する眼鏡の少年は毅然と答えた。


「奴等に追い付かれたらマズいからね。そして、新手のアイツはやっぱ強い。さっきは何とか逃げられたけど、僕にも疲れがある。今の僕じゃ、次もまたツヨシくんを守りながらアイツと戦えるか自信がない……だから、早くしないとダメ」


「そ……そっか」


「うん。ほら……」


 ――と、眼鏡の少年は『ツヨシくん』と呼んだ少年を急かす。だが、


「あっ……でも……やっぱり……本当に元の世界に戻るのは俺で良いのかな?」


『ツヨシくん』と呼ばれた少年はまだ迷いがある様子。


「もう……」


 ツヨシくんの質問に眼鏡の少年は眉をしかめた。


「良いに決まってるじゃないか! 何を今更? 打ち合わせしたでしょ?」


「う、うん……で、でも、やっぱ俺思うんだ。きみは俺達を何度も助けてくれた。だから、やっぱり元の世界に戻る資格があるのは、きみだって」


「ダメだよ! 土壇場で言ったら怒ると言ったでしょ!」


 眼鏡の少年はピシャリと言い放った。


「確かに、僕はツヨシくん達を何度も助けたよ……という事は、やっぱり僕が残るべきなんだ。だって、そうでしょ? ツヨシくんには自分を守る術が無いじゃないか。そんなツヨシくんがこの世界に残ったんじゃ、すぐに奴等に捕まっちゃうよ。そしたらゲームオーバー……そしたら捕まった皆はどうなるの? ツヨシくんが残っても何も意味はない。捕まった皆を助け出すにはこれしかないんだ! もうこれが最後だ、何度も何度も言わせないで!」


「……」


「ふふっ、ごめん。そんな悲しい顔をしないで。ツヨシくんの優しさは分かってるよ。でも、こんな土壇場で自分の意思を曲げたり、ツヨシくんに気を使っても、それは本当の優しさじゃない。ハッキリ言うね。ツヨシくんがやるべき事はここに残る事じゃない。僕との約束通り、元の世界に戻る事なんだ」


「……」


「やってくれるかい?」


「……うん」


 問い掛けられた少年は、決意したように頷いた。


「ありがとう。それじゃあ、頼んだよ!」


「うん。分かった。戻ったら、輝ヶ丘だよね?」


「そう……輝ヶ丘の大木に行ってほしい」


「そこに、居るんだよね?」


「そうだよ。居るよ。だから呼んできて! 正義のヒーローを、僕の友達を!!」


 そう言うと眼鏡の少年はニカッと笑った。使命を与えた仲間に希望を抱かせる為に。


 彼は知っているんだ。『この笑顔を見た人は、どんな絶望の淵に立っていようと希望を見出だす事が出来る』……と。


「分かった! 俺、行ってくるよ!」


「うん! それじゃあヨロシクね!!」


 二人の少年は立ち上がった。だけど、同じ道は行かない。

 ドアノブを握る少年は階段を駆け下りていく。


「頼んだよ……」


 そして眼鏡の少年は、拳を握り、階段を上り始めた。


「ふぅ……屋上へ行くには五階分上らなきゃか……ふぅ、変身しないと結構キツいんだな。もう少し体を鍛えておけば良かったよ」


 屋上まで上りながら、眼鏡の少年は独り言を呟いてため息を吐いた。


「あっ……嘘」


 それからすぐに項垂れる。


「来たのかよ……こっちに。流石、《王に選ばれし民》といったところか。一休みする暇すらくれないとはな……」


 屋上に来たら見えたのだ。まだ遠くではあるが、視界の先に敵の姿が……


「あの感じは僕を探しているというよりか、僕の居場所を分かっている感じだな。迷わず歩いている感じだ。やっぱり"鼻"が効く奴等だ……集団で歩いてるのも気に食わない。分散させたいな。でも、疲れてる僕で出来るかな……」


 眼鏡の少年の目に映る敵は六体。ずんぐりむっくりの体型をした五人の髭面の男と、その前方を歩く真っ黒な鎧を着た者が一人……


「だけど、問題はないか! すぐにツヨシくんがを連れてきてくれるから! ここからの大逆転劇が僕には見えているんだもん! やるだけやってやるぜ……」


 少年は敵を睨みながら、ズレ落ちてきた眼鏡を拳を作ったままの手で押し上げ………そして、ビルを飛び降りた。


「行くぞ!!!」


 それから、少年は叫ぶ。




「レッツゴー!ガキカイドウ!!」




 己の英雄としての名前を………

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