第1話 血色の怪文書 18 ―悲劇は突然に……―

 18




 愛は先輩の家に行く事は出来なかった。



 何故なら………



「何で……何で……」


「先輩……」



 二人が目指していた家は、二人の目の前で燃えたからだ………


 ―――――



 それは余りにも突然の出来事だった。



 まだまだ他愛のない会話を続けていた二人が、目指す家の建つ通りへと入った瞬間、突然『ドンッ……』と爆発音が辺りを揺らしたのだ………


「えっ?!」


『何事か?』と愛が辺りを見回すと、メラメラと燃える激しい炎が家々の向こうに見えた。


 ― あれは……先輩の家の方向……


 愛は『もしかして……』と思った。しかし、それを口に出す事はしなかった。でも、先輩も同じ事を考えたのだろう。炎を見た瞬間、先輩は走り出した。


『真田』と表札が掛かっていた家に向かって………



「何で……何でなの……」



 二人が家の前に立った時、家はもう真っ赤な炎に包まれていた。

 その炎の形は紅蓮の手。まるで家を鷲掴みにするかの様に、地獄の亡者がその家に住む者を己の世界に引きずり込もうとしているみたいに、炎が家全体を包んでいた……


「も……桃ちゃん………」


 その光景を目撃した先輩の体は震え出した。


「せ……先輩……」

 愛は慌てて先輩の肩を抱いて、その体を支えた。そうしなければ、もう先輩は立っていられないと分かる。


「あの石のせい……あの石のせいなの?」


 先輩は独り言の様に呟いた。その目を見ると、さっきまで持っていた強さはもうそこには無い。


「先輩……」

 愛は掛ける言葉が見付からなかった。愛はただ先輩の体を支えてあげる事しか出来なかった。

「………」

 そして、燃える家を凝視する愛は背後にザワザワ……と人の気配を感じた。

『おそらく近所の人たちが異変を感じて出てきたのだろう……』愛はそう思った。その考えは完全な間違いじゃない。実際に異変を感じて外に出てきてた人もいた。しかし、愛が感じた気配は別の物だった。それに気付くのは『火事の通報をしなくちゃ……』とスマホを取り出した時だった。


 その時、誰かが「ギャア!」と叫び声をあげたんだ。


「え……」

 愛はその声の方向を見た。その声は先輩の家から一車線の道路を挟んだ隣の家の方向から聞こえた。

(一車線を挟んでいるから『隣の家』というのは少し間違っているかも知れないが)

 そんな少し離れた場所から一人の女性がこちらを、まるで"恐ろしいものを見るような目付き"で見ていたのだ。その人は腰を抜かした様に地面に座っている。


 ― なに……?

 愛は顔をしかめた。

 そして、その女性はこちらに向かって指を差している。その唇をよく見れば「あ……あ……」何かを言おうとしているが、ブルブルと震えてしまって何も言えない状況なのが分かった。

「………」

 愛は気付いた。その女性は自分達の背後を指差していると……


「ギギ……ギギギ……」


 気付いた時には遅かった。

 愛が後ろを振り向いた時には既に、"灰色の体を持つ怪人"が愛と先輩の背後に居たんだ。

「ハッ!」

 驚くのももう遅い。何処からか現れた数体の怪人が、この時にはもう二人を取り囲んでしまっていたから。


 ― これって朝のニュースで見た奴だ! どうしよう……どうにかして逃げなきゃ……


 敵との距離は1mも無い。いつ襲いかかられてもおかしくない。

「先輩!!」

 愛は手に力を込めて、魂が抜けた様に燃える家を見詰める先輩の肩を揺さぶった。

 しかし、

「桃ちゃん……やっぱりあの石って……」

 先輩は幽霊の様に呟くだけ。


 ― ダメだ……


 愛は思った。


 ― 今の先輩は正常じゃない。私がしっかりしないと!


 愛は怪人を睨んだ。

 怪人はのっそりのっそりと二人に近付いて来ている……

「サナダ……モネ……お前を……許さない……」

 バラバラと木屑の様な物を地面に落としながら、ぎこちなく低い声を発して。


「クソッ! 先輩が狙いか! でもね、そうはさせない!!」

 愛は先輩の肩から手を離し、今度は先輩の手を取った。

「先輩! 逃げましょう!!」

 そう先輩に声を掛けると、愛は走り出した。しかし、囲まれているから逃げ場はない。『なら、自分で作り出すしかない!』愛はそう考えた。

「ドリャア!!!」

 愛は一体の怪人に狙いを定めるとソイツの腹に向かってケンカキックを放った。

 敵の背は高い。リーチなら向こうの方が有利だ。しかし、その有利を活かせない程に敵の動きは鈍かった。


「ギギギ……」


 唸り声なのか、愛の攻撃をくらった怪人は木が軋む様な音を口から発しながら背中からドスンッと地面に倒れた。


「先輩! 今です!! ダッシュ!!!」


 愛は先輩をつれて倒れた敵が生み出した隙間を抜けて囲いから脱出した。そして、更に走る。敵の囲いを抜けられたら選ぶ道は決めていた。それは輝ヶ丘の大木に通じていく道だ。何故なら、そっちの方が"早く来る"と考えたからだ。


 愛は左腕に嵌めた腕時計の文字盤を右の肩に叩くように当てた。右手は先輩の手を握っているんだ、離せない。そして、叫んだ。走る二人の周りは無人じゃない。異常事態に気付いた人達が、驚愕の眼差しで見ている。走る愛と先輩を、二人を追い掛ける怪人を、燃える家を。だけど、愛は叫んだ。『今は秘密がバレるとか、そんな事を気にしていられない!』そう考えたから。だから、愛は腕時計に向かって叫ぶ。


「せっちゃん! 勇気くん! ボッズー!! 敵が現れた!! 早く来て!!!」

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