第5話 俺とお前のオムライス 2 ―出会いはどどど―

 2


「はい、40円ね」


「よ……40円」

 正義は生唾をゴクリと飲み込んだ。


「そうだよ正義ちゃん、ウマウマ棒4本でしょう?」


「う……うん」

 正義は駄菓子屋に来ていた。今よりももっと幼い頃から通っている《山下商店》に。

 結局正義はまた完全敗北したのだ。だから、ウマウマ棒を買わなければならない……


「どうしたの? やめるのかな?」

 山下のお婆ちゃんが手でお皿を作りながら首を傾げた。


「あ……えと、や、やっぱ3本にする」

 正義は手に持った小さな買い物カゴの中からウマウマ棒を一本取り出すと、お婆ちゃんが座るレジカウンター(……というか帳場という言葉の方がイメージが近い)の上に置いて、小さな財布から小銭を三枚取り出した。


「良いの? 3本で?」


「うん。良いの……」

 正義はやっぱり自分の分は無しにした。財布と相談したら、40円の消費はかなりデカ過ぎたから……


 ―――――


「ほい……」


「ありあり」


「ありがと!」


「サンキュー!!」


 山下の出入口近くで待っていた隆、紋土、拓海に一本ずつウマウマ棒を渡すと

「はぁ~~」

 正義は大きなため息をついた。


「何だよ。凹むなよ。正義が賭けるって決めたんだろ」

 拓海はそう言うが、やっぱり正義の顔は晴れない。


「分かったよ。じゃあ半分あげるからさ」

 紋土は優しさを見せた。でも、正義が求めているものはそれじゃない。


「いらないよ紋土……それよりさ、もう一勝負しようよ」

 正義が求めていたものは、ウマウマ棒じゃなくて、もう一勝負だった。正義のため息の理由も、失った30円じゃなく………いや、勿論それもあるのだが、一番は《せんねんまんのチョンマゲ》で今日もまたまた完全敗北したからだった。だから正義は、まだまだ戦いたかった。


 しかし、


「何でだよ! どーせ正義が最初に完全敗北するの分かってんだからさ、もうやんないよ!」

 この正義の提案を隆が拒否した。


「なんで! やってみないと分かんないだろぉ!」


「やんなくても分かってんの!」


 ……とそんなやり取りをしながら正義は山下の出入口の前に立った。


 山下の出入口は晴れている日は子供達が入りやすいように開けっ放しにされているのだが、今日は朝から続く小雨が降っている。だから今日は、雨が店に入らないように閉められていた。

 その出入口のすぐ横に置かれた傘立てに視線を落としながら、正義は出入口の引戸に手を掛けた。勿論、グチグチと隆に文句を言いながら。


 ガラガラ……


 正義は引戸を開けた。やっぱり外は暗い。小雨だから…………いや、でも変だ。思っていたよりも暗い。まるで誰かが光を遮っているみたいに。


「???」

 正義は違和感を感じてパッと顔を上げた。

「ん?」

『まるで誰かが光を遮っているみたい』というのは間違いだった。何故なら、そこには本当に"誰かが"居たから。

「あっ!!」

 そして、正義はその人物の顔を見た瞬間、《せんねんまんのチョンマゲ》の事なんて頭からすっ飛んでしまった。だって……

「おまっ……」

 正義はその人物に腹が立っていたのだから……

「おまっ!! 俺を突き飛ばした奴!!」


 そう、山下の出入口を開けると、正義のすぐ目の前に立っていたのは"俺を突き飛ばした奴"……謎の転校生だったんだ。


「きぃ~~っ!! よくもやったなこのヤロウ!!」

 正義は、目の前に現れた転校生の顔をキッと鋭い目付きになって睨んだ。

 正義は何度目かの完全敗北と、ウマウマ棒を奢るという大損失の事で頭がいっぱいで暫くの間忘れてしまっていたが、転校生が目の前に現れるとすぐに気持ちを復活させた、股間の痛みを、いや、転校生への怒りを……


「ん?」

 だが、怒る正義とは反対に転校生は無表情。

 無表情だけじゃない、転校生は正義の顔を見ながら首を傾げた。

「俺が突き飛ばした……? 君みたいな"子"を俺が? そんな事はしていないが」


 まるで『何も知りません』みたいな言い方。その言い方に正義の怒りは更に増した。


「なに~~っ!! してないってなんだよ! しただろ!!」

 それに、転校生が口にした『子』この言葉にもムカついた。

「それに、子ってなんだ!! お前! 俺を年下扱いしてんのか! 同級生だぞ!」


「同級生……君が? 知らないな。それよりも退いてくれるかな?」


 正義のイライラが募るのと反比例して、転校生はあくまで冷静で無表情。その整い過ぎなくらいに整った端正な顔立ちがよく分かるくらいに。


「なんだとぉ~~!!」

 正義が転校生の顔をちゃんと見るのは今が初めてだったのだが、整ったその顔を見て正義は思った。『コイツ!! 気取った顔しやがって!!』と。

「うるせぇ! 気取りやがって!! どかねぇ! それより何で俺が分からないんだよ! 今日、山田と喧嘩してる時に俺の事突き飛ばしただろ!!」


「ん? ………あぁ、そうか、アレが君か」

 どうやらやっと転校生は正義が誰か分かった様子。

「君は『突き飛ばした』と言うが、俺はそんな強くやったつもりはない」

 そして、その口からは更にムカつく言葉が飛び出る……

「それに、仕方ないだろ。君が誰か分からなくても。君があまりにも小さいからね、顔が視界に入っていなかったんだよ……それよりも退いてくれ」


「し……しかい! なにそれ! 馬鹿にしてんの?」


「馬鹿にしてるというか事実だし。それよりサッサと退いてくれ。迷惑だ」


 正義は店の出入口の所に立って転校生を通せん坊している。山下は狭い。同様に出入口も狭い。だから正義が退かないと、転校生は店には入れない。

 でも、正義はどかない。


「ヤダ! どかない! まずはそっちが突き飛ばした事を俺に謝ってからだ!」


「謝れ……分かった。すまん。これで良いね」


「なっ! それが謝る奴の態度かよ! 謝るってのは相手の目を見て言うんだよ!」

 転校生はチラリと正義を見はしても、すぐに視線を外して正義と目と目を合わせて喋ろうとはしない。その態度に正義は『馬鹿にされている』と思っていた。だから更に正義の怒りは止まらない。


「君、しつこいな……」


「何ぃ??」


「お……おい、もうやめろよ正義」

 呆然と固まって二人の言い合いを見ていた隆がやっと止めに入った。その顔には『流石にこれ以上ヒートアップさせるのはまずい』と書いてある。

「う、うん。そうだよ正義。もう行こうぜ」

 紋土だ。

 二人が動いた事で拓海も動いた。

「そうそう、お婆ちゃんにも迷惑だし……怒られちゃうよ」


「え? なにぃ? お……おこ??」

 正義は後ろをチラッと振り返った。すると、お婆ちゃんがジーッとこちらを見ていた。


「正義……出禁になっちゃうよ、もうやめようよ」

 紋土が正義の耳元に顔を寄せ、囁いた。


「え? 出禁……? あっ!!」

 その紋土の言葉で正義は思い出した。山下には都市伝説がある事を。

 それは『山下でトラブルを起こすと、その子は一生山下を出入り禁止にされる』というもの。

「ヤバヤバ……」



 ………実際の山下のお婆ちゃんは『他の子の迷惑になっていたり、手が出たりしない限りは、子供同士の事は子供同士で解決させる』という方針を取っていて、都市伝説の様な事実は存在しないのだが、何かトラブルが起きそうな時はジーッと子供達から目を離さない様にしているから、その威圧感は半端なく、いつの間にやら子供達の間でそんな噂=都市伝説が広まってしまっていただけだ………



 だが、そうだと知らない正義は焦った。

「あ……あ……どうしよ」


「退いてくれ」


「ど、ど、ど、ど」


「退いてくれって……」


「ど、ど、ど、ど………」


「退いてくれよ………」


「ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、どっどどくよ!!」


 正義は叫ぶようにそう言うと、バッと傘立てから傘を取って、出入口から後ろに下がった。


「はぁ……」

 やっと道が開けると、転校生は『やれやれ……』といった様子でため息を吐きながら店に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る