第3話 慟哭 18 ―勇気……脱退―

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「何言ってんだ! まずは俺の話を聞け!」

 正義は自分の感情を抑えたかった。でも、抑えられない。勇気が何を言い出そうとしているのか、もう分かってしまったから。

「英雄になんてなれないって、お前まさか……」


「そうだよ!!」

 勇気は正義の言葉を遮る。

「体が震えるんだよ!! どうしようもなくな!! 正直に言うよ、俺は怖いんだ……俺は、死ぬのが……怖いんだよ!!!」


「そりゃそうだろ! 俺だって怖いよ!」


「違う!!」


 勇気は殴る様な勢いで強く正義の言葉を否定した。


 ― 今ここで止められる訳にはいかない。コイツの優しさに甘えたら、俺のせいで世界が滅びるんだ……分からせないと……正義に、俺がどういう人間なのか分からせないと……


「お前は……お前はそれでも戦っているだろ!! でも俺は違う! 逃げたんだよ! 怖くて……逃げたんだ!! 人が死んでいくのをこの目で見ているのにな!!」

 勇気は足早に正義に近付いて行っていた。

「お前は……"恐怖"を見た事があるか?闇の塊を……見た事があるか!!」


「恐怖? 闇の塊……」

 相手に近付いて行っていたのは正義も同じだ。

「何だそれは!! それがお前の主張に関係してるのか!!」

 二人はテーブルを回る途中で対峙すると、立ち止まった。


「あぁ……そうだよ。ふっ……やっぱりお前は見た事がないのか」


「ないよ……ないし! 関係ねぇ!! 俺はお前を止めるぞ!! お前、英雄を辞めようとしてるんだろ!! でもな……絶対に俺はなぁ、お前をなぁ……」


 正義は『自分の想いを全て勇気に伝えなくては……』と急いだ。しかし、勇気がその胸倉を掴む。


「良いから聞け!! 関係なくないんだ!! 俺はなぁ、見たんだよ。《王に選ばれし民》が現れようとするその前に! 空が割れるその前に! この世のものとは思えない禍々しい闇を!! 俺はな……俺はな……」


「勇気ッ!!」


「聞けよ!! 俺は……俺はソイツを恐怖だと悟った! 俺の心に宿ろうとする恐怖だってな!! 勿論、俺は抗ったさ! 俺に取り憑くな、取り憑こうとするなって!!」


「空が割れる前……それじゃ、それは幻だろ! 《王に選ばれし民》が現れる前じゃないか!! 幻を見たからって何なんだよ!! だからって、俺達約束したろ?」


「幻……確かに、俺もそう思ったさ………昨日までは錯乱した俺の脳が見せた幻だったと思っていた! でもな……闇は……昨日また俺の前に現れたんだよ!! そして、謎の声が言ったんだ!!」


「謎の声?」

 勇気の口から続々と出てくる奇妙な存在。闇、声……どちらも正義が初めて聞く話で、前置き無く聞く話としては、脳が租借するのに時間がかかるものだった。


「そうだよ……謎の声が言ったんだ……俺の人生は、『常に死への恐怖と共にあった』とな……そして、俺は『恐怖の囚われ人だ』ともな……ははっ……その通りだった。その通りだったんだよ。俺は……敵を目の前にして怖じ気づき、我を失い、殺されようとする警官達の前から逃げたんだ…………そして、分かったんだ。恐怖は俺に取り憑こうとしていた訳じゃなかったんだとな……」


 勇気は正義を掴む手を離し、コンコンと自分の胸を叩いた。


「あったんだよ……ここに、始めからな……俺は、始めから恐怖に囚われた人間だったんだよ。そう言えば……ボッズーが言ってたな、俺は《勇気の心》を持っていると。だが、アイツの予想は大きく外れたな。俺はそんな物持ってはいなかった……」


「そんな……違うぜ、勇気は!」

 正義は自分の想いを伝えなくてはと口を開いた。


 しかし、勇気は聞かなかった。正義の言葉を待たずに勇気は後退りして正義と距離を取ると、左腕に嵌めた腕時計を外した。


「ま……待て」


「俺の考えをよく分かったな……その通りだよ」


「待て! 待てって!」


 勇気は近づいてきた正義に腕時計を押し付けた。


「俺は無理だ。今すぐこの腕時計を他の人間に渡すんだ。俺よりも……この腕時計の力を上手く使える人がいる筈だから……」


 この言葉、正義が受け入れる訳がない。


「何言ってんだよ……俺の話も聞け!! 俺はな、俺はお前とじゃないと……」


「馬鹿野郎ッ!!!」


「………ッ!!」


 …………激昂する勇気は、遂に正義を殴ってしまった。


「遊びじゃないんだぞ! 戦いなんだ! 戦えもしない俺に拘る理由が何処にある!」


 勇気は正義に、受け入れてもらいたかった。自分の主張を……

『自分の主張を正義が受け入れなければ、世界が滅ぶ……』勇気はそう思っているから。『友を殴ってでも……考えを変えてもらわなければ、友が死ぬ』そう思っているから……


「友情だなんだと口にするなよ! 良いか、俺みたいなこんなクズがな……英雄になど、初めからなれる訳がなかったんだよ!! 英雄であるお前の友となる資格も……なかったんだよ!!!」


「何言ってんだよ!! クズだとか、どうとか、自分を卑下すんな!! 俺はな、お前に《勇気》って心が何かってのを教えてもらったんだよ!! お前はな……………え? ゆ……勇気」


 勇気の胸を掴んだ正義の手に、涙が落ちる。勇気の涙が……


「さよならだよ……じゃあな、正義。ありがとな……」


 勇気の涙を見た正義の手は、はらりと落ちた……

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