第3話 慟哭 2 ―セイギは叫ばずにはいられなかった―

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「こ……これは……!!」


 この時から、セイギの心は揺れ動き始める。


 真っ白なテンガロンハットを斜めに被り、真っ白なロングコートを着た、敵の姿を見た時から……


 その姿は、その顔は、敵が人を棄ててしまった事がよく分かる。


その顔は白く……白く、白く、白く、ギリシャ彫刻が如く白く、その真っ白な顔のパーツはキュビズムの絵画の様に配置も大小もバラバラになっていた。更に、セイギに向けていた銃はただの銃ではなかった。その銃は手には持たれてはいなかったのだ。何故か、それは、その銃自体が敵の手だったからだ。敵の手は、手首から先自体が、ラッパ型の銃口を持つ銃になっていたんだ。


「………!!!」


 セイギはその姿に仰天し、絶句した。セイギは敵がまだ人だった頃の姿を知っている。だから、敵の変化に尚の事強く驚き、人ではない者になった姿に吐き気を催す程の禍々しさを感じた。


「お前……お前ッ!!!」


 だけど、驚きも、バケモノの姿を禍々しいと感じる気持ちも、セイギの心の中ですぐに悲しみへと変わった。頭の中ではとっくに理解していた筈だった。リーダー格の男がバケモノになった事を。しかし、実際にその姿を目の当たりにすると、頭よりも心が反応した。


「お前……人間を棄てちまったんだな……なんで、なんでだ! なんで、悪魔なんかに魂を売ったんだ!!」


 この気持ちの変化はセイギ自身でも思いがけないものだった。だって、セイギにとって今目の前にいる敵は、人であった時から既に敵だったのだから。たった今まで『バケモノになってまでも悪事を働こうとするなら、今度こそ懲らしめてやる!』とセイギの士気は高かったのだから。しかし、男がバケモノになってしまった姿を実際に目撃すると、セイギの中で『人が"人でない者"に変わる』という残酷さが鮮明になった。そして、敵であろうが、味方であろうが、セイギには関係なくなった。人が人を棄て、バケモノになる……その事にセイギは深い悲しみを覚えたんだ。


「はぁあ? なんだ急に? フハハハハハハハッ!!」


 敵は再び高笑いを上げた。敵には伝わらなかった。セイギが自分の事を想い、嘆く姿もバケモノになった男には笑い者でしかなかった。


「悪魔? ハハハッ! 違うなぁ……神だよ! 神が俺に力を与えてくれたんだ!!!」


「違うッ!!」


 セイギは敵の言葉を強く否定した。


「神なんかじゃない、悪魔だ! それは悪魔の力なんだよ! 引き返せ! 戻れるなら早く! 人間に戻れ!」


 一度人を棄てた者が再び人へと戻れるか……それが出来るかはセイギにも分からなかった。だけど、セイギは願う様に叫んだ。叫ばずにはいられなかった。


「ハハハッ! 急にどうしたんだ、お前?あっ……そうか、お前怖じ気付いたんだな? ハハッ! そうか、そうか、いくらヒーローを気取っても俺が怖くて仕方がなくなったんだな!」


 敵にはセイギの気持ちは伝わらない。


「ハハッ!! だけどなぁ、いくら説得しても無駄だ。俺は棄てないぜ、この力を……」


 敵は右手に生えた銃に左手を添えると、まるで宝物を愛でるかの様に撫でた。


「俺はこの力を使って、俺の大嫌いな奴等を一人残らず消すんだ! 俺の自由を奪おうとする、正義漢面したアイツ等をなぁあ!! BANGッ!!」


 敵はセイギに向かって弾丸を放った。


「………ッ!!!」


 セイギはただ無言でその弾丸を斬り落とす。


「ハハハッ! やるなぁ……面白い! ほら、かかってこいよ! 殺り合おうぜぇ!!」


 敵は『来い来い』と左手を動かし、セイギを挑発した。

 だが、セイギはその挑発には乗らない。乗る代わりに、セイギはボソリと呟く。


「アイツ等……って、警察の人達の事か?」


「あ? 警察……あぁ、刑事デカの事か!」


 本来なら右目がある筈の場所に移動した、敵の唇がニヤリと笑った。


「ハハッ! そうだよ、刑事デカだよ! あっ……さてはお前、アレを見たのか? ハハッ! どうだった? 傑作だったろ!! 死体を消すのにはいつも苦労するんだ……それがどうだ! この銃で撃てば一発だった! コレに撃たれたアイツ等は、俺がバラバラにしてやらなくても勝手に消えた!! ハハハッ! 凄いだろ! 死体さえ無きゃ、俺はもう捕まる事は無い……俺は最強になったんだ!!」


 ベラベラと、


「やめろ……」


 喋り続ける敵の声を、セイギの声が遮った。


「命を弄ぶ様な言葉をベラベラと吐くな……人間に戻れって!」


「あ?」


「まずはあの人達に謝れよ! ごめんなさいって! 命を奪った事を、楽しそうに喋んなよ……お前だって昨日まで人間だったろ! もう一度人間に戻って、罪を償え!」


「フハハハハッ!! 誰がそんな事をするか!」


 だが、敵は笑い続ける。


「馬鹿野郎ッ!!」


 セイギは大剣を強く握ると、敵に向かって一気に駆け出す。


「罪を償えって言ってんだよッ!! 馬鹿野郎ッ!!」


 一気に距離を詰めたセイギは敵に向かって大剣を振り下ろした。


「うおっ……と!!」


 敵はセイギのその攻撃を銃身で受け止める。


「ハハッ! なんだ? 急にやる気になったのか? お前、コロコロ変わるな! 情緒不安定か? ハハハッ!」


「うるせぇ……早く人間に戻れッ! 人間に戻って罪を償うんだ!! じゃないと、じゃないと俺は……」


 情緒不安定……確かに今のセイギはそう言われても仕方がなかった。

 どうしたら良いのか、セイギは分からなくなってしまったんだ。男がバケモノになったという事実は悲しく思う、しかし警官の命を奪ったという事実は腹立たしく、バケモノを今すぐにでも倒さなければまた次の犠牲者が出てしまう事も事実……だが、"倒す"……それをするという事は、"昨日まで人だった命"をセイギ自身も奪う事にもなる。そんな残酷な事実を、バケモノへと変わったリーダー格の男の姿を目撃して、やっとセイギは気付いた。


 ― 馬鹿だ……俺は馬鹿だ……『人間を使って生み出す《バケモノ》、そんなものを生まれさせちゃいけない』そうは思っていた。でも、『現れたのなら倒さなきゃ』……そうとも思ってた。だけど……だけど……もっと深く考えなきゃいけなかったんだ。俺はガワだけを見て、本当の事を見ようとしてなかった。結局俺は、漫画みたいにバケモノをバケモノとしてしか考えられてなかった……でも、違うんだ……人間なんだ……やっぱりどんな姿になろうが、人間なんだ!!!


『《王に選ばれし民》が人をバケモノへと変える』……その事はボッズーから聞いて知っていた。だがセイギは、"世界を守る事"しか考えられていなかった。その為にやらなければいけない事に膜を張ってしまっていた。現実を見ない為の膜を……


『命を奪おうとする奴等から世界を守る……その理想を現実にする為には、自分自身も命を奪わなければならない』


 そんな残酷な事実を、見ない為の膜を……


 ― 俺はどうしたら……どうしたら良いんだ!


 その残酷な事実が、津波の様にセイギの心に襲いかかる。だから、整理出来ない気持ちを抱えたまま、セイギはただ敵に向かって願いを叫ぶしかなかった。


「人間に戻って罪を償え!!」


 しかし、敵はセイギの言葉を軽々しく蹴散らす。


「嫌だね! 俺は、俺の自由を奪う奴等を一人残らずぶっ殺すッ!!」


 そして、敵はがら空きになったセイギの胴体を蹴り上げようと足を上げた。


 だが、セイギだって弱くない。敵がどう動くかは予想がついている。咄嗟に両手で持った大剣を片手に持ち変え、迫り来る敵の足を強く払い除けた。


「自由を奪う? それは、お前が罪を犯したからじゃないのか!!」


 今度は足を払われた敵の胴体ががら空きになる、セイギは空かさずその胴体に蹴りを喰らわせる。


「うぅ……!!!」


 蹴られた腹を押さえながら、敵は二歩、三歩と後退する。そのすぐ後ろには燃え上がる木が、敵は逃げ場を失った。


「痛い目を見なきゃ分かんねぇなら! 俺は分からせるぞッ!! ハアッ!!!」


 大剣を大きく振り上げたセイギは、敵に向かって勢い良く振り下ろす。


「グアァーーーッッ!!!」


 縦一線に斬撃を喰らった敵は、断末魔の様な叫び声を上げながら、もんどり打って燃える木に抱き付く様に倒れた。


「うわぁぁぁぁ!! ……熱いッ!! 熱いッ!! 熱いッ!! 助けてくれ! 頼む! 助けて!!」


 炎が、敵の着たコートに燃え移る。


「うわぁ!! あぁ!!!」


 敵は手で払い落とす様に炎を消そうとするが、消えはしない。


「罪を償うって誓え! 誓うなら助けてやる! その火も消すし、お前が人間に戻れる為に俺も協力する! だから……」


「分かった! 分かったよ!! だから、助けてくれ!」


「本当かッ!!!」


「本当だよ! ヒーローが人を見殺しにするのかよ!!」


「………」


 セイギは少し躊躇した。さっきまでの口振りから、敵がすぐに改心するとは思えなかったからだ。でも、ここで希望きぼうを感じてしまうのがガキセイギ……赤井正義という男だった。


「……本当だな!! 絶対だぞ!!」


 疑いを全て捨てた訳ではない。それでもセイギは、敵に歩み寄ると、敵に向かってその手を差し伸べた。


「あぁ……あぁ、するよ……」


 敵はそのセイギの手を取る。


「格好良いよ、お前。こんな俺にも情けをかけてくれる奴はいるんだなぁ……始めて知ったぜ。嗚呼、心優しきヒーローか、泣けるなぁ……俺も、お前みたいな奴にもっと早く出会えていたら、こんなクズにはならなかったよ……フハハハッ! なんてな!!」


 敵はニヤリと笑った。


「何ッ!!」

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