第2話 バケモノッッッッッ!!!!! 11 ―おじさんは激昂する―

11


「ん? どうした希望??」


『うん、スッゴく!』と言った後、希望は『あっ!』と無言で口を開いたまま動かなくなった。


 ― 後……何分だ???


 希望は考えていた。『叔父と約束した10分まで、後何分残っているのだろう……』と。


 ― 家出て、エレベーターを結構待ったよね。その時、丁度上に行っちゃってたから……5分くらい待ったかな? それからエントランスに降りて、正義さんに会って…………


「おい! おい、どうした希望?」


 希望の突然の停止に驚いた正義は、希望の顔の前でヒラヒラと手のひらを動かした。


 しかし、それでも希望は自分の世界に入ったまま。


 ― ヤッバいな! 絶対もう少しで10分経っちゃうよ……10分ってこんなに短いんだ……もう少しでおじさん来ちゃう! ウゲェッ! 絶対正義さんに突っかかるじゃん! やめてくれよぉ~~


 希望の思考と同時に、『あっ!』と口を開いていた顔が、今度は『ヤバッ!ウゲェッ!!』と変わった。


 そんな希望に正義は焦った。


「おいおい希望! どうしたんだよ? 変になっちまったのかよ!」


 正義は希望の肩を掴んで大きく揺さぶった。


「おい、希望! 起きろ! 目を覚ませ! 戻って来い!!!」


「ンッ! ンッッ!! ……な、なにぃ正義さん?」


 体をグワングワン揺さぶられた希望はようやく目を覚ました。


「おいおい……『なにぃ?』じゃねぇよ! ……なんか今、変な世界に行っちまってたぞ!」


「え……変な世界……??」


 無言で顔を歪ませる希望の姿は、正義にはそう見えたらしい。


「そうだよ、変な世界だよ! 『ヤバッ!』とか『ウゲェッ!』とか、何か変な顔してたぞ! なぁ希望……もしかしてだけど、やっぱ昨日あった色々で、ストレスっつーか、こう……精神的に疲れちゃってるとかないか?」


 正義は希望の肩を掴んだまま少し屈むと、心配そうに希望の顔を覗き込んだ。


「す、ストレス?? ハハっ……いえいえ、何でもないですよ! 大丈夫です! 心配しないで!」


 希望は誤解する正義を宥める様にニッコリと笑った。


 ― ヤバッ……正義さんに誤解させちゃった……ただ考え事してただけなのに……


「いやぁ、何でないって言ってもなぁ、実際変だったぞ……ボーッともしてたし。やっぱり疲れが残ってんだよ……」


 希望を心配する正義の眉が、ドンドン"八の字"に曲がっていく……


「う……うーん」


 希望の眉も八の字に曲がっていく。


 ― 馬鹿だなぁ、僕は。また一人の世界に入っちゃってたよ……本当変な癖だ。ヤダヤダ……はぁ、折角正義さんが来てくれたのに、正義さんとはもうちょっと違う話がしたかったのに。もっと"普通の話"をしてみたかったのに! なんでこうなっちゃうの!! もうダメだ、時間が無い……おじさんが来ちゃう。誤解を解く時間も無い……おじさんには30分って言っとけば良かったな。はぁ……帰らないと。ごめんね、正義さん。今から僕、嘘つくよ……はぁ、今日の僕は嘘ついてばっかだ



「そう……かも」



 希望は心の中でため息を吐くと、"疲れてる自分"を演じる事にした。


「……正義さん、ごめんなさい。僕、そろそろ帰ろうかな。家でもうちょっと休むよ」


「あぁ、そうだな。そうしよう!」


 また、正義は希望の嘘に気が付かなかった。今回は正義が誤解しているのだから、そりゃそうだ。正義は希望に向かって大きく頷く。


「……ゆっくり休め! 飯食って、風呂入って、寝れるだけ寝んだ! 体しっかり休めんだ! じゃないと心までやられちまうからな!」


 正義は力を送り込む様に、希望の肩をポンポンっと叩いた。


「元気になったら、また基地に遊びに来いよ! なっ!」


「うん!」


 希望はその言葉が嬉しくてニコッと笑った。罪悪感が少し薄らぐ。


 ― 今度会ったら、もっと普通の話がしたいな。友達の話とか、ゲームの話とか! あ……そうだ、その時はダンボールジョーカーの事ちゃんと話そう。くじで出たの本当は残念だったって……


 希望の笑顔を見て正義も少し安心した様だ。ニカッと笑うと、屈めた体を真っ直ぐに戻した。


「へへっ!! ヨッシャ、約束だぜ! あ……っと、そうだ! そうだ! 後さ、希望のおじさんにもヨロシク言っといてくれ! さっき大分疑われたからさ……俺は本当に希望の友達だって事伝えといてくれ!」


「うん! 分かってる!」


 勿論、希望はそのつもりだった。


「んじゃ、元気になれよ!! オリャッ!!」


 正義は右手でグーを作ると希望の前に出した。『友達の証』……拳を合わせろって意味だ。


「うん! ありがとう! 絶対にまた……」


 希望がその拳に向かって手を伸ばそうとした、その時、



 チーン……… 



 希望の背後で、エレベーターの開く音が聞こえた。


「あ………」


 その音を聞いた瞬間、希望の口がまたポカーンと開く。


 嫌な予感……嫌な予感がする。


 ドダドダドダドダッ……!!


『チーン……』っとエレベーターが開くと同時に、聞こえた足音。それは重量級を思わせる重たい足音。こっちに向かって走ってきている。


 エレベーターは希望の背後にあるオートロックの自動ドアの向こうにあるのだが、正義の方は希望に向かってグーを伸ばしたまま、その自動ドアの先にいる者を見ていた。驚愕の表情で……


「あれって、希望のおじ……おじ……」


 正義は何かを言い欠けた。でもその前に希望の背後の自動ドアが『ウィーン』と開く。そして、開くと、同時に



「貴様ぁ!! 希望に何をする気だぁ!!!」



 ― おじさん……また声が上擦ってるよ


 希望は思わずそう頭の中で呟いた。しかし、希望はそんな呑気な事を思ってしまった事をすぐに後悔した。だって、希望の叔父は怒声を上げながら希望と正義の二人の間に割って入ると、正義に向かって手に持ったフライパンを振り下ろしたのだから。


「うわっ! ちょちょちょちょ……っと待って下さいよ!!」


 振り下ろされたフライパンを、正義は希望に差し出した拳を解いて受け止めた。


「おじさんどうしたんすか! 危ないですって!!」


「うるさい! 何が『おじさん』だ! 貴様に気安く呼ばれたくはない!! 離せぇ~~!」


 正義に武器の自由を奪われた叔父は、その自由を取り戻そうとフライパンを押したり引いたり。しかし、正義の掴む力は強いらしい。そんな簡単に自由を取り戻せない。


「おじさん、話し合いましょ! なんか勘違いしてますって!!」


 ― ど……どうしよう


 希望は混乱した。大好きな二人が戦ってしまっている。その混乱で思考があっちやこっちやに飛びまくる。『おじさん、フライパンは料理に使うんだよ。人を殴っちゃダメなんだよ……』とか『正義さん意外と力があるな……』とか『おじさん、お腹の肉が揺れてるよ……』とか……とか……


「ええぇい! 誘拐犯なんかと話し合いなんかしないッッ!!」


「ゆ、誘拐犯ってなんでっすか! 誘拐犯は捕まったんじゃないんすか!」

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