第4話 王に選ばれし民 20 ―今始まる!!正義の英雄と悪の王の戦いがッ!!!!!―

 20


「くく……く……」


 王の肩が震え始めた。


「くくく………」


 笑っているのか……


 王は、笑っているのだろうか……


「くくくく……」


 左手が右手の手首を掴む。顔を隠す手を支える様に……


「くくく……邪魔をするな……お前に何が出来る……クズが……」


 左手が右手首に嵌められた腕輪を外した。


 外したといっても、その瞬間は見えなかった。気付けば、左手の中に腕輪は握られていたのだから。

 しかもその腕輪は蜷局とぐろを巻いた蛇の形から変化した。するりと伸びた蛇の形へと……

 その腕輪を、王は髪をかき分け額にまで持っていく。すると腕輪は、今度は額へと巻き付いた。

 まるで王冠の様に……


「我を、倒すと言うのか、小僧……」


 野獣が唸る様な声で、王は正義に凄んだ。王は正義の言葉に怒りを覚えたのだろう。この瞬間から、王の淡々としていた口調は消えて、朴訥とも穏やかとも言えた印象は一変する。


「我を誰だと思っている、我は王だ……、この世の全ては我の為にある……、その我を倒すと言うのか……」


 王は顔を隠していた右手をゆっくりと外した。


 その顔もまた以前までの王とは違う。唇を緩ませる小さな笑みを浮かべるくらいで無表情に近かったその顔は、悪鬼の様に正義を睨み、睨み付けたその瞳は白目を無くし黒一色になっていた。


「あ……」

 その姿を見たボッズーはこう思った。


 ― 王が、変身した……


 と。


 赤井正義という敵を目の前にした王は、変身をした。正義やボッズーと同じ様に。

 仮初かりそめの姿は捨てさり、本来の悪魔の姿へと……


 これが本当の王なのだろう。


「へへっ!」

 だが、王がどんな姿に変身しようが正義が怯える事は無かった。

「何が、この世がお前の為にあるだッ! 違うぜッ!! この世界はなぁ、みんなの物だ!! 一生懸命生きてるみんなの物なんだよ!! そんな世界を、俺は絶対にお前の好き勝手にはさせないッ! この世界は俺が絶対に守ってみせるッ!!!」

 そして正義は、剣を振りかざす様に王を指差した。


「片腹痛い、貴様に何が、出来る、我が子たちに負けたお前に……」


「出来るさッ!!!」

 正義は王の言葉を最後まで聞かなかった。王が言葉を言い終える前に、正義は言い返す。

「さっき俺が言った言葉を聞いてなかったのか! だったら何度でも言ってやるぜ! 俺は絶対に強くなるッ!! そして、お前を絶対に倒すッッ!!! 後悔させてやるぜ!! 今日、俺を殺さなかった事を!! 俺をお前の敵に選んだ事をなあッッ!!!」



「フハハハハハハハハッッッ!!!」



 突然、王が笑った。


 髪を振り乱し、天を仰ぐ様に両手を広げて。その姿はデジャヴだ。正義を煽り続けたピエロの姿とそっくりだ。やはり、王はその言葉通りピエロの親なのだ。


「強くなる、我を倒す……どこにその自信がある!!」


「心だよ!!」

 またもや正義は間髪入れずに王に反論した。


 王と正義の応酬はまるで決闘。特に正義は、力の限りにぶつかって行っていた。己の身を潰しても構わないとでも言うように。


「俺の心に、《正義の心》がある限り!!」

 正義は強い力で自分の胸を叩いた。

「お前みたいな悪魔に負ける訳がないんだ!!」


「フッ……正義の心だと、そんな物は無い、この世にあるのは悪だ、全ての物は悪から生まれた、全ては妬み、憎しみ、己の欲を満たす為に人間は生きてきた……正義などという物は無い!!」


「あるさッッッ!!! 正義ってのはなぁ、心の中にみんなが持ってるもんなんだよッ!!」


「くだらない事を言うな……全ては詭弁だ、己の思うままにしたいだけ、その為に人間は正義という言葉を使う、その為に生まれた言葉だ……」


「いんや、違うね! あるんだよ!! 正義はッ! 言いか、俺は知ってんだ……強い奴に立ち向かう、勇気ある心ッ! 大切な存在を守る、愛する心ッ! みんなの幸せを信じ、夢見る心ッ! か弱い者をいたわる、優しい心ッ! それは全部正義だ! 正義になるんだ!! 俺はそれを大切な友達から教わったんだ!!」


「友……そこの鳥の事か?」


 これに言い返すのはボッズーの番だ。


「違うボズ!! セイギにはまだ仲間がいるんだボッズー!!!」


 しかし、それを王は鼻で笑った。


「ほぅ………その仲間は何処にいる、負傷した貴様を支える者は何処だ、居ないではないか、これが人間だ、だから我がいる、貴様に正義を教えたという奴等ですら、我等に怖じ気づいて貴様を見捨てた!!」




「見捨ててなんかいないわよッッッ!!!」




 突然、正義の背後から女性の声が聞こえた。


 その声を聞いた正義はブルブルッと背筋が凍る感覚を覚えた。だって、その怒りに燃える声は遠い記憶を思い出させたから。

 イタズラをしているといつもあの子に見付かった。『なにやってんの! せっちゃん!!』と、いつもあの子は正義を叱った。

『あぁ……また怒られちゃった……』そう思ったあの時と、背後から聞こえた声は全く同じ声色だった。でも、その声を聞いた正義の顔には笑顔が浮かんだ。体の痛みも忘れさせる程の喜びが、正義の中に湧いたんだ。


「勝手に結論付けないで!! そっちが予定より早く来たんじゃん!! ムカつく、本当にッ!!!」


 王に向かって叫びながらその声は草原の草をザッザッと踏みしめる音と共にドンドンこっちへと近付いてくる。

 でも、その草を踏みしめる音が二つある事に正義は気付いた。


「へ……へへっ!!」

 何故だろう、鼻がツーンっと疼いた。正義の顔には喜びが湧いて特大の笑顔が浮かんでいるのに、何故だか目には涙が溢れてきた。

『懐かしい友達に久々に会えたからだろうか? 二人が来てくれた事を頼もしく感じたからだろうか?』……正義は考えた。

 でも、その答えは分からなかった。

 分からないけど、涙がこみ上げてくる。

『これをキザなアイツに見られたら恥ずかしい。後で絶対に弄られる……』そう思って正義は、二人に振り向く前に手の甲で涙を拭こうとした。

 しかし、その左の肩に誰かが手を置いた。ちょっとゴツい。女の手じゃない。

「あっ……」

 ハッとした正義が、咄嗟に振り向いたその目の前に、青いハンカチが差し出される。


「ほら……拭けよ」


 ハンカチを差し出した手は、正義の思い出の中より少しゴツくなっているけれど、すらりと伸びた長くて白い指は相変わらず。


「へ……へへっ!」

 正義はその友の顔を見ようと頭を上げた。相変わらず背がでかい、正義とは頭一個分の差がある。

 そんな友は、心配そうな表情で正義を見ていた。

 相変わらずに端正な顔立ち。取っつきにくそうな雰囲気も相変わらず。でも、その手が傷付いた正義の体を支えようと、そっと正義の腰へと回される。

 何も変わらない。思いやりのある奴なのに照れくさくて人嫌いな雰囲気を出してしまう……少年から青年へと成長してるけど、毎日遊んでいたあの頃と何も変わらずの正義の友が、今ここにいた。

「へへっ……ありがとな!」

 見られてしまったものは仕方がない。正義は差し出されたハンカチを受け取ると、そっと目元を拭った。


「なに? どうしたの?」


 もう一人の彼女が正義の真横に立ち止まった。


「へへっ! なんでもねぇよ!」

 そう言いながら、正義は彼にハンカチを返し、彼女に振り向く。

 今度は逆だ。彼女の方が正義より頭一個分小さい。これも昔からだ。そして、負けん気強そうな顔も昔と変わらない。ちょっと化粧っけがあるくらいで、もし街中でたまたま会っても彼女だって分かる自信がある。

 そりゃそうだ、正義と彼女は幼稚園からの仲なんだもの。


「やっと来てくれたんだボッズーね! 待ってたんだボズよ!!」


 ボッズーも二人に会えて嬉しそうだ。

 喜びの舞なのか?正義の足元で左右に小さく揺れている。


「へへへへっ! ありがとうな。来てくれて!!」

 正義は二人に笑い掛けた。ちょっと照れ隠しの笑いだ。

 正義は本当は二人の名前を呼びたい。でも、『名前を呼べば世界中に二人の名前が知れ渡ってしまう』、正義は今はそっと、心の中で呼び掛ける。


 ― もう一回言う、ありがとうな。来てくれて……勇気、愛!!


「へへっ! 久しぶりだな、二人共!!」


「こっちこそ、久しぶり! 遅れてごめんね!!」

 愛は美しい笑顔で微笑み返す。


 勇気の方は、


「………。」


 照れくさいのか仏頂面でただ頷くだけ。


「へへっ!!!」

 予想通りの二人の反応、それを見た正義は数年ぶりの再会が嘘のように思えた。

 そして、正義は勇気の肩をポンポンっと叩くと腰に回された彼の手をそっと外した。


「おい……大丈夫なのかよ?」


「ん? なんだボズ?」


「無理しないで、せっちゃん!」


 三人が心配して声を掛けてくれた。


 でも、正義はもう大丈夫。勇気と愛と再会した正義の手足の震えは、いつの間にやら消えていたのだから。


「へへっ!! 大丈夫、二人が来たらなんかもっと力が湧いてきたぜ!!!」

 正義はニカッと三人に笑い掛けると、腕をグルングルンと回して再び王に向かって振り返った。その目付きはすぐに変わる。王に振り返った正義の目付きは鋭くなる。

「どうだよ! 早速お前の腐った考えは否定されたな! 俺には仲間がいる! 友達がいるんだ!! 正義は必ずあるって事が分かったかッ!!」


 正義は王に向かって叫ぶと、一気に走り出す。目指すは高台の先、少しでも足をズラせば落ちてしまう。そんなギリギリの危ない場所まで。


 でも、ここが良い。ここが一番良い。


 ここが今、一番王に近付ける場所だから。


「へへっ!」


 正義は高台の先に立つと王を睨んだ。


「戯けた事を……何が仲間だ、貴様の様な、空っぽで中身の無い理想を口にする奴が、悪意に染まるところを、我は何度見た事か」


「悪意?? そんなもんに染まって堪っかよ!!」

 今度も正義は、王の言葉に一秒の間もなく言い返した。

「俺はそんなもんに染まる程、甘ったるい覚悟でここに来た訳じゃねぇんだ!! 俺は絶対にお前を斬る!! 正義の心でお前を斬るッッ!! 良いか、耳かっぽじって良く聞いとけッ!!」


 しかし、王は己の主張を曲げるつもりはない。王はゆっくりと腕を上げ、正義を指差した。


 同時に正義も王を指差す。


 これは正義と王の魂と魂のぶつかり合い。

 相容れぬ事のない二人の主張、真逆の言葉がぶつかり合う。

 どちらが正しいのか………その答えが出る時は、戦いが終わりを告げる時



 そして、二人の言葉が重なり合う。



「貴様が言う、正義は、いつか悪意に染まるだろう……漆黒の悪へと。その時、貴様は、我の友となる」


「正義の心でぁくを斬るッ! 赤い正義ッッ!! ガキセイギッッッ!!! 忘れるなよ……これがお前を倒す男の名前だッ!!!」



 宿敵との出会いが、赤井正義の運命を加速させる……

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