第4話 王に選ばれし民 19 ―俺だよ!!!!!―

 19


 赤井正義は、


「俺だよ!!!!!」


 そう叫びながら、腹の上のボッズーの頭を鷲掴みにして、勢い良く立ち上がった。


 突然後ろから頭を掴まれたボッズーは


「うわぁ!!」


 と驚いたが、その声色は喜びの感情に満ち溢れていた。


「ひぇ~ビックリしたボッズー! せぃ……あっとととと! ガキセイギ! やっと起きたかボッズー!!」

 ボッズーは『正義』という名前を口にしそうになって、慌てて言い直した。

 今は世界中に自分の声が伝わってしまう。英雄の正体が誰なのか、ソレは秘密にしなきゃいけない事なんだ。


「へへっ! あぁ……待たせたな……」

 正義はそう言うと、ボッズーを自分の肩へと乗せ、ニカッとした笑顔を見せた。


 しかし、


 ― ん………?


 ボッズーは気付く。


 その笑顔が"いつも通り"の笑顔じゃないって事に。


 正義は"いつも通り"に見せようとしている。


 でも……違う


 いつもなら爛々と輝く正義の瞳が、光を失い、何処か遠くを見ている様に虚ろで、焦点もあっていない。いつもなら大きくニカッと開く口も、口角が上がらず、頬が痙攣の様にピクピクと震えるだけ……


「あっ………あ……」

 ボッズーの喜びは一瞬にして消えた。正義のこんな姿を見るのは初めてだった。どんな時でも笑顔で立ち向かう正義が、その笑顔を作る事すら出来なくなっている。


「ハァ………ハァ……ボッズー、どうした?変な顔すんなよ……へへっ……」


 ボロボロだった………


 正義の体はボロボロだった。


 眠りから覚めて、体の傷が元通りに回復しているなんて奇跡が起こる訳がなく、正義の全身には芸術家と騎士から受けた攻撃のダメージが走り続けていた。

 特に騎士から受けた攻撃のダメージは凄まじく、白いTシャツの向こうの胸にはどす黒い痣が浮かんでいた。いや、今の正義の体の中で、痣が無い所を探す方が難しい。全身の痛みが心臓を叩き、乱れた鼓動が吐き気を呼び、手足は寒くもないのに震えてくる。本当なら立っている事すら困難なくらいなんだ。

 そんな凄まじい痛みと正義は戦っていた。


 でも、正義はその辛さをボッズーに見せようとはしなかった。見せるのは笑顔だけ……

 正義は必死に強がって、いつもの自分でいようとしているんだ。


「へへっ……どうしたんだって……ボッズー?変な顔してさぁ?」


 そして、正義はまた笑った。


「ん……あっと……えーっと」


 だけど、ボッズーはその"無理"を指摘する事が出来なかった。


「へへへっ……いや、なんでも無いボッズーよ!」


 もし王と対峙する前のボッズーだったなら、『強がってないで寝てろボッズー!』と強く言ってしまっていたかもしれない。

 でも、今は正義が強がる理由が分かる。

 正義は『ここで弱さを見せる訳にはいかない!』……と、気丈に振る舞おうとしているんだ。

 ピエロと対峙していた時と同じく、世界中のみんなの希望になる為に。

『王を目の前にして一ミリの弱さも見せてはならない……』と。


 だから……ボッズーもその笑顔に答える。

「へへっ……目が覚めてお前は早速笑うのかって思ったんだボズよぉ! しかし本当によく笑う奴だなぁボッズー!! こっちはどんだけ心配したか!」


「へへっ、ごめん……ごめん……それにしてもお前の叫び、良い目覚ましになったぜぇ……ありがとうな」

 正義はそんなボッズーにまたニカッと笑いかけた………今は"正義の中では"だが。


「むむぅ! なんだよそれ! こっちは一人で戦ってたんだぞボズ! 何が良い目覚ましだボズ! ノーテン気な奴だなぁボッズー!!」


「へへっ……」


 正義はボッズーの頭をゆっくりと撫でた。ボッズーへの感謝の気持ちを込めて。


 ― ありがとうな。ボッズー。お前は本当に優しいぜ……俺の嘘に付き合ってくれて


 正義は気付いていたんだ。ボッズーが、本当の事に気が付いているという事を。


 ― でも、安心してくれ。体が痛ぇだけなんだ……負けた気にはなっちゃいないぜ


「ふぅ………さて、どうやら敵の親玉が現れてくれたみたいだなぁ」

 正義は血と汗で濡れた前髪をかき上げながら、肩に乗せたボッズーを草原の上へと降ろした。

「ふぅ……ちょっと気合い入れないとだな」


「気合い? 何するつもりだボズ!!」

 ボッズーの表情が険しく変わる。『ボロボロの状態なのに、これ以上何をするつもりなんだ!』と思ったんだ。


「へへっ……大丈夫。次は俺の番……ってだけだよ」

 そう言うと、正義はさっきみたいに空気を大きく吸い込んだ。

「すぅ~~~~~ッ!!」

 確かに正義はボロボロだ。でも、精神的にはへこたれちゃいない。漲る闘志は変わらずそのまま。肉体的にはもう戦える状態ではないが、精神的には違う。

 空気を吸い込んだ正義は、王を睨み付け、そして、心の中の大剣を構えて威勢良く叫んだ。

「お前が王かぁッ!! やっっっっっと! お目にかかれたぜ!! なんだか想像してたのと違って、思ってたよりも爺さんだなッ!!!」


 まるで拡声器を使ったかの様な大声。ボッズーは『そんなボロボロなのに、どこからそんな力が出せるんだよ……』と思った。

 でも、思い出してほしい。芸術家と戦った時の正義の事を。正義は悪に立ち向かう時には、どんなボロボロの状態でも《正義の心》を燃やして力を沸き上がらせる事が出来るんだ。


「いや、爺さんは爺さんでもやっぱ王だな! 流石だよ! 白くてフワフワしててまるでソフトクリームだ!! スッッゲェよッ!!!」

 正義の口から飛び出したのはまるで軽口。でも、これが正義流。

「へへっ! でもなぁ、悪いけどなぁ!! お前を止めるのは俺だ!! お前は、絶対に俺が倒すッッ!!」



「そうか……」



 しかし、流石に相手は王だ。ピエロの様に動揺はしない。この言葉を受けても、王は顔色ひとつ変えなかった。


 そして呟く……。ボソリと。


「我を倒す……貴様がか……」


 王の瞳は真っ直ぐに正義を見詰めている。己を倒すと言う男の事を王はどう思うのか、その朴訥とした口調からは読み取れない。


「あぁ!! 世界の平和は俺が絶対に守ってやるッ!!」


 正義の勇猛果敢な宣言。


 この宣言を受けた王は、ゆっくりと瞼を閉じた。


「そうか………」


 そう呟く王の唇が、三度目の笑みを見せる。


 そして、その笑みを隠す為なのか、王は右の手のひらを顔に向けると、枯れた木の枝の様な長い指で自らの顔を覆い隠した。


「くく……く……」

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