第4話 王に選ばれし民 17 ―民を従えし者……その名は―

 17


 雲が人の形を成した……とても奇妙な出来事だ。

 しかし、ボッズーはたった一日の内に幾つもの不思議な出来事に遭遇した。だからか、『驚くのはもういい……』一度は唖然とするも、突然スイッチが入った様にそう思った。

 このある意味で"悟り"とも言える境地に達した時、ボッズーの中で"唖然"は消えて、その後のボッズーはボッズー自身でも意外な程に、この天空に現れた老人の姿を冷静に観察し始めた。


 先ず最初にボッズーが思った事は、『この男は"老人"と呼ぶには相応しくない』という事。


 何故ボッズーがそう思うのか……それは、ボッズーは『老人』という言葉には『弱々しい』という意味が内含されていると考えているからだ。

 それは偏見とも言えるかも知れない。しかし、体力や力の強さだけで言えば、老人は若者に勝る事は難しい。ならば『その人は老人の様な力しか出せなかった』という様な例えを使った場合、その者が『力の弱い者』と読み取る人の方が多いのではないだろうか。ならば、ボッズーの考えも安易に否定出来るものではない。


 勿論、ボッズーも老人を(ここでいう老人とは天空に現れた男ではない)ただ弱々しい存在とだけ見ている訳ではなく、『老人』という言葉を自分の中で構築する際に『弱々しい』という意味が含まれるだけだ。


 では、天空に現れた男は『弱々しい』だろうか?


 ボッズーは、この質問を受けた場合、すぐに首を振るだろう。

 鋭くも聡明な顔付きや、全てを見透みとおしている様な瞳の力の強さを見ると、ボッズーには男を『弱々しい』とは一切思えなかった。

 確かに男の顔に刻まれた深い皺だけを見ると、ボッズーも男を『老人らしい』と思いはする。だが、ボッズーは『男の顔に刻まれた深い皺にこそ"王たる者の威厳"が、"恐ろしさ"が見えてくる……』そう思っていた。



 そんな思考を巡らせていた時、ボッズーは、はたと気付いた。



 ― 王たる者の……



 自然と頭に浮かんだこの言葉の存在に。


「あっ………」

 そして、この言葉を使っている時点で、ボッズーは自分自身が男が何者かハッキリと理解し認識している事に気が付いた。

 そして、ボッズーは『お前は誰なんだ………』と呟いた自分を笑った。『考える必要の無い事に頭を巡らせていた俺は、なんて間抜けなんだ』と……


 だって、ピエロが男の名を既に口にし、ボッズーはその名を確かに聞いていたではないか……



《王》



 と………



 そう、男の名は《王》



 生きとし生ける者たちの素晴らしき命が宿る、この美しい世界を滅ぼす為に現れた悪魔……



《王に選ばれし民》の頂点に立つ者だ

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