第4話 王に選ばれし民 15 ―聞こえてくる声―

 15


 正義の救出に成功したボッズーはある場所へ向かう事を決意していた。

『グッタリと眠る正義の体を癒すには、その場所へ行くべきだ……』と何故かそう感じたんだ。

 だから太陽に向かって急上昇で飛び上がったボッズーは一気に方向転換、体を斜め下に向け、"上の翼"に取り込んだ風を"下の翼"でジェット噴射が如く噴き出すと、今度は下降へと転じた。


「ケケケケケケケケッ!! 鳥ちゃんの方はバカセイギよりも頭が良いらしいなぁ!! そうだよ! そうだよ! 負け犬はケツ向けて逃げりゃ良いんだよ!!」


 遠退いていくボッズーの背中を見ながら、ピエロは唾を吐くように笑った。

 ピエロは、ボッズーが恐れをなして逃げ出したと思ったんだ。


 でも、それはピエロの勘違いだ。それは傲りとも言う。


 確かに敵は強かった。ボッズーも正義も傷付いた。だが、それでもボッズーは負けたつもりなんて無かった。逃げてるつもりも無い。

 だって、ボッズーは正義を助けられたのだから。

 正義は人類の希望だ。ボッズーはその希望を繋ぎ止める事に成功したんだ。これはボッズーにとって、信念のある後退なんだ。『希望さえあれば、人類は決して"侵略者"などに負けはしない……』、ボッズーはそう信じてるから。

 だから、ボッズーはピエロに言い返す事はしない。

 どんなに蔑まれようが、ただ黙ってボッズーは飛び続けた。稚拙な嘲笑になど耳を貸してる暇は無いんだ。

『今は、"赤井正義という希望"を、安全な場所まで送り届ける……それが自分の使命だ!!』とボッズーは燃えた。そして『その場所にはきっと、更なる希望が"待っている"んだ!!』と信じて、ボッズーは目的地まで急いだ。


「ケケケケケケケケッ!! 哀れ、哀れ!! 哀れだよぉ~~!! ケケケケケケケケッ!!」


 ― なんとでも言え……馬鹿にしたかったらすれば良いボズ……


 ボッズーは心の中で呟いた。


 ― 今に見てろ……今に見てろボッズー!!


 ボッズーは飛び続ける。加速を増して飛び続ける。


 ……ほら、もう少しだ。


 ビルとビルの隙間の向こう側に、まるで雲みたいにモクモクと繁る葉っぱを生やした大木が見えた。


 ― ヨシッ!!


 ボッズーはここまで来ると、翼の形をビュビューンモードから元の二本の翼へと戻した。『もうビュビューンモードに頼らなくてもOK!』ボッズーはそう判断し、ビュビューンモードの余力だけでビルとビルの隙間を通り抜けた。


 ― あぁ……やっと着いた…… 輝ヶ丘の大木だボズ!!


 ボッズーの顔は安堵の色へと変わる。

 体に鞭を打って飛び続け、ボッズーはもうクタクタだった。でも、もう頑張る必要はない。やっと安心出来る場所まで到着したんだ。


「さて……」

 ボッズーは着陸の姿勢に入る為に、大木から少し視線を反らし草原を見た。


 柔らかそうな草が風に吹かれてソワソワと揺れている。


 しかし、その草原を見たボッズーの顔は何故か一瞬暗く曇る。


「なんだよボズ……誰も居ないじゃないか。誰も……」

 ガッカリした様子でそう呟くと、ボッズーは大きな翼で羽ばたきながら正義を草原の上へと降ろした。

「ふぅ……疲れたボズ」

 そして、ボッズーは辺りを見回す。

 ここに来れば、何か正義の体を癒す方法がある筈だとボッズーは思っていた。

 それは直感というものだ。だから実際は何をしたら良いのか分からない。でも、必ず何かがある筈だった……

「とりあえず、大木の中に連れて行くかボズ……。でも、それには腕時計の力が無いと……」


 そう言うとボッズーは正義の手首を掴んで、腕時計のベルトの部分をいじり始めた。腕時計を外す為だ。


「う~ん……」

 しかし、出来ない。

「そっか……そうだったボズね。コレは装着者自身じゃないと外せないんだったボズよね」

 ため息と共にボッズーは言葉を吐き出し、再びガッカリとした表情に変わる。

 実は、この時点でボッズーの予想は一つ外れていたんだ。

 ボッズーは『輝ヶ丘の大木が立つこの高台に来れば、勇気や愛が自分達を待っていてくれている筈!』……そう考えていた。


 でも、その予想は外れた。


 だからボッズーはさっき『誰もいないじゃないか』と独り言を言ったんだ。


 ― 勇気達さえいれば、腕時計の力を借りれるのにボズ……


「仕方ない……」


 気を失った正義に無理をさせたくは無かった。しかし、大木の中へと連れていくにはそうするしか無い……


「正義……起きてくれ。輝ヶ丘の大木に戻ってきたんだぞ。あの中に行こうボズ!!」

 ボッズーが呼び掛けると援護する様に草原の草が正義の頬をくすぐった。

 ボッズーも正義の体を揺さぶる。

「正義、起きてッ!!」


 ………


 ………


 ………


 …………ダメだ。


 全く目覚める気配が無い。

 やはり正義が受けたダメージは大き過ぎたんだ。


「ケケケケケケケケッ!! 少しやり過ぎちゃったなぁ~!! あぁ~後で王に怒られちゃう! ケケッ! ソイツが調子に乗るからだよ!! 再起不能、もう無理ッ!! おわりぃ~~~」


 ピエロがまた笑った。


 スクリーンから大木までは遠く離れている筈なのに、ピエロの不快な声は相変わらず鮮明にボッズーの耳へと届く。


 ― そんな事ない……そんな訳が無いボズ。正義はこんなところで終わる奴じゃ無いボズ……


 そう心の中で呟いて、ボッズーがもう一度正義に呼び掛けようとした時、






「終わりではない」

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