第2話 絶望を希望に変えろ!! 3 ―動き出した二人―

3


「お……おう!」


「ぐへへぇ~~」


 タマゴの目には既にバニラアイスが見えているのかもしれない、言葉が終わりに近付くにつれてタマゴはテンションが上がっていって、夢を語るように瞳が輝き、最後にはヨダレすら垂らしていた。

 少年の財布事情を考えるとハーゲンダッツを三個となるとかなり痛かったが、人一人の命がかかっているんだ。タマゴの大好物を買ってあげるだけで救出出来る可能性が高まるのならば『三個で約千円なんて安すぎる!』少年はそう思った。


「へへっ!! 分かってるよ! ありがとな!」


「ハハ! お安いご用さボッズー! あ、安くはないか! んで、探すのは女だボッズーね?」


「ん? う~ん……どうだろ? やっぱ性別が分かってる方が探しやすいんだよな?」

 タマゴの確認に、少年は首を傾げた。


「そうだボズね。性別とか、年齢だボズね。なんだボッズー、どうしたんだ?女の筈だろ?」

 何故タマゴがそう思うのか、

「だって、お前がボンたちのリーダーを怪しみ始めたのは『仮面バイカーダンボールジョーカー』の人形を見付けた時からだろボズ? リュックの中に居たからって、そんくらいは分かってるボズよ!」


「おっと、流石だな」

 少年がタマゴの勘の鋭さに関心しているとタマゴは話しを続けた。


「その怪しんだ理由はよく分かんなかったけど、お前の様子が変になったのは分かったボズよ。そん時、お前は聞いたボズな『これはお兄さんのですか?』って、そしたらアイツは『この間乗せた女のだ』って答えたボズ。俺は全部聞いてたぜボッズー。だから、お前は女が拐われているって思ったんじゃないのかボッズー?」


 このタマゴの質問に、

「う~ん……いんや……」

 少年は考え込む様な表情で腕を組んだ。

「俺はその言葉を信用しなかったんだ。まずな、俺が何で『ダンボールジョーカー』を見付けてアイツを怪しんだかって説明するとさ、その『この間』って言葉なんだよ」

「それが変だったのかボズ?」

「あぁ……」

 少年は頷いた。

「あの『ダンボールジョーカー』ってコンビニくじの景品なんだよ。お前、覚えてるか? 俺が去年アイツにそのくじめっちゃ買わされたの」

 ここで少年が言った『アイツ』とは、彼の妹の事だとタマゴはすぐに理解した。

 タマゴはコクリと頷いて少年の質問に返した。

「うん、覚えてるボズよ」


「だからさ、今年はいつ始まんのかなぁ~って前々から調べてたんだよ。アイツって結構強引なとこあんじゃん? 去年だって『もう無理!』って言ってんのに、何度もねだってきてさ、結局俺のこずかい丸々くじに注げ込むくらいになっちゃって……」


「うん、うん」

 少年の話しを聞いて、タマゴは去年の出来事を鮮明に思い出した。タマゴの脳裏に、財布の中身を確認しては溜め息をつく一年前の少年の姿が浮かぶ。


「だから、くじの発売があんまり早いと困んなぁ~って! "今日"の為の旅費ちゃんと貯まんないんじゃないかなぁ~ってさ!」


「で、それはいつだったんだボズ?」

 タマゴは少年の答えを促した。少年の話が少し愚痴の方に傾いてしまっていると思ったから。


「あぁ~ごめん、ごめん! へへっ!」

 と少年は謝ったが、別に愚痴に傾いていた訳じゃない。少年は説明をしていただけ。

 少年はダウンジャケットのポケットに手を突っ込むと、そこから『ダンボールジョーカー』の人形を取り出して、タマゴにそれを見せた。


「これ、今日が発売日なんだよ」


「へ? 今日ボズか?」


「あぁ、だから変だろ? あの兄貴って奴が言った『この間』ってのはさ。これ、今日からしか買えないのにさ。まぁ、勘違いでそう言ったのかも知れないっても考えたよ、でも探りを入れてみたらアイツさ……」


 ここでの『アイツ』はリーダー格の男の事だ。


「……車に『昨日の夜中からずっと乗ってる』って言ったんだ。おかしいだろ? 昨日の夜中からずっと車に乗ってて、今日発売日のこの人形が落ちてるならアイツが知らない訳無いんだ。いや、人形に気付かなかったにしても、誰が落としたのかの心当たりは必ずある筈なのに、何故かアイツは『この間の女が』って答えた。まるで誰も今日はこの車に乗らなかったかの様にさ。だから、俺はアイツが何か嘘をついている。俺を騙そうとしているって思ったんだ」


 これが少年がリーダー格の男の怪しさに気付いた切っ掛け。それはほんの少しの男の凡ミスだった。男はたった一言の誤魔化しで、少年が疑問を持つきっかけを生んでしまっていたんだ。


「じゃあ、アイツが言ってた『この間の女』とは違う人が捕まってるって事になるボズか?」

「う~ん……」

 少年は人差し指で頭をポリポリと掻いた。

「それは分かんない。でもさ、咄嗟に嘘をつく時ってあんまり後先考えてないから、本当の真逆を言いがちじゃね?」

「う~ん……そうなのかボズ?」

「うん、そんな気がするんだ。それに……」

 少年は手に持つ『ダンボールジョーカー』の人形を見詰めた。

「……やっぱ、『仮面バイカー』って子供のヒーローだろ? なんか、子供って気もするんだ」

 そこまで言うと、少年はパッと顔を上げてタマゴを見た。

「どちらにしろ、誰かの命が危ないかもってのは変わらない。大人かも子供かも分かんない、女の人かも男の人なのかもな。でも、とにかく助けるしかないんだ!」


「そうだな……」

 パチパチ、タマゴは二回まばたきをした

「……本当は性別とか年齢とか分かってる方が探しやすいんけど、とにかく頑張ってみるぜボッズー! 俺に任せろボズ!」

 タマゴは小さな手で胸をドンッと叩いた。


「あぁ、頼むぜ!」

 少年はタマゴに向かって右手の親指を立てて見せた。

 そして、それから自分のリュックへと近付いた。


「俺はこの部屋を出て、身を隠せそうな場所に隠れるから、捕まってる人を見つけ出したらこっちに連絡をくれ!」

 そう言って少年がリュックの前ポケットから取り出してタマゴに見せたのは、金の縁に大きな白い文字盤がある腕時計。

 白い大きな文字盤の中には小さな文字盤が何個もあって、秒針分針時針の区別がつかないほど針が無数にあり、中にはネジ曲がった針や半時計回りをする針もあった。

 『時刻を知りたければ他を当たれ』と言いたげな妙な時計だ。

 そして『こっちに連絡をくれ!』と言われても、『腕時計にどうやって?』と思うのが普通だが、タマゴはその方法と意味を知っている。少年の頼みにただコクリと頷き返した。

「分かったぜボッズー!」


「うん!」

 それから少年はチョウが出ていった扉に近付いて、内鍵を閉めた。

 チョウはこちらの扉から戻ってくる可能性が高い。その時扉が閉まっていれば、工事内部に入って少年が連れ込まれた方の扉からチョウはこの部屋に戻ろうとするだろう。ほんの少しだが時間稼ぎになる。


 そして、次に少年は自分が連れ込まれた方の扉に近付き、扉をチラリと開け、おもてに誰もいないのを確認すると、タマゴに向かって『こいこい!』っと手招きをした。


「大丈夫そうボズか?」


「あぁ、まだ誰も戻ってくる気配はない」

 少年は扉を大きく開いた。

「んじゃ、頼んだぜ!!」

 少年が押し出すようにタマゴの背中をポンっと押すと、


「ほいやっさ!!」


 気合いの声をあげて、タマゴはボンを連れて工事の闇の中へと飛び立っていった。

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