第3話 空が割れた日 11 ―どこだここは?―

11


「な……なんだ? ……なんだよこれ!! どこだ……おいッ! ボッズー!! 希望!!」


 正義は二人の名前を叫び、辺りを見回した。

しかし、そこには誰も居ない。何も無い。ボッズーも希望も、大木も、草原も、輝ヶ丘の町も何もかも……

 正義の目に映るのは、何も無い。純白の世界だけ。


「どこだここ……何が起こったんだよ!」

 正義の声が、白色以外の全ての色を無くした、平坦で広大な世界に木霊する。

「何なんだよ……」

 正義は髪の毛を掻き回しながら考えた。

「もしかして、『世界の破滅』ってこういう事なのか……それじゃあ、まさか」


「安心して下さい……」


「えっ!」


 突然、何処からか声が聞こえた。辺りには誰もいない筈なのに。


「……貴方の仲間も、町も大丈夫。無事ですよ。私が、貴方をこの世界に転送させただけですから」


 その声は子供の声に聞こえた。まだ声変わりもしていない幼い子供の声。


「だ……誰だ? 『転送』ってどういう事だ! 俺はこんな所に居るわけにはいかないんだ! 帰してくれ!!」


 正義は声の主を探して急いで辺りを見回す。



 だが、驚いた……


 やはり、誰もいない……



 誰もいないこの場所で、声だけが聞こえてくる。



「大丈夫、慌てないで、私は貴方と少し話しがしたいだけなのです。戦いが始まる前に、ガキセイギである貴方と……」


「え……!」

 正義の眉はピクリと動く。

「戦いが……って、ガキセイギって、何故それを!」


 正義は驚いた。

『自分達しか知らない筈の秘密を何故……』と。だが、それと同時に『この声の主は敵ではない』とも思っていた。

 自分を慰める様に話す口調は、とても穏やかで、優しく心地の好い物だったからだ。そして声を聞いている内に、正義が感じた疑問はもう一つ、それは『はたしてこの声の主は本当に子供なのか?』という事。正義は思ったんだ。『声の質は確かに子供みたいだけど、ゆったりと話す口調はとても大人びている。老人にだって思える……』と。

 だから正義は再び頭に手を伸ばす。髪を掻き回す為だ。


 今、正義を囲む世界は不思議しかなかった。

 真っ白な世界に、姿を見せぬ声、しかも声は正義達の秘密も知っている。考えれば考える程にあまりにも不思議で、正義は不思議過ぎて、考えている内に『もしかして自分は夢でも見ているのではないか?』と疑いたくなってしまった。


 それもそうだろう。純白の世界に謎の声……しかもそれだけじゃない。この世界に入る前には二つの不思議な感覚にも襲われている。

 正義が夢ではないかと疑いたくなるのも当然だ。連続して起こる不思議な出来事をすぐに受け入れられる程、人間の頭脳は柔軟ではないのだから。


 しかし、


 夢など見ている訳が無い事は正義自身が一番よく分かってる。『今、目の前で起きている事は全て現実なんだ。受け入れるしかないんだ』と。だから、正義は全てを受け入れて、この謎の声と対話を取ろうと考えた。


「なぁ……君は誰なんだ? どうして俺達の秘密を知っている? それに何処にいるんだ? 姿を現してくれ!」

 正義はそう呼び掛けた。でも、


「姿を……ですか。そうですね……残念ながら、それは無理。私の体は、もう何処にも存在しないのですから」


「え? 存在……しない?」


 また不思議だ。不思議な返答が返ってきた。


「そうです。もう私は、貴方の前に声という形でしか現れる事が出来ない」


 正義は訳が分からず、五本の指で頭をガリガリと掻きむしった。


「そ……そうなのか? じゃ……じゃあ、せめて君が誰なのか教えてくれ」


「ふふっ……」

 突然、声が笑った。

「……その癖、昔と変わりませんね」


「え……?」

 正義の指は止まった。

「昔って……俺達、会った事があるのか?」


「えぇ、大分昔の出来事ですけど」

 懐かしそうな口調で声はそう言う。


「む……昔か。子供の時か? 何処で?」

 正義は心当たりを探して子供の頃を思い出そうとした。でも、姿が見えないんじゃ分からない。


「私が……貴方の前に人間として姿を現せられれば良かったのに。そうすれば、すぐに思い出してもらえる筈なのに……」

 残念そうに声は言った。

「しかし、これならどうでしょう。瞼を閉じてみて」


「瞼を? と……閉じるのか?」


「えぇ、この体験をすれば思い出してもらえる筈……」


「体験? な……なんだか、よく分からないけど……」

 正義は戸惑いつつも、声の言う通りにしてみる事にした。



 正義はゆっくりと瞼を閉じた。

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