第3話 空が割れた日 4 ―避難しろ!―

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 勇気は最上階の四階まで駆け上がると、教室内の生徒や教師に、または廊下の窓から空を見上げる生徒達に避難を呼び掛け始めた。


「皆、避難しろ! 今すぐシェルターまで走るんだ! 説明をしている暇は無い! 死にたくなかったら走れ!」


 声を枯らす程の大声で避難を呼び掛けるその姿は、教師や生徒達からはとても意外な姿に映った。

 それは何故かと言うと、輝ヶ丘高校の教師や生徒達の中には、勇気の事を『いつも冷静で、笑顔も見せず物静か、そしてどこか人嫌いな雰囲気のする奴だ』と誤解している者が多かったからだ。


 しかしこの誤解、今日は功を奏した。


 声を枯らして叫ぶ勇気の姿を見た一人の教師が思ったんだ。

『"物静かな彼"が声を枯らして避難を呼び掛けている……これはただならぬ事態だぞ』と。

そして、その教師は叫んだ。


「君たち! 整列しなさい!! 騒がない! 整列ッ!!!」


 轟音が鳴り響いたのは大防災訓練が始まる前の空き時間だったから、大多数の生徒は光と轟音が消えると『いったい何だ?』と教室や廊下の窓から顔を出して空を見上げていた。


 そんな生徒達に教師は呼び掛けた。

 更に、この考えを持ったのは一人じゃない。また別の教師も声をあげる。


「ほら、窓から離れて! クラスごとに分かれて整列して! 今からシェルターへ避難します! 先生の言うこと聞いて! そこ、笑わない!!」


 大多数の生徒は訳の分からぬ轟音と光に、驚きと恐怖がない交ぜとなった表情を浮かべていたが、その中には(きっと"訳が分からなさ過ぎた"のだろう)轟音と光を、『面白いもの』として捉えた者もいた。

 だが、笑顔を浮かべていた生徒達も、勇気の必死な呼び掛けと、それに同調した教師の声を聞いてやっと事態を把握した。


「え? 何? ヤバイやつ??」


「そうだよ! みんな! 先生達の言う事聞こう!」


 そして、教師達があげた号令に協力し、共に避難を促す声をあげる生徒も現れた。


―――――


 それは愛が避難を呼び掛けていた階でも同じだった。


 愛は勇気と同じ様に声を張り上げ避難を呼び掛けた。

 勇気と違って………愛の評判は悪くない。『優等生で真面目、しかも元気で明るい子』周りの人間からの愛の評判は上々だ。


 そして、これが人徳というモノだろう、愛の呼び掛けにはすぐに賛同者が現れ、避難を呼び掛ける波は一斉に広がった。


―――――


 勇気が生んだ波が四階から三階へ広がり、愛が下層階で生んだ波がそれに加わった。

 輝ヶ丘高校の生徒と教師は独自にシェルターへの避難に動き始めたんだ。



 しかし、その波の中……避難の列の中には、愛も勇気も居なかった。



 彼らは避難を呼び掛ける波が広まったのを確認すると、いつの間にか姿を消していた。

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