第3話 空が割れた日 3 ―動き出せ、勇気、愛―

3


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「勇気……くん?」

 勇気の荒れた呼吸を聞いた愛は、瞼を開いて彼を見た。

「え……」

 そして愛は驚いた。勇気の顔が汗でびっしょりと濡れていたからだ。

「だ……大丈夫? ど、どうしたの?」

 心配した愛は彼に触れようと手を伸ばす。でも、愛の手が届く前に、勇気は颯爽と立ち上がった。


「桃井……立てるか?」


 勇気は愛に手を差し伸べた。


「………」

 その姿を見て、愛の中で謎は深まった。自分に向かって手を伸ばす勇気の姿には"精悍さ"しかなかったからだ。何故勇気が叫んでいたのか、誰に向かって叫んでいたのか、現在の勇気の姿からは何も想像がつかなかった。

「う……うん」

 愛は戸惑いながら、勇気の手を取る。

「でも……何があったの?」

 勇気の力を借りて立ち上がりながら、愛は質問をした。


 でも、返ってきたのは明確な答えとは言えないものだった。


「すまない……取り乱してしまった。どうやら俺は幻覚を見ていたようだ」


「幻覚?」


「あぁ……しかし、もう大丈夫だ。俺の心に"奴"が取り憑く事はなかったようだ……」


「奴? 取り憑く? 何それ??」


「いや、細かい話はまた後にしよう。どうやら、"敵"はもう動き出したらしいからな」


 そう言うと勇気は、さっき愛が下りてきた階段に近付いた。


 階段のすぐ脇の壁には非常ベルが設置されている。勇気はその非常ベルの前まで行くと、躊躇う仕草も無く、スイッチを押した。


 ビリリリリ……


 甲高いベルの音が校内に響き渡る。


「桃井……今から皆を避難させるんだ。おそらく……いや、確実に、俺達以外にはまだ誰も今の状況を理解してる者はいない。急がないと、手遅れになる」


「う………うん!」

 愛は勇気の挙動の変化に未だ戸惑いを見せていた。だが、やらねばならぬ事を見失う彼女ではない。

「分かった……だったら二手に分かれた方が良いよね!!」

 目の前の友は既に英雄として動き出そうとしている。ならば、自分が動かぬ理由はない。


 愛の問いに勇気は頷いた。


「そうだな……じゃあ、桃井は下の階から頼む。俺は上から順番に各教室、人が居るであろう部屋を回って避難を促す」


「うん! 了解! それで、みんなを避難させた後は?」


「その答えは聞かなくても分かるだろ? 決まっているさ……向かうんだ。約束の場所に。輝ヶ丘の大木にな!」


 勇気は、愛に腕時計を見せた。大きな文字盤を持つ腕時計を。

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