第2話 絶望を希望に変えろ!! 19 ―少年は冷や汗をかく―

19


「うわっ……マっブシぃ! なんか随分久々に日の光を浴びた気がすんなぁ~」

 少年は工場を出た瞬間に額に手をかざして空を見上げた。

「スマホ壊されちまったから、実際何時か分かんないけど、こりゃ約束の時間までまだまだ余裕があんな!! 良かったぁ~~!!」

 まだ沈む気配を見せていない太陽を見て、少年はニカッと笑った。


 少年は工場に連れ込まれてから脱出まで、体感として半日近くもかかった気がしていたが、実際の時間は一時間も経っていないくらいだった。


「さて、アイツはどこに行ったんだ?」

 少年はそう呟くと、腕時計の文字盤の横に付いたりゅうずを右手の親指で押した。

 文字盤がパカッと開く。

「お~い! 聞こえてるか? そっちは何処に居る? こっちは終わったぜ!」


 少年が軽い口調で喋り掛けると、開いた文字盤の中からすぐに半透明の映像のタマゴの顔が飛び出した。


「はいはい、もしもしぃ~~! こちら、ただ今大空を羽ばたいておりますボッズー!」


 タマゴの口調はさっきまでとは打って変わって何だか楽しそう。顔を見るとキラキラと瞳が輝いているのが分かる。


「うぇ?! 大空??」

 少年はまた空を見上げた。

「ん?」

 すると、先程は額にかざした手が邪魔して見えなかったが、今度見た空には蟻ん子くらいの大きさの黒い点が見えた。

「あっ!」

 その点を目を細めてよぉ~く見ると、その点はバッサバッサと羽ばたいてるのが分かる。明らかにタマゴだ。

「へへっ! 居た居た!」

 タマゴを見付けると少年の顔は再びニカッと笑った。

「でぇ、あの子は? あの子は一緒なんだよな?」


 そう少年が質問すると、タマゴもニカッと笑った。


「もちろん一緒だボッズーよ! この子凄いボズね、空を飛ぶの全然怖がらないボズ! 逆に楽しんでくれてるボッズーよ! だから、今サービス中だボッズー!!」


「サービス? 何だそれ?」


「ほいほい! ちと、お待ちをボズ! 今そっちに行くからなボッズー!」


 そう言うとタマゴは一方的に通信を切った。


「え? お……おい!」

『何なんだ?』と首を傾げた少年が、腕時計から目を離して空を見上げると、さっきまで蟻ん子くらいのサイズだった黒い点がハムスターくらいの大きさになっていた。

 点はドンドン大きくなってくる。でも、点はもう点には見えない。ハムスターでもなく、もう完全に鳥だ。

 点が鳥となると共に、少年の耳に叫び声とも笑い声とも取れる雄叫びが聞こえてきた。


「ワッハーーーーー!!!」


「ん? ん??」

 その雄叫びはタマゴの声じゃない。あの男の子の声だった。

 タマゴに抱えられた男の子の表情がもう少しで見えそう。

「おぉ!!」

 見えた。

「へへっ! 笑ってる!!」


「お兄ちゃ~~ん!!」


 男の子は満面の笑顔を浮かべながら、陽気な声で少年に向かって手を振っていた。


「見て見て! お兄ちゃん! 僕、空飛んでるよ!!」


「へへっ! おうっ! スッゲェなぁ!!」


 少年は男の子のその笑顔を見た瞬間に思った。


ー この子の笑顔を守れて本当に良かった!!


 ……と。


「へへへっ!」

 少年も男の子に向かって手を振った。ニカッとした笑顔を浮かべて。

 少年は心の底から嬉しかった。男の子の笑顔をもう一度見れた事が、男の子を守れた事が。三人組の男達に誘拐されて、絶望に心を染められようとしていた男の子はもうここにはいない。男の子の心から絶望が消え去った事を、男の子の笑顔が教えてくれていた。



「ほい~降りるぞボッズー!!」



 タマゴはそう言うと、翼を上向きにして下降のスピードを緩めた。

 ふわりふわり……

 風にそよがれ、タマゴと男の子は地面に向かって降りてくる。


「よいしょ~!!」


 タマゴの抜群のコントロール、二人は少年の真横に降り立った。


「わっー! 楽しい! もう一回!」


「ダメだボッズー! そろそろ終わりにするんだボズよ!」


「え~っ! もう一回! もう一回だよ~!!」


 でも、男の子は物足りないみたい。人差し指を立ててピョンピョンとジャンプしながらタマゴに向かって駄々をこねた。


「ダメだボズ! さっき言ったでしょ? このお兄ちゃんが工場から出てくるまで遊ぼうねって!」

 タマゴはニヤリと笑いながら、チラリと少年の顔を見た。

「恨むなら、この男を恨むんだボズよ……」


 男の子の耳元で囁く声は勿論少年にも聞こえた。


「え? 何だよそれ?!」


 少年はキョトン……


 でも、その顔を見たタマゴと男の子は声を合わせて笑った。


「ワハッ!!」


「ハハッ!!」


「じゃあ分かった! お兄ちゃんのせいで今日はここまでで良いよ!!」


「おいおい! 何で俺のせいになんだよぉ~~」


 口を尖らせて少年は男の子に抗議した。

 でも、今のは勿論タマゴと男の子の冗談。そして、少年もそれを分かってておどけた表情を見せたんだ。


「ワハハッ! 変な口ぃ!!」


「へへへっ!」


「ハハッ!」

 少年と男の子が笑い合っていると、タマゴは男の子の背中から離れ、パタパタパタと飛んで今度は少年の肩に止まった。

「ふぅ~~、それにしても早かったなボズ。どうやったんだ? アイツの銃、弾切れでもしたのかボッズー?」

 少年の耳元でタマゴは囁いた。


「え? あぁ~、そ……それなんだけどな」


 すると少年はさっきまでの笑顔をしまって、なんだか言いにくそうな顔になって唸った。


「うぇ? どうしたんだボズ?」


「う……うん」

 タマゴが問い掛けると、少年は肩に止まったタマゴを横目で見ながらペコリと小さく頭を下げた。

「あの……それなんだけどさ、ごめん……使っちまったんだ」


「ん? 使った……?」

 少年の言葉を聞いたタマゴは少しの間、固まった。でも、すぐに

「……どれを?」

 次の質問を投げ掛けた。


 その質問に対して少年は、申し訳なさそうな顔をして

「……剣を」

 と答えた。

 この時の少年の顔は元々色白なのに、より白くなっていた。白いどころかもう透けてるかもしれない。


「剣をか……」

 タマゴは独り言の様にくちばしの中でモゴモゴと呟いた。

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