第2話 絶望を希望に変えろ!! 12 ―少年よ、戦え―

12


 少年が縄を手に持ち立ち上がり、振り向いた時、そこには奴がいた。

 予想通り。あのリーダー格の男だ。


 少年を見付けたリーダー格の男は叫んだ。

「テメェ……なんでここに居んだ! やっぱりあの変な奴の仲間なのかッ!!」

 リーダー格の男の目はギョロリと血走り、鼻息荒く怒鳴るその姿は、獲物に噛みつこうとする猛犬の様だ。

「まさか、テメェ! あのガキを助けるためにわざと忍び込んだじゃねぇだろうなぁ!」


「へぇ、意外と勘が鋭いな! あっちの部屋の方に行ってくれれば良かったのに!」

 少年は自分が男に連れていかれた部屋の方向を顎で指した。息巻く男とは正反対に、少年の口元には笑みがあった。これは余裕とかじゃなく、少年なりの虚勢だろう。この状況に焦っていない訳がない。


 リーダー格の男は喋り続ける。

「お前は初めから変な奴だったからな! まさかと思ったらやっぱりか!」

 リーダー格の男はガチャリと音を立てて右手に持つモノを握り直した。

 少年の視界には入っていた、リーダー格の男の右手に握られているモノが。それは、黒く禍々しい物体。命を殺すための物……銃だ。


 そして、リーダー格の男は少年に向けて右手を上げた。


「動くなよ! 動いたら撃つぞ!」

 映画やドラマでよく聞く台詞。だが、男の激昂を見ると嘘ではないだろう。男が本気なのは一目瞭然だ。

「お前、妹がいるって言ったなぁ、まさかアレ嘘か? 本当は弟で、お前あのガキの兄貴か?」

 男は少年に問い掛けた。

 リーダー格の男にとって、少年の存在は誠に不可思議なものなのだろう。目を血走らせながらも、どうにかこうにか答えを見付け出そうと思考を巡らせているのが分かる。


 しかし、少年は男の質問には答えず、ゆらゆらと揺れる電球に視線を移した。

 電球を揺らした大波はそろそろ収まろうとしている。


「やっとか……」


「あぁん? なんつった?」


 少年はもうコイツと話すつもりはない。男の問いに答えるつもりもない。


「………ッ!!」

 少年は眼差しを鋭く変えると、大きく腕を振り上げた。

 その手には縄がある。縄は鞭となる。少年は大きくしならせた鞭を、小さく揺れる電球に向かって思いっ切り振り下ろした。


 バチンッ!


 破裂音と共に部屋は真っ暗になった。その瞬間、少年は鞭を投げ捨て、長テーブルの上に登り、男に向かって駆けた。

「オリャーーーッッ!!」

 男に近付くと少年は走る勢いを落とさずテーブルの上を滑った。スライディングだ。スライディングの形のまま少年は男に蹴りをかます。


「かはぁッッ……!!!」


 男の腹に少年の蹴りがめり込んだ。予想外の攻撃を喰らった男は床に倒れ、銃は男の手から離れカラカラと床を転がった。


 リーダー格の男は少年をナメていた。銃を構えた時点で自分の勝利を確信してしまっていたんだ。『少年の命は自分が握っている』と。だが、それはなんという勘違い。


 そして、まだまだ少年は止まらない。少年はテーブルからスライディングのまま滑り下りると、倒れた男に掴みかかり、暗がりの中その顔面に殴りかかった。

 一発、二発、三発……三発目で少年の拳は濡れた。男が鼻血でも出したのだろう。


 だが、男も強い。負けてはいない。四発目の少年の拳が顔面に届く前に、男も少年の顔面に向かって拳を振った。


 ドンッと鈍い音が少年の頭に響く。


 男の拳が少年のこめかみを打ったんだ。少年の脳はクラっと揺れる。

「クソガキがぁッ!!」

 その隙に男は少年のダウンの襟を両手で掴むと、下から押し上げた。


 目眩を起こした少年が横に転がる形で二人の立場は逆転し、今度はリーダー格の男が少年の上に馬乗りになった。


「ナメんな! オラァァア!! ブッ殺してやるッ!!!」


 リーダー格の男は吠えた。ベルトに挟んだナイフを鞘から外し、両手で持って少年の胸に向かって振り降ろした。


 絶体絶命、少年の胸にナイフの刃が突き刺さろうとしたその瞬間………何か固いものが男のナイフを遮った。

「何ッ!!」

 驚いたリーダー格の男は暗闇の中で目を凝らす。


 だが、その答えが分かる前にリーダー格の男の顔面に強い痛みが走り、男の視界は黒く染まった。

「うぅ……」と唸りながら男は思わず後ろに仰け反る。


 再びだ。少年の四発目の拳が男の顔面を打ったのだ。少年は『このチャンスを逃してはならない!』と、男の体を撥ね除け、立ち上がった。

「へへっ……この腕時計は、やっぱり俺の最高のお守りだぜ!」

 そう、男のナイフを遮ったのは少年の腕時計だった。ナイフが胸に突き刺さるその寸前に、間一髪、少年は腕時計の文字盤でそれを防いだのだ。

「どうやら俺の方がお前より暗闇に目が慣れちまってたみたいだな!!」

 少年の言う通り、暗闇で行動する時間の長かった少年の目はすっかりこの暗闇に慣れてしまっていた。暗闇は少年の持ち前の動体視力と運動神経を妨げるものにはならなかった。


「ふ……ふざけんなぁ!」


 男はもがく様に両手を伸ばし少年の足に掴みかかろうとした。しかし、少年はそれを素早く足で蹴り払い、そして振り上げた足を戻す時、少年は男のこめかみに向かって鋭いかかと落としをくらわせた。


「ううぅ!!」


 呻き声をあげた男はどうやら脳震盪を起こした様子。眠りの小五郎が如く男は崩れた。


「………。」

 白眼を剥いた男を一瞥して、少年は体を翻す。

気絶したとはいえ、少年にはこの男がすぐに立ち上がり追い掛けてくる様な気がしてならなかったんだ。また男の子に危険が及ぶ前に、男の子をこの工場から脱出させなければならない。

 少年は急いだ。

 男の子を隠した場所まで走って、素早くテーブルの下を覗いたら、男の子は皺が出来るくらいに目を思いっ切り瞑って、体育座りの格好でじっと隠れていた。


 少年は男の子を連れ出そうと手を伸ばす。


「さぁ……」

 少年が男の子の体に触れた瞬間、再び男の子の体はビクリと震えた。

 全ては暗闇の中、男の子が二人の状況を掴む事は難しかった、誰が自分を触れたのか分からなかったのだろう。


「あっ……」

 だが、少年のその手の優しい温もりを男の子は忘れていなかった。男の子は少年が触れた事に気が付くと、目を開いて自分から少年の体に手を回した。


 少年はそんな彼を優しく包み込む様に抱くと

「よっっこいしょッ!!」

 抱え上げて、

「行くぜ!!」

 そのまま一気に扉に向かって走り出した。


― 急げ! 急げ! そんなに時間はない、早くこの子を工場から脱出させないと!


 倒れる男の脇を通り抜ける時、少年の体にダッと汗が湧く。

 男は襲い掛かってくる事はなかった。まだ眠っている様だ。


 少年は扉の前まで来ると、男の子から片手を一瞬外し扉を開けた。

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