4.謎の『お姉様』
「……やっぱり来たね。リズ」
リズはあんなんでも物語の主軸の人物だ。
そのリズと絡まない人物は物語にはほとんど出てこないし、逆に言うとリズと関わる人は全て物語で語られる。
でも……やっぱりこの『お姉様』とか言う人物には見覚えが無い。
私の読んでない先に知り合う人物かもしれないけど……私が別な様に動いたせいで、物語が変わっている?
……きっとそうだ。
だってそうじゃない場合、これは……。
「リズ」
「……」
「とりあえず、座りなよ」
目の前の人物は、何重にも巻かれた布製の服に、片手に重厚な本を一冊持っている。
さながら怪しい占い師みたいだけれど、深く被られたマントの奥に少しだけ見える美しい顔立ちで、怪しさはあまり感じられない見た目になっている。
「……あなたは?」
「教えるから座りなよ、リズ」
「……」
……ここで「リズじゃない」と否定する意味も無い。
どうせそろそろソフィアには明かすつもりだったのだから、私は大人しく席に着く。
「ソフィア、お茶を貰える?」
「は、はい……!」
「待ってください、彼女は今体調が……」
「あぁ、そうだったね」
『お姉様』はそう言って立ち上がり、ソフィアに近づいて手を握った。
「魔法をかけてあげるよ」
魔法?
この世界に魔法なんてあった?
私の居た世界……現実よりは薬草や占いの効果が信じられていて、少しそれらに依存気味なのは知っている。
でもそれは現実ほど医療が発達していなく、そんなものに縋るしか無いからで、舞台はそんな異世界な感じでは無かったのに。
……それとも、ただのハッタリ?
「えーっと?ペン、ペン……あった」
『お姉様』はポケットからペンとインクを取り出すと、片手をソフィアに、そしてもう片手で持っている本に何やら書き始めた。
私はすかさずペン先を読む。
『ソフィアの熱はすぐ……
「ねぇお兄ちゃん!」
「わっ……何?」
「お兄ちゃん、リズって言うのー?」
読もうとした途中、ソフィアの弟妹が飛びついてきた。
私は仕方なく2人と戯れながら思考を働かせる。
彼女が書いたのは日本語だった。
物語が日本語だからそれに全てが合わせられるのかもしれないけど、異国の地から来たみたいな設定は無さそう。
そして、見えた文字。
『ソフィアの熱はすぐ』……まで。
この場合「すぐ良くなる」と言うのが普通?
それをわざわざ書くってことは、彼女にそれを見せて洗脳的な感じで思い込ませるのか、それかただの変人の類か、それとも……信じたくは無いけど、あの本の能力とかか。
……少なくとも彼女は私の正体を当てた。
それは変えようのない事実だ。
じゃあ、やっぱり……。
「ありがとう、お姉様……すっかり良くなりました」
「そう。良かった」
「……」
とりあえずハッタリじゃない事は確かだ。
魔法にしろ洗脳にしろ、まだ確実な駒の無い今、彼女に近づくのは……危険だ。
「……もうすぐ夜が明ける。私は行かなければ」
「えっ……」
「リズ、待ちなよ」
一瞬身構えたが、何かされる訳でもない。
「……何か?」
とりあえずは早めに帰って作戦を練りたい。
彼女……『お姉様』を知る人が居るのか居ないのかで、この物語に出ないハズの人物かくらいは把握しておきたいから。
そう思って引き止めにくい空気を作っていたものの、
「私の事について、教えてあげるよ」
と、一言では済みにくい言葉でそう言われる。
……痛い所をつかれた。
嘘でもいい、彼女について何も知らないよりは……
……でも、まだほとんど知らない危険人物と長く一緒に居るのは危険だ。
そう。
何としても、彼女に屈する結末だけは避けたいから……。
「すみません。急いでいるもので、後程」
「……そっか」
私があくまでキャラを崩さず言うと、彼女はすんなり引き下がった。
……が、私が家を出ようとした時に一言、
「君の生き方が正しいと言うのなら、乗り越えて見せて。リズ」
と……意味ありげに言った。
「……」
私はそれには言葉を返さず、軽く会釈して扉を閉めた。
私の生き方?
まるで、『リズ』じゃなくて、私に語りかけている様だったけれど。
でも私の名前は呼ばないし、私がリズになっている事を知る人物かさえも分からない。
……足りなすぎる。
現実なら何とか出来た。
でも、魔法を使われるなら……一筋縄では到底敵わない。
……やっと、面白くなってきたじゃない。
やっぱり私の人生はこうでなくっちゃ。
私の生き方?
そんなの、使えるもの全部使って、ただ上を目指すだけ。
『リズ』になったって、それは変わらない。
****
「!……心配しましたよ、大丈夫ですか?お嬢様」
「大丈夫。……サラ、出して貰える?」
「かしこまりました」
私はサラに馬車を出して貰い、すぐさま帰路に着く。
「……ねぇ、サラ」
「何でしょうか?」
「『魔法』って、どう思う?」
「魔法、ですか……」
サラ辺りの人物なら、噂くらいなら知っていてもおかしくないだろう。
そう思って聞いてみると、サラは少し考え込んでから口を開く。
「最近大変流行っていますよね、その手の物語。お嬢様もお好きなんですか?」
「……ちょっと興味が、ね」
ここでその手の話を出してくるのなら、やっぱりこの世界にとっての『魔法』は創作物にしか過ぎないんだ。
私は適当に返事をしてから考え込む。
この世界が現実を舞台に作られている事は確実だ。
例えば食材なんかも、ちょっとアレンジされているだけで現実のそれと余り変わらない味と見た目をしている。
服装だって中世の貴族風だし、無理のある髪色の者は出てこない。
魔法、超能力の類も物語には出てこなかった。ゲームのステータス、HP云々もそう。
その法則が、今崩れかけている。
二つの可能性をまだ絞り込めない。
その法則が破られているのか、破られているように見えて破ってはいないのか。
でも、説明がつかない。
いっそ皿でも浮かせてくれれば説得力が……
「お嬢様、着きましたよ」
「ん……ありがとう、サラ」
「この後はどうされますか?」
「ん……ノアが朝食をとる時間まで、少し眠ろうかな」
「かしこまりました」
サラの手を借りて馬車から降りる。
すると、心配そうな顔をしたメイド達が私達の帰りを待っていた。
「大丈夫ですか?」
「お着替えなさってくださいね」
「……ありがとう」
考える時間は惜しいけど、足元を疎かにしてはいけない。
私はメイド達と交流しながら部屋着に着替える。
……部屋着と言ってもドレスのように綺麗なものだから、気付けにも少し時間がかかる。
「リズ?」
……なので、着替え終わる頃にはノアはすっかり起きていた。
「おはよう、ノア」
「おはよう。……部屋着に着替えてたの?」
「ちょっと、紅茶をこぼしちゃって」
「えぇ?!心配だなぁ……」
軽く会話しながら2人で朝食を摂ろうと移動していると、ノアがふと言った。
「そういえば、明日だね」
「……明日?」
予定は無かったハズだけど。
「うん。忘れたの?……あの日」
誕生日とかの類は抑えてあるから違うと分かるけど……二人の何かしらの記念日だったらどうにもならない。
……と、そんな事を考えていると、ノアは話し出す。
「あれ、もしかして忘れたの?」
「……えーっと、」
「リズ、小さい頃からあんなに憧れてたのに」
憧れてた?
また知らない設定だ。
私が黙っていると、ノアは続ける。
「お姉様だよ、お姉様」
「……お姉様?」
「うん」
私の?ノアの?
それにしても『お姉様』なんて……。
今はそれ、一つで十分なんだけど。
……いや、待って。
「お姉様って、誰のお姉様?」
「誰のって……みんなのだよ?」
「……じゃあそのお姉様って、……何者?」
そして、その後ノアが放ったのは、衝撃の一言だった。
「お姉様は……伝説の魔法使いだよ」
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