第4話 いい加減な初デート

 これはこれで初デートになるのでは?

 そう。猪俣 智司は感じていた。

 実にいい加減な初デートになりそうだが無事に辿り着けるのだろうか。

 二人はスーパーを目指し歩いていた。


「あのね。猪俣くん」

「うん?」

「憶えてない? 上京する前のあのことを」


 急な振りとあのことが入り混じり答えが出せないでいた。この時の猪俣 智司は実に最低な対応をしていた。地雷を踏みたくなかったが壮大なフラグにしかならなかった。仕方がないのでいつも以上に遠回りをする結果になりそうだった。


「え、えーと」


 遠回りをしたが故に一ノ瀬 涼香は気分をやや害し立ち止まった。


「あ」


 二人の歩調が止まり場の空気が重たくなった。これはまずいからと猪俣 智司は先手を打つことにした。


「あれだよな! あれ! あ……れ?」


 最初の勢いは消え去り途中からは嘘さえ思いつかなかった。優しい嘘が当たれば良かったのだがこのような失敗は二度としたくはないだろう。


「あれ? あれじゃ分からないよ」

「う」

「猪俣くん! 嘘つかないで。私の言ったことを理解出来なかっただけでしょ? 違う?」


 確かにそうだと猪俣 智司は思った。開き直るようにむしろ濁して言ったのは一ノ瀬 涼香も一緒だと感じ始めた。でもこの時の猪俣 智司は一ノ瀬 涼香の本当の気持ちに気付いていた。本当は思い返してほしかったのではないかと後悔した。


「一ノ瀬さんだって違う。でもごめん。期待に応えられなくて」


 下に目線を逸らし言いたいことを口から出した。


「ずるいよ。猪俣くん」


 今にも泣きそうな一ノ瀬 涼香を見て泣かすことへの罪悪感に襲われた。今はまだ涙が溢れていないが次第に泣いてしまいそうだった。


「ごめん」


 こうなった時の男はもう駄目だと感じてしまう。止まらぬ衝動に愛が必要なのは恋の暴走を防ぐためだと思ってしまう。今の一ノ瀬 涼香に必要なのは恋心ではなく愛そのものだった。


「いい加減な初デートだね」


 一ノ瀬 涼香の言葉からでは被害者面は出来ない。そう。決めつけた。ここで食い下がり以上のことを言わないと本当に全てが流れてしまいそうだった。


「だな。全て俺が悪い。いつか……この屈辱は晴らすつもりだ」

「うん。頑張ろう。猪俣くん。ね?」


 ずるいよな。だって泣きっ面に笑顔なんだから。そう。言いたくても言えなかった。今は未熟でいい加減な初デートでもいずれは立派になって告白出来るほどのデートに人生を掛けるつもりだった。どうかそれまでもってくれと願う猪俣 智司だった。


「本当はね。手料理したかった。でもね。もう……そんな気分じゃないや、私」

「大丈夫。俺が作るからさ。……そうだ! なんなら帰宅して簡単コースでもどうだ?」

「え? でも材料がないんじゃ」

「フッフ。たまにはズボラ飯でもいかがですか、一ノ瀬さん」

「優しいね。大好きだよ、猪俣くん」

「ハハ。んじゃ帰ろう、一ノ瀬さん。俺達の家へ」

「うん!」


 たとえ失敗の連続であっても諦めなければ一ノ瀬 涼香はついてくる。きびしい道のり故の優しさが二人の傷跡を癒していた。心に決めた二人は家に戻り静かに猪俣 智司が作ったズボラ飯を食べた。

 いずれくる真剣なプロポーズの為にも二人は長い長い時を亀のように生きていこうとした。その為にも次から次へとくる課題をクリアしようと二人は足掻き続けるのだった。

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