第45話 本物の悪徳

 少し時間をさかのぼりレドがダンジョンを攻めていた頃、ギュンターは自分の館で荷物をまとめていた。


「あの馬鹿め。おとりくらいにはなってくれよ」


 最低限の荷物片手にぽつりとつぶやく。


 ギュンターがレドをハデルにぶつけた理由は二つある。

 一つは自分を切り捨てようとしたレドとコズへの当てつけ。もう一つは目くらましであった。


 ギュンターは何もしないとそのまま捕まると考えた。そこで、粗末そまつながらも思いついたのがレドを使った時間稼ぎ。

 彼自身王女の耳に自分の事が伝わった時点で逃げれる可能性は低いと理解した。だが、低い可能性ではあるが、隣国に逃げ込むことが出来れば助かるかもしれないと考え付いた。


 ほんの数%の希望。


 ギュンターはそれにけたのである。


 魔王リリスは甘い。しかし仇名あだなす者に対して苛烈かれつである。


 捕まれば命はない。


 そう思うとギュンターの背中に冷たいものが走った。


「いかん。早く逃げないと——」


 と彼が扉に向かおうとしたら「ドンドンドン!!! 」と乱雑らんざつなノックがされた。


「なんだ、こんな時にっ! 」


 毒づきながらも居留守を使う。

 気配を消し、身をひそめ、動かずノックの音が止むのを待つ。


「町長! ギュンター町長出て来てください! 」

「ギュンター町長! 飛竜隊を名乗る方々が来ています! 」


 (飛竜隊だと?! )


 その名前を聞きギュンターは目を開いた。

 冷や汗が流れる中思い至る。


 (まさか……、奴がここに来る前から目をつけられていたのかっ! )


 動揺どうようする中「どけ! 押し入る! 」と言う言葉が聞こえ、そして「ドガン! 」という音を鳴らして扉が破壊された。

 ギュンターは吹き飛んだ扉を避け、勢いに腰を抜かして座り込んだ状態で、一人の白い騎士服を着た男を見上げた。

 そして男が冷たい目線で見下ろして告げる。


「アベルの町元町長『ギュンター』だな。拘束こうそくする! 」


 その手際てぎわにギュンターは何も言えないまま、捕縛されるのであった。


 ★


 アベルの町にあるコズ商会の商会館にて。

 大量の白い騎士服を着た人達が職員を拘束していた。


「全くよくこれだけの犯罪をおかせるものだ」

「くそっ! 」


 この商会館の主であるコズは腕を後ろにしばられた状態で毒づいた。


 コズはギュンターがレドをきつけている中、一人脱出する計画をっていた。

 コズは考えた。脳筋なレドはすぐに動き騒ぎになるだろうと。よってすぐに必要なものをまとめて逃げ出そうとしたが、魔王リリスの方が一枚上手うわてだった。


 町の中ひっそりと裏道を通って逃げる途中飛竜隊と遭遇そうぐう

 そしてそのまま捕縛となり今にいたる。


 コズは忌々いまいましく飛竜隊の隊員を見上げる。

 しかし飛竜隊の目線は冷ややかで。

 彼らが淡々と商会館の中を捜索そうさくする中、ある隊員が声を上げた。


「地下があります! 」

「なに? 」

 

 隊員がまゆひそめる。

 コズは慌てる。

 彼は反射的に移動しようとする隊員を止めようとするが、逆に怪しさを出してしまった。

 そしてコズの願い届かないまま、一部隊員が地下へと向かった。


「なんだ……これは」

「この紋様もんよう……まさか奴隷もん?! 」

「馬鹿な! 奴隷制度なんてはるか昔に破棄されたはずだぞ! 」


 地下に降りた隊員達が見たのは牢屋ろうやに入れられた人であった。

 魔族から始まり獣人族、人族に竜人族までいる。性別は様々。年齢は二十までだろうか。

 その光景だけでも彼らを驚かせるに値するが、それ以上に首元に描かれた紋様——奴隷紋に驚き、たじろいだ。


 受け入れがたい事実。

 しかし現実は前にある訳で。


「お兄ちゃん達は、ご主人様? 」


 一人の少女が放ったその言葉に、全員が驚いた。

 そして一人の隊員が近寄る。


「……もう大丈夫だ。今すぐここから出してあげるからな」

「ご主人様? 」

「ご主人様ではないが……、そうだな。少なくとももうここにいなくてもいいんだ」


 そう言い後ろで涙ぐみ同僚どうりょうに指示を出す。

 竜人族特有の屈強な腕力によりギギギとろうじ曲がる。

 そしてその場にいる者は脱出した。


 ★


「……そんなことが」

「許せない」

「八つ裂きにしてやりましょう」


 サラシャが怒りに震え、パシィが物騒な事を言う。


「八つ裂き程度では済まされんだろ」

「……確かにですね。流石ハデル様です」

「姫様。申し訳ありませんが、陛下に連絡を取っていただけませんでしょうか? 」


 怒りで顔を赤くしながらも、カイトは丁寧ていねいな言葉でサラシャに聞く。

 それを受けすぐにタブレットを操作し魔王に繋ぐ。

 出たリリスに状況を説明すると大きな声が聞こえてきた。


『なんじゃと!!! それはまことか! 』

「はい。でこれから彼らをどうしたら」

『奴らに地獄などぬるいわ! どんな方法で調理してやろうか! 』

『お、落ち着いてください。陛下! それよりもこの後どうするかが大切でございますよ』

『ぬぅ』

 

 奥からシュラーゲンの声が聞こえてくる。

 余程の怒りをまき散らしたのか、あのシュラーゲンがたじろいでいるのがタブレットからよくわかる。

 少し考えているのか静寂せいじゃくただよう。


『そこにハデルはおるかの? 』

「いる……いますが」

『少し代わってくれんか? 』


 サラシャが少し戸惑った顔をして俺を見てきた。

 そして彼女はタブレットを渡してくる。

 それを受け取り通話を代わる。


『単刀直入に聞こう。ハデル。お主、奴隷紋を解放することは出来ぬか? 』


 そう言われ、俺は戸惑った。

 困ったな。


「知識としてはあるが……。使ったことはない。正直できるかどうかわからない」

『……そうか』

「国に奴隷紋解放を使える者はいないのか? 」

『その昔いたらしいが、わらわが魔王になった頃にはもうおらなんだ』


 しょんぼりするリリスの声が染みわたる。

 恐らくリリスが俺に期待したのは長命種としての経験と知識だろう。


 だが流石の俺もこの場面を予想しなかった。その昔あった魔法として本で読んだくらいだ。やったことはないし、本当に知識のみ。


 奴隷紋を刻むのとそれを解放するのは難易度が格段に違う。

 精神にまでその影響を及ぼす奴隷紋。そしてそれを解放する行為は、脳に直接入れた糸を外から慎重にがすのと同じ。

 下手をすると脳が焼き切れる可能性があるがゆえに簡単に「出来ます、やれます」とは言えない。


 そう考えているとタブレットの向こうからリリスの声が聞こえてくる。

 それにはっとし、耳を傾ける。


『……『魔王リリス』の名の元にダンジョン管理局所属ハデル・エルにめいじる。アベルの町にとらわれている奴隷達を解放せよ。尚本行為に関し万が一があった場合妾が責任を取る。存分ぞんぶんに知識を振るえ』


 ………………そう言われたら断れないじゃないか。

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