拝金主義
――
彼が頭上を見上げると、青い髪の少女の背後にはよく見慣れた人影があった。
「そこを動くな。黙って変身を解け!」
「相変わらず正義の味方気取りッスか?
彼女は柳と面識があるようだ。同じ街で忍者として活動している以上、互いを知ることは極めて重要であると言える。柳はアームマスターを巻物の状態に戻し、変身を解除した。それから少女の顔を自分の方に向けさせ、柳は激昂する。
「オレたちに与えられた力は、金のための力じゃねぇ。それに明日アヤカシになる奴は、テメェにとっての大切な人かも知れねぇんだぞ!」
「アタシにとっての大切な人は、
「その天音は、金なんかにゃ代えられねぇモンを……命を守るために戦ってんだ! それを、己の力に酔い痴れる拝金主義者の分際で、天音のようになれると思い上がるんじゃねぇ!」
彼女の怒号は夜の街にこだました。その剣幕は凄まじいものだったが、その眼前の少女はまるで怯んでいないようだ。
その傍ら、守は己の上体をゆっくりと起こし、少しふらつきながらも何とか立ち上がった。彼は青い髪の少女に命を狙われた身だが、決して彼女に敵意など抱かなかった。
「ここで言い争っていてもアヤカシは倒せません。ここはあの人に任せて、一旦退きましょう」
彼は柳にそう提案した。柳は小さくうなずき、守と共にその場を後にした。
それから二人は、少し離れた場所にあるファミリーレストランに入店した。ウェイトレスに案内されるまま、彼らは窓際の禁煙席に腰を下ろす。守はメニューブックを見つめつつ、柳に質問し始めた。
「さっきの人、なんだったんですか?」
「アイツは
「敵……なんですかね……」
「まあそんなところだな」
曰く、あの少女は敵と見て差し支えないようだ。守はメニューブックを柳に渡し、質問を続ける。
「愛海さんはどうして僕を狙うんでしょうか……」
当然の疑問である。柳はメニューブックのページをパラパラとめくりつつ、愛海が彼を殺そうとした動機を語った。
「競争相手を減らすためだ。忍者はアヤカシを倒すたびにスコアを獲得し、巻物がそれを自動的に記録していく。そのスコアは換金できるし、忍者はそうやって報酬を得るんだよ。だから他の忍者にアヤカシを倒されることは、アイツにとって不都合なことなんだ」
瑞乃愛海という女は、まさしく拝金主義者であった。守は込み上げる苛立ちを堪え、拳を震わせていた。
「だからって縄張りを主張して、その上で他の忍者を殺そうとするなんて……酷い奴ですね」
「同感だ。さて、オレはもうメニューを決めたが、ボタンを押しても良いか?」
「はい、大丈夫です」
「やってらんねぇよな……こういう時はメシでも食わねぇと!」
優しさの籠った愛想笑いを浮かべ、柳は呼び鈴を押す。若手のウェイターが、駆け足で二人の座っている席へと向かってくる。守はハンバーグ定食、柳はチキンステーキを注文し、それらが運ばれてくるのを待つ。その間にも守は話を続ける。
「愛海さん……ちゃんとアヤカシを倒してくれますかね?」
彼は街の人々のことが気掛かりなようだ。柳は肩をすくめながら首を横に振り、彼に現実を突きつけた。
「正直、あまり期待は出来ねぇな。アイツはアヤカシの殲滅ではなく、アヤカシの個体数の調整を目的に動いている」
「個体数の調整……?」
「アヤカシが増えすぎれば人間は激減し、アヤカシが産卵でしか繁殖できなくなる。しかしアヤカシが減りすぎてもスコアは稼げない。つまりはそういうことだ」
彼女の話を聞く限り、とてもではないが愛海を頼ることなど出来ない。守は絶句し、唇を強く噛みしめた。
やがて彼らの囲うテーブルには、ハンバーグ定食とチキンステーキが運ばれてきた。二人は無言で眼前の食事を平らげ、それからすぐに会計を済ませた。そしてレストランを出た直後、柳は守に言った。
「守……お前は優しくて正義感の強い男だ。だから絶対に、愛海の奴なんかに負けねぇ強い忍者になれよ」
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