拝金主義

――まもるはそっと目を開いた。


 彼が頭上を見上げると、青い髪の少女の背後にはよく見慣れた人影があった。

「そこを動くな。黙って変身を解け!」

 やなぎの登場だ。彼女は鋭い眼光を見せつつ、少女の喉笛に刀を添えていた。この刀は彼女の携帯する巻物「アームマスター」が変形し、刀身が出てきたものである。少女は変身を解き、深いため息をついた。この少女の被っていた笠は本人の私物なのか、変身が解かれてもなお消える様子はない。彼女の服には「天音様命」と書かれており、同じ笠を被った女のイラストがプリントされている。彼女は何者かに憧れているのだろう。少女は言った。

「相変わらず正義の味方気取りッスか? 有川柳ありかわやなぎさん」

 彼女は柳と面識があるようだ。同じ街で忍者として活動している以上、互いを知ることは極めて重要であると言える。柳はアームマスターを巻物の状態に戻し、変身を解除した。それから少女の顔を自分の方に向けさせ、柳は激昂する。

「オレたちに与えられた力は、金のための力じゃねぇ。それに明日アヤカシになる奴は、テメェにとっての大切な人かも知れねぇんだぞ!」

「アタシにとっての大切な人は、天音あまね様ただ一人だけッスよ。天音様は忍者だし、強いし、そう簡単に死ぬはずがないッス!」

「その天音は、金なんかにゃ代えられねぇモンを……命を守るために戦ってんだ! それを、己の力に酔い痴れる拝金主義者の分際で、天音のようになれると思い上がるんじゃねぇ!」

 彼女の怒号は夜の街にこだました。その剣幕は凄まじいものだったが、その眼前の少女はまるで怯んでいないようだ。


 その傍ら、守は己の上体をゆっくりと起こし、少しふらつきながらも何とか立ち上がった。彼は青い髪の少女に命を狙われた身だが、決して彼女に敵意など抱かなかった。

「ここで言い争っていてもアヤカシは倒せません。ここはあの人に任せて、一旦退きましょう」

 彼は柳にそう提案した。柳は小さくうなずき、守と共にその場を後にした。



 それから二人は、少し離れた場所にあるファミリーレストランに入店した。ウェイトレスに案内されるまま、彼らは窓際の禁煙席に腰を下ろす。守はメニューブックを見つめつつ、柳に質問し始めた。

「さっきの人、なんだったんですか?」

「アイツは瑞乃愛海みずのあみ。トリプレイという巻物を持つ忍者だ。一度発生した衝撃を三回まで繰り返すことが出来る――それがアイツの忍術だ」

「敵……なんですかね……」

「まあそんなところだな」

 曰く、あの少女は敵と見て差し支えないようだ。守はメニューブックを柳に渡し、質問を続ける。

「愛海さんはどうして僕を狙うんでしょうか……」

 当然の疑問である。柳はメニューブックのページをパラパラとめくりつつ、愛海が彼を殺そうとした動機を語った。

「競争相手を減らすためだ。忍者はアヤカシを倒すたびにスコアを獲得し、巻物がそれを自動的に記録していく。そのスコアは換金できるし、忍者はそうやって報酬を得るんだよ。だから他の忍者にアヤカシを倒されることは、アイツにとって不都合なことなんだ」

 瑞乃愛海という女は、まさしく拝金主義者であった。守は込み上げる苛立ちを堪え、拳を震わせていた。

「だからって縄張りを主張して、その上で他の忍者を殺そうとするなんて……酷い奴ですね」

「同感だ。さて、オレはもうメニューを決めたが、ボタンを押しても良いか?」

「はい、大丈夫です」

「やってらんねぇよな……こういう時はメシでも食わねぇと!」

 優しさの籠った愛想笑いを浮かべ、柳は呼び鈴を押す。若手のウェイターが、駆け足で二人の座っている席へと向かってくる。守はハンバーグ定食、柳はチキンステーキを注文し、それらが運ばれてくるのを待つ。その間にも守は話を続ける。

「愛海さん……ちゃんとアヤカシを倒してくれますかね?」

 彼は街の人々のことが気掛かりなようだ。柳は肩をすくめながら首を横に振り、彼に現実を突きつけた。

「正直、あまり期待は出来ねぇな。アイツはアヤカシの殲滅ではなく、アヤカシの個体数の調整を目的に動いている」

「個体数の調整……?」

「アヤカシが増えすぎれば人間は激減し、アヤカシが産卵でしか繁殖できなくなる。しかしアヤカシが減りすぎてもスコアは稼げない。つまりはそういうことだ」

 彼女の話を聞く限り、とてもではないが愛海を頼ることなど出来ない。守は絶句し、唇を強く噛みしめた。


 やがて彼らの囲うテーブルには、ハンバーグ定食とチキンステーキが運ばれてきた。二人は無言で眼前の食事を平らげ、それからすぐに会計を済ませた。そしてレストランを出た直後、柳は守に言った。

「守……お前は優しくて正義感の強い男だ。だから絶対に、愛海の奴なんかに負けねぇ強い忍者になれよ」

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