忍者マモル

 まもるたちが一仕事を終えてから一分もしないうちに、彼らの元には一人の女子高生が駆け込んできた。

「お兄さん! ハルカは⁉ ハルカ見なかった⁉」

 この瞬間、守はサキの無事を確認した。つまり彼が仕留めたあのアヤカシはハルカだったようだ。守は無言でピアスを取り出し、それをサキに手渡した。親友の死を受け入れられず、彼女は取り乱す。

「……嘘つき。嘘つき! ウチらの日常を守るって、皆の日常を守るって、そう約束したじゃん!」

 その瞳からは涙が滴っていた。BFFと書かれたピアスは少し焦げて黒ずんでおり、実質的に訃報の役割を担っている。守は思った。

(謝って済む問題じゃないけど、謝ろう。そして正直に話さないと。僕がハルカを殺したって……)

 彼はすぐに口を開こうとした。


 しかし彼の言葉を遮ったのは、やなぎの一言である。

「そいつを殺したのはオレだ」

 どういう風の吹きまわしか、彼女は自らの意志で濡れ衣を着た。


 サキは握り拳に力を入れ、怒号を上げる。

「返してよ! サキを返してよ! この人殺し!」

 いくら彼女が泣き叫ぼうと、死んだ者は蘇らない。重苦しい空気の立ち込める中、守はか細い声で呟いた。

「これが……忍者になるということ……」

 彼女に人殺しと罵られたのは柳だ。しかし本当にハルカを殺したのは、他ならぬ守である。彼はまず弟の最期を思い出し、次に自分がハルカを殺した時のことを思い出した。二つの情景を重ね合わせ、守は息を荒げながら震えていた。呼吸を乱しつつ落涙する彼の肩を優しく叩き、柳は言う。

「行くぞ、守。オレたちは前に進むしかない。この先どんなことが待ち受けていようと、そこで立ち止まるような時間はない。それがオレたち忍者ってもんだ」

 彼女は守を連れ、サキの前から立ち去った。



 先ほどの路上から少し離れた場所には、寂れた小さな公園がある。二人は公園のベンチに腰を下ろし、コーヒーの缶を開けた。先に沈黙を破ったのは、守である。

「……柳さん。あの時は『翔琉かけるを殺さないで』なんて無茶を言ってしまって、本当にすみません」

「よせ。謝るんじゃねぇ」

「自分がアヤカシを駆逐する立場になって、ようやく柳さんの気持ちがわかったんです。命を奪わないと守れないものがあって、誰かのためにやったことで責め立てられて、だけどそれは誰かがやらないといけないことだから……だから……」

「やめろ! オレの罪を正当化するんじゃねぇ! テメェが、オレを、許すんじゃねぇ!」

 柳には許せなかった。例え守が許しても、彼女自身は己のことを許せなかった。守は愛想笑いを浮かべ、彼女を励ました。

「僕の弟はアヤカシになっても、誰の命も奪いませんでした。柳さんが迅速に対応してくれたおかげです」

「だけどっ……!」

「翔琉を人殺しにさせなかったこと……心から感謝します。ありがとうございます――柳さん」

 その言葉に嘘偽りはない。彼は自分の弟を殺した女に感謝している。柳には、その感情が理解できなかった。

「本当に、オレを許してくれるんだな」

「ええ。僕がこれから倒していくアヤカシも、そのほとんどは誰かにとっての大切な人なんです。それを奪うことを正しいとは思いませんが、世のため人のために必要なことだとは思います」

「そう……だな……」

 それからも二人の話は続いた。彼らは次第に打ち解けていき、今後は行動を共にすることにした。守の腹が鳴ったのは、まさにそんな時であった。柳は口元を綻ばせ、彼を食事に誘う。

「この近くに、この時間でもやってるラーメン屋があるんだよ。今日はオレの奢りだ……行くぞ」

 彼女は守の手首を掴み、ベンチから立ち上がった。



 *



 守たちの住む大都市の中心部には、「風林火山」という会社の本社がある。この会社は忍者細胞と巻物を取り扱っており、忍者細胞は水槽の中で培養されている。風林火山本社の一室――社長室では、以前守を勧誘していた男が社長椅子に腰掛けていた。彼は相変わらずスーツに身を包んでいるが、この場所では中折れ帽は被っていない。男は口に咥えていた煙草を灰皿に押し付け、渋い声で呟いた。

「忍者マモル……誕生だな」

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